第30話 途切れた道筋を頼りに


中でも気になっていたとある人に近づく。

本当は危険だけど、確かめたかった。

えいっ、

私は意を決してシアターを捲った。



……やっぱり。

「間違いない……この人は私らのクラスの先生だよ……」

「……あらー、そうなのか。」

先生の馴染みのあった濃い赤色の肌が寒色に浸食され、あからさまに全身が真っ青になっている。

心の色も真っ黒に包まれてどんより揺れ動いていた。危機的な程多くのネガティブな感情を抱えていたのだろう。

何でこんな所にいるのだろうか、何をしている最中だったのだろうか?

「他にも先生たちが……」



この空間には他にも何人かの先生と研究者がいるように見える。

でもこんなに肌が変色しているのは私の先生だけだ。

「んぁ?これは?」

先生の目線の先にはシアターに被さっていたペンと"紙で出来たノート"がテーブルに寄りかかっていた。

私はその事に気づいた途端、真っ先にノートを手に取り、そっと開いた。



* * * * *

 

私はあの日嘘を吐いた。

残忍非道な計画。

その犠牲者達に向かって。

こんなことになるなら初めから私は教師なんて目指すべきじゃなかったのかもしれない。

あれから何度もそう思った。なす術無く時が来て嘘つきになってしまった。

誰か、教師として私は何をすべきなのか、どれが正しい道なのか、導いてほしい。


* * * * * 

 


「……先生?」

「っわぁー、……これは……」

 

!?

開いた途端に目に入るのは先生らしからぬ言い草で始まった、嘘みたいな文章。

数行しか目を通していないのに、動かない姿も相まって、すでに読むのが辛い。



* * * “もう何もかもだめだ”  * * *




???




その言葉はノートのページをまたがるように、圧のある字体で書かれていた。さらに上から掻き消す様にその言葉は抹消されていた。

 

「うーん、この人何だか思い詰めてそうだね。結構な期間、後悔とか絶望とかそういう類いを抱え込んでたんだろうな」

「えっと……」


明らかに様子がおかしいと察した。

授業の素振りを思い返してみても精神的に参ってしまうような何かがあるとは全く思えなかった。


気づけなかった。

 

文字の群れは走り書きで怯えているようだった。

私の中の何かが擦り減るようで、次のページを捲るのが怖くなる。

そんなことになってるなんて知りたくなかった。でも知れたからには続きの正直な気持ちも知りたい。

訳の分からない事が起きてきた理由に迫れるかもしれない。

明確な気持ちが定まらないまま、指をかける。


好きだった紙を捲る独特の感覚。なのに動けない。この文章から離れられない。



ここで進まなかったら、ここまで進めてきた何もかもが失われるような感覚に苛まれ進展は無いだろう。

さぁ捲ろうか。擦り減らそう。



* * * * *


いつからだろうか、私はそう思うようになっていった。

私は私が正気を保つために、今も尚、続いている我々ノロールム人による過ちの物語を、私が知れた分、このノートに手記として授業の合間に少しずつ書き記すことにした。そしてそれは誰にも悟られないよう、データにせず、手書きに留めておく。

これは希望の灯りが消えないように、''自分の中の真実''を無くさないように書いている。

もしくは単なる憂さ晴らしと精神安定のためのどうしようもない一人の男の''戯言''なのかもしれないが。

そして、もしもの話だが、この手記を何らかの手段で私以外の仲間、心優しき誰かが見ているのなら、誰でもいい——


ここに書いた文章を読み終えて、


……この世界をどうにかして救ってほしい。


こんなのはどうせ叶わぬ馬鹿の願いなのだろう。

そんな願いも秘めながら私が見た光景を思いと共にこの一冊に綴っていく。よろしく。


* * * * *

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