第2話 大人びた者は捨て置けない

 最近のマイブームは、大人びたことをする、だ。

 理由は来年投票権を得るからである。


 十八歳ともなれば一応大人扱いだ。無論、シルバーデモクラシーに一石を投じる覚悟は出来ている。たぶん死に票になるが笑える候補に入れたい。選挙はお祭りだ、報道を見ていれば一目瞭然だろう。カーニバルは楽しんでなんぼという姿勢を忘れてはならない。

 その他の法的な成人年齢は二十歳からだが、無事大学を卒業すれば晴れて社会人ともなる。

 今から準備しておくのも悪くはないだろう。


 我が家の近くには寂れたシャッター商店街がある。少し離れた場所に複合商業施設が出来たのはいつだろうか。結果ここは寂れに寂れ、ご丁寧にシャッターまで錆びている。現代の侘び寂びかもしれない。


 そのシャッター街の一角に珍しいものを見かけた。

 ポツンと木製のテーブルが置かれ、一人の女の子がマスク姿で腰かけている。見たところ占い屋のようらしい。

 年はいくつくらいだろう。

 少なくとも俺よりは幼く見える。

 このご時世、例の世界的流行り病の影響で皆マスク姿だ。かくいう自分はといえば、今から装着するわけだが。寂れたシャッター街でマスクを付ける理由は特にない。

 時刻は午後六時を過ぎた頃だった。


「ここは占い屋なのかい?」


 スマホを睨み付けていた女の子に話しかけると、上目遣いで見上げてきた。鳶色の瞳が印象的だ。妙に輝いて見える。

 ライトアウターに淡いロングスカート、小顔の割りに目が大きい。マスクの下半分は当然隠れているが、やはり幼く見える。どこ中だろう。意外と中学の後輩かもしれない。

 様子を窺うようにこちらを見ていた女の子は、しばらくしてから口を開いた。


「あ、はい占い師です」

「ほう、その年で占い師とは珍しい」

「そうですか? 別にそうでもないような」


 声もなんだか幼い印象だ。中学生で占い師、家業を継いだわけでもあるまいし、やはり珍しい。というより不自然だ。部活、いやサークル活動や趣味だろうか。


「ううん、ところで君は一人か? 師匠がいて店番してるだけとか」

「あの、すいませんちょっと待って下さい。今話しかけないでもらえますか」


 む、商売っ気のない子だ。やはり趣味の類いだったか。


「なんでだい。不審者にでも見えるのかな」


 こちらは学校帰り、堂々たる制服姿だ。


「いえ、今ちょっと目が話せなくて」

「何見てんの」

「占いサイトです」


 自作の占いサイトだろうか。なるほど、アクセス数やら相談内容やら、目を通したくもなるだろう。

 まあそういうことなら待つしかない。彼女よりは大人である。大人びた者は急かしたりしない。

 立ったまま眺めていると、


「ううぅ」


 と彼女は言葉にならぬものを漏らした。


塩梅あんばいは、よくなかったのか」


 思わず声をかけると、


「はい、ここずっとダメです」


 肩を落とし顔には影が差すようだが、先ほどからとても素直に応じてくれる。警戒はされていないらしい。ならばと続ける。


「何がダメなんだい」

「占いの結果です」


 ふむ、結果伴わずということか。苦情でもきたのかもしれない。


「何を占ったんだ」


 率直に尋ねると、彼女は年齢を感じさせる拗ねた顔を見せた後、つまらなさそうに言った。


「このお店がうまくいくかどうかです」


 うん? どういうこと?


