【異世界版シンデレラ】トアルー伯爵家

蒼珠

前編・トアルー伯爵家のシンデレラ

 先妻の娘であるシンデレラは継母と義理の姉たちにイジメられ、伯爵令嬢でありながらメイドのような扱いを受けていました。


「あんたがやっておきなさいよ!気が利かないわね」


 ある時、義姉の学校の課題を押し付けられたシンデレラは、


「勉強しないと何も出来ません!」


と何とか勉強する機会を得て、メイドの仕事の合間に必死で勉強しました。


 しかし、独学では限度がありました。

 シンデレラは義姉の家庭教師に色々質問するうちに、家庭教師に可愛がられ、推薦を受けて学校に通えるようになりました。

 メイドのような扱い、時にはそれ以下の扱いをされていても、シンデレラは伯爵令嬢。

 体面を考えてシンデレラは最低限の身の回りの物が整えられ、学校に通うことでメイドとして扱われる時間も減って行きました。


 シンデレラにとって学ぶことは楽しく思っていました。

 どんどん活き活きとして食事が抜かれることも減ったことで色艶もよくなって来たシンデレラは、元々の顔立ちは良かったこともあり、もてはやされるようになりました。


 それが面白くないのは義姉たち。

 同じ学校であっても、シンデレラをイジメているのは当然隠していましたが、人気のある男子生徒までシンデレラと話して嬉しそうにしていたことでキレました。

 公衆の面前でシンデレラの頬を平手打ち、更に蹴ってしまったのです。

 騒然となり、頭のよくない義姉たちは、


「こんなのいつものことよ!メイドなんかにちやほやして!」


と自白してしまったため、大騒ぎとなりました。


 シンデレラは仲良くなっていた友人…ユージン侯爵令嬢の屋敷で保護されることになり、学校だけじゃなく、社交界でも問題になりました。

 シンデレラの父親も見てみぬ振りをしていたことも問題でしたが、トアルー伯爵の血筋はシンデレラの亡くなった母親で、父親は婿養子。

 元々相続権などなく、シンデレラが成人するまでの後見人で領主代行、伯爵代行でしかなかったのです。

 シンデレラに渡るハズの財産も父親と義母と義姉で使い込んでおり、犯罪奴隷に落とされることになりました。


 便乗してシンデレラをイジメていたメイドたち使用人たちも一斉解雇になりました。

 シンデレラの母親が生きていた頃、仕えてくれていた使用人たちをユージン侯爵が呼び戻してくれたので、シンデレラはトアルー伯爵家へ帰ることが出来ました。


 トアルー伯爵家はシンデレラが成人するまで、王家で管理されることになり、シンデレラの後見人は友人の父親、ユージン侯爵がなってくれました。


 しかし、問題はありました。

 伯爵家の女当主になるシンデレラは婿を取らないとならないのです。

 こんな騒ぎがあり、侯爵が目を光らせているため、シンデレラの婿は難しくなりました。

 イジメられる側にも非がある、と考える人たちもいたのです。



 そんな時、王宮で舞踏会が開かれることになりました。

 年頃の王子のお嫁さん探しです。

 婚約者のいない女の子たちに招待状が届き、シンデレラにも届いていましたが、父親義母たちの使い込みのせいで伯爵家にはドレスを作る余裕なんてありません。

 それに、婿を取ることになるシンデレラは王子は対象外でした。

 王太子ではない第二王子でも、降婿するなら侯爵家まで、なのが普通だったのです。

 王宮の係の人がその辺の事情を知らずに、招待状を送ったのでしょう。


 第二王子…セカンド王子は、シンデレラと同じ学校なので、毎日、顔を合わせていました。

 もちろん、身分の違うシンデレラは王子と話したことはありません。

 金髪碧眼、優雅な仕草、ふわりと穏やかな笑顔、絵に描いたような王子様に、憧れを抱いていたシンデレラでしたが、所詮、違う世界の人間。諦めるしかありません。

 次第にため息も増えました。

 そもそも、シンデレラはダンスなんて踊れないことに気付きました。シンデレラにはまだまだ足りないことが多いのです。

 義姉の家庭教師を今度はシンデレラが雇い、貴族令嬢に必須のマナーやダンスを教わることになりました。



 そうして日々は過ぎ、舞踏会当日。

 シンデレラは朝から浮かない顔で、勉強していました。

 学校の勉強も領主経営も勉強しないとなりません。

 ユージン侯爵の紹介で領主経営の家庭教師も派遣され、勉強することは面白く思っていました。

 しかし、今日は舞踏会当日。

 他の令嬢はそわそわしながら、準備に勤しんでるかと思うと、シンデレラも何となく落ち着かない気分になっていました。


 それでも、何とか集中して勉強し、家庭教師も帰った夕方。

 一人のローブを着たおばあさんがトアルー伯爵邸に訪れました。

 まったく知らない怪しいおばあさんを屋敷に上げる老執事が信じられず、シンデレラが見ると、老執事はニッコリと微笑みました。


