第035話 男爵の企み




「イスコーおはよう」




早朝、午前5時。

今日から俺は、商隊の護衛として街を離れる。


イスコーとの待ち合わせ場所である、冒険者ギルド前へと辿り着くと、そこには既にイスコーが待っていた。


顔や態度に似合わず、時間はきっちり守るタイプの様だ。




今日の俺は寝覚めがばっちりだった。


彼女のおかげだろう。


昨日の午後、セインスと出掛けた俺は彼女と一緒に昼食を食べ、そのまま街を一緒に散策してと、凄く幸せな時間を過ごせた。


夕方には鍛冶屋で注文通りに仕上がっていた盾を受け取り、一緒に家に帰ってからの夕食は俺が作った。

もともと、彼女を労うって名目で連れ出したからな。

それと暫く家には戻れないし、なんとなく皆には俺の手料理を振る舞っておきたかった。

もしかしたら、それが最後になる可能性だってあるから。


ともあれ、精神的に充実した時間を過ごせたからだろう。

ぐっすりと眠れたし、すかっと起きれた。


気合十分。

今日からの護衛、張り切っていこうと思う。




「お、来なすったか。おはようさん」


軽く手を挙げて挨拶を返してくるイスコー。


その後ろには、3人の人影があった。

彼らがイスコーのパーティメンバーなのだろう。


「待たせたか?時間には遅れてないと思うが」


「いんや、あっしらもついさっき来たところさ。早速うちの連中を紹介といきたいところなんだが、実はもう一人が遅れててね。そいつは後から紹介しやすわ」


まぁ人が複数集まればルーズな奴も一人くらいいるもんか。


「分かったよ」


「それじゃ、あんさんの事はうちのにもう軽く話してあるんで、こっちから紹介しやすね」


イスコーがくいっと顎をしゃくる。

合図を受けた後ろの連中が、腰を上げて近くへ寄ってきた。


「僕はCランク一つ星C-1のブラム。よろしくね。弓士だよ」


俺よりは歳上だろうが、童顔な男だ。

顔は良いが、どちらかというと可愛い系の顔。

どうやらパーティ内での役割も教えてくれるみたいだし、全員分をよく覚えておく事にしよう。


「俺もC-1だ。名前はチャト。足が遅いんで盾士の役割をこなす事が多い。よろしくな」


こっちは一人目と違って筋骨隆々タイプ。

話し方からは寡黙な印象を受ける。

だが、秋も深まり最近じゃ肌寒い日もあったりするのに、大きく胸元が開いたシャツを着ている。

マッチョは暑がりが多いのか、それとも肉を見せたいのか。

寡黙な雰囲気とは逆に自己主張の激しい人なのかもしれない。


「私はフォニカよ