「自分の占いサイトだろう?」

「いえ、有料の占いサイトです」

「君の」

「違います」

「じゃあ誰の?」

「当たるって評判の。だから当たるかもしれません。きっとそうです」


 ごめんちょっとわからない。


「ええっと、君はこの店の行く末をどこぞの有料占いサイトで占って、結果待ちしていたと。そういうことか」

「はい、そういうことです」


 それは自分で占えよ。


 真っ直ぐな目でこちらを見ているが、なんだろうこの頼りなさ。いかん、占い師が同業他社を頼ってどうするとか説教したくなってきた。

 いやしかし、最近始めたばかりで先行きに不安があったのかもしれない。商売を始めるとはそういうことだろう。


「あの、ところでですけど、どうして待っててくれたんですか?」


 ふむ、根源的かつ本質的問いかけだ。

 占い屋を見かけて声をかけたら待てと言われた。

 そして待ったらなんでと問われる。

 哲学的かもしれない。

 頭を捻り、脳をフル回転させ出てきた答えは、


「客だからじゃないかな」


 だった。


「え……それはあの……」


 彼女は驚きいったのか、


「すいませんこちらにおかけ下さい!」


 慌てた様子を隠せずにいた。


「本当にすいません本当にすいません!」


 何度も何度も頭を下げるが、その必要があるだろうか。

 こちらは大人びているのだ。

 終始余裕しかない。


 勧めに従い木製の椅子に腰かける。

 やはり一つ、気になることはあるが話せば分かるし、分かってもらえるだろう。

 彼女はぺこりと頭を下げ、口を開いた。


「本日はご来店いただきありがとうございます」


 ショップの店員みたいだ。


「占い師カナタの館へようこそお越しくださいました」


 テーブルしかないのに館ときたか。館の概念はどこへいった。いや、これが世に言うシュールレアリズム。違う、俺に見えていないだけなのかもしれない。

 だとしたら凄いが、あるわけもなし。


「いやなんの、占い屋とは珍しい。人通りも少ないから驚くのも無理はない」


 鷹揚おうように応じ問題ないと伝える。


「それで、今日は何を占えばいいですか」


 話し方はやはり頼りないが、ようやく本題に入れそうだ。マスク越しだが営業スマイルの努力も垣間見られる。こちらも相応に振る舞うとしよう。


「正直言うと特にない」

「へ?」

「いや、冷やかしではないので占ってはもらうつもりなんだ」

「ああはい、それは良かったです」


 うん、と頷き先を続ける。


「占いには興味ないが、君には興味がある」

「え……」

「違う、ナンパの類いでもない」

「ああはい、そうでしたか」


 些か期待外れといった空気をかもし出している辺り、出会いでも求めているのだろうか。恋に恋する年齢とも言える。

 いや、容姿も一つの武器だ。そこに惹かれた客も、彼女にとって都合悪くはないだろう。


「重ねて正直に言うとあなたは随分幼く見える」


 直接的な物言いに、彼女は「はあ、まあ」と曖昧に言葉を濁した。


「その年齢で占い師という職業は務まるものだろうか」

「えっと、務まると思います」

「ふむ、しかし風に聞くに占い師には資格が必要なはずだが」

「あの、それは間違いです」

「そうなのか、それは失礼した」


 過ちは素直に認めねばならない。すぐ頭を下げる。


「いえ大丈夫です。資格はあった方がいいし、学校で勉強するケースもあります。どこかに所属するなら、必要な場合もあるかもしれません。占いも技術ですから」


 はっきりとした口調、プロ意識はあるようだ。


「実はこれらは本題ではない」

「ええ……じゃあなんでしょう」

「その年で働くのは立派だと思う。私などバイトもしたことがない」


 これに、彼女は不思議そうな反応を見せた。確かに、いきなり自分語りする奴はそう思われて仕方ない。


「あなたのビジネスプランに口を挟むつもりはないんだ。こんな人通りの少ない場所で儲かるもんなのか、とか」

「おもいっきり口挟んでますね」

「地元民ゆえご容赦願いたい」

「地元ならなんでも許されると」

「失礼、そこまでは言わない。問題はあなたがやはり、若すぎるということなんだ」

「ええっとですね……」


 言わんとしたことは伝わっているらしい。彼女も察した素振りだ。


「時刻も六時を過ぎている。我が県の条例では保護者がいた場合でも十一時以降の外出は禁止されている」

「我が県ときましたか」

「保護者がいない場合は午後八時までだ。確かにまだ七時にもなっていない」

「日は暮れてしまいましたね」


 彼女はそう言って、アーケードの外に視線を向ける。初夏とはいえもう六時は過ぎたのだ。薄明も近い。

 夜の訪れは、刻一刻と迫っていた。

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