「問題ありません。わたしを信用して下さい」


 それでも、訝しく思うシンデレラにおばあさんは言いました。


「シンデレラよ、舞踏会に行きたいかい?」


「行きたいですが…色々事情があって…」


「知ってるよ。あんただとバレなければ問題ないさ。あたしゃ、魔法使いでね。あんたの望むドレスや靴、馬車も出してやれる」


 ほらよ、とおばあさんが杖を振ると、シンデレラの服装が華麗なドレスに替わり、耳飾り、首飾り、腕飾りも着けてあり、靴もガラスの靴になりました。


「おっと、メイクもして髪も結わないとね。髪色は変えとくよ」


 全身が映る鏡を見せられたシンデレラは驚きました。

 よく見れば確かに自分の顔ですが、もう少し大人びた顔の見違える程の美人に、グレイの髪はストロベリーブロンドになっていたのです。

 これなら、誰もシンデレラだと気付きません。

 魔法もメイクもすごい、とシンデレラは興奮し感心しました。

 しかし、こんな凄腕の魔法使いは料金もお高いのでしょう。


「お恥ずかしい話ですが、当家では今すぐ支払えるだけのお金がありません。料金は長期の分割払いにして頂けませんか……必ずお支払いしますので…」


 シンデレラがそう言うと、魔法使いのおばあさんは「あーっははははは」と大きな声で爆笑しました。


「だ、大丈夫。あたしゃ、あるお方から派遣されて来たんだよ。料金もその人持ちだから気にする必要はないさ。さ、馬車を作るから外へ行くよ!」


 魔法使いのおばあさんはシンデレラを外へと連れ出すと、どこからかかぼちゃを取り出し、呪文と共に杖を振ると可愛い馬車になりました。馬車を引く馬はちょうど出て来たネズミを馬に変えました。

 また魔法使いのおばあさんが杖を振ると、馬にクツワがはめられ二頭立ての馬車になりました。

 御者はゴーレムに任せることになりました。

 単純作業をするゴーレムしか見たことがなかったシンデレラでしたが、このゴーレムは魔法使いのおばあさんの言うことがちゃんと分かっているようでした。


「さぁ、招待状を持ってお乗り」


 招待状が来ていることも魔法使いのおばあさんは、何故かちゃんと知っていました。

 しかし、シンデレラは不安になりました。

 舞踏会なのです。ダンスを踊る会なのです。

 伯爵令嬢としての教育を長いこと受けられず、ダンスを習い始めた所のシンデレラは一番ヘタクソでしょう。


「大丈夫だよ。そのガラスの靴はマジックアイテムだ。大半のダンスは問題ないよ。ただし、魔力を多く使うからね。

 日付が変わる前には帰っておいで。馬車やドレスの魔法も日付が変わる時間から、ここに帰って来るぐらいしか保たないよ。いいかい。約束しておくれ」


「分かりました。気を付けます」


「それから、急ぐあまりガラスの靴が脱げてしまっても、取りに戻らなくていい。マジックアイテムだから、ちゃーんとあたしの所に戻って来るからね」


「はい。色々と有難うございました。しかし、おばあさんを派遣して下さったある方というのは…」


「野暮だよ。後で分かるさ」


 ユージン侯爵令嬢でしょうか?

 思い当たるのはその人しかいないシンデレラは、後でお礼を言おうと思いつつ、馬車に乗り込み、王宮へと向かいました。


 招待状があるため、問題なく舞踏会会場に入れたシンデレラ。

 見るものすべてが初めてで、キレイで大きいシャンデリア、瀟洒しょうしゃな装飾の家具や室内、キレイに着飾った女の子たち、独身男性も招待されており、それぞれかなりオシャレに気を使った服装、付き添いで来たのか父親叔父年代の男性たちも立派な服装でした。

 まるで夢の世界に来たようです。

 配っている飲み物をもらい、各自が歓談し、壁の花になっているシンデレラに気付き、


「どこのご令嬢かしら?」


「見たことがありませんわね」


「外国の方もお招きしているのかもしれませんわね」


「お綺麗な方ですね」


と同じ学校の令嬢、子息がいるにも関わらず、シンデレラだとは誰も気付いていませんでした。


 程なく、王族がパーティ会場に入って来ました。

 主催者の国王の挨拶が始まり、今日の主役たるセカンド王子も挨拶しました。


「今日の舞踏会は、わたしの后選びだというのは聞き及んでいることだと思う。しかし、緊張することはない。今日だけで選ぶワケではないのだから。

 食事もよりすぐりの物を準備している。舞踏会をどうぞ楽しんで行ってくれたまえ」


 令嬢たち子息たちの緊張が解れ、会場の雰囲気も和やかなものになりました。


 セカンド王子ってすごい、とシンデレラは感心しつつ、人の流れに乗って料理の置いてある方へ向かいます。

 普通のパーティなら口を付ける程度で、食事と言える量を食べるのはマナー違反となっていますが、セカンド王子の言った通り、今日は食事も楽しんでもらいたいという趣旨で、メイドたち、ウエイターたちが一口サイズの食べ物をそれぞれに配っていました。

 有り難い気遣いにシンデレラは感心しつつ、今まで食べたことのないおいしい料理を大いに楽しみました。


「コルセットを緩めて来るんでしたわ」


 そんな本音をぽろりと呟いてしまっている令嬢もいた程、美味しい料理ばかりでした。

 コルセットの存在は知っていても、シンデレラは使っていませんでした。数年もの貧しい生活で、寄せて上げるだけの肉もありません。

 魔法使いのおばあさんの気遣いか、派遣主の気遣いか、胸にドレープが入ったドレスなので、貧相な体格が目立たないようになっていました。

 そのことに気付いたシンデレラは、恥ずかしく思うと共に、これからはちゃんと栄養豊富な食事を摂ろうと思いました。


 食事が終わると、いよいよ舞踏会本番のダンスです。

 女性はダンスを申し込まれるのを待っていないとなりません。

 ドキドキして待っていると、声がかかりました。


「失礼、お嬢さん、わたしと…」


「わたしと約束していたんだ。悪いな」


 割り込んで来たのはセカンド王子でした。

 目を丸くするシンデレラ。


「わたしと踊っていただけるかな?」


「よ、喜んで」


 考えるより先に言葉が出ていました。

 シンデレラは差し出される王子の手を取って、ダンスフロアへ向かいました。

 音楽が始まりました。

 最初は定番のワルツからです。ダンス初心者にも優しい選曲でした。

 転ぶんじゃないかと、シンデレラは内心ヒヤヒヤしていましたが、魔法使いのおばあさんが言った通り、ガラスの靴はマジックアイテムで、優雅にステップを踏みました。

 ちゃんと踊れるとシンデレラはどんどん楽しくなりました。


「そのドレス、似合ってるよ。君も綺麗だ」


「あ、有難うございまちゅ…す」


 噛みました。

 シンデレラの舌はダンスのようには滑かには動かなかったようです。

 くっくっく…と楽しそうに笑いながら、王子は踊りました。


「君は可愛いな」


「い、いえ、そんな…」


 魔法使いのおばあさんのおかげで美人になってるだけ、だとシンデレラはそう思っていました。


「頑張る子は好きだよ」


「そうですね。応援したくなりますね」


「ご褒美をあげたくなる」


「素晴らしいと思います」


「ヒントをあげたつもりなんだけどな」


「ヒント、ですか」


「君、いずれ詐欺師に騙されそうだな。ちゃんと侯爵に言っとこう」


「…はい?…あ、いえ、失礼しました」


 王族に聞き返すこと自体が不敬でした。

 そして、ダンスは終わり、セカンド王子は続いて他の令嬢にダンスを申し込んでいました。

 后が確定するまで平等に扱わないとならない王子も大変だな、とシンデレラは同情しました。

 シンデレラも他の男性にダンスを申し込まれ、緊張しつつも楽しい時間を過ごし、アッという間に日付が変わる五分前になりました。


 いけない、と走り出すシンデレラ。

 大階段を降りる前にセカンド王子に呼び止められました。


「何をそう急いでいるんだい?」


「申し訳ございません。時間がないので」


「君の名前ぐらい教えて欲しいな」


「…すみません」


 招待状が来ていても手違いでしょう。

 シンデレラは到底名乗れませんでした。

 それに、セカンド王子は思わせぶりなことを言っていました。気付いているのかもしれません。

 シンデレラはセカンド王子に膝を曲げてスカートを手で摘む挨拶、カーテシーをすると、勢いよく大階段を降り始めました。


「あ、待て。そんな勢いでは危ないよ!」


 セカンド王子の注意は遅く、シンデレラは階段を踏み外しました。

 しかし、ガラスの靴の片方が脱げただけで、何故かふわりと着地出来ました。

 どうしてなのは分かりませんが、もう十二時の鐘が鳴り響き始めたので、シンデレラは再び走り出しました。片方のガラスの靴が気になりましたが、魔法使いのおばあさんの言葉を思い出したので置いたままで急ぎます。


 馬車に乗り込み、無事に帰れたシンデレラ。

 残されたガラスの靴を手にセカンド王子はおかしそうに笑っていました。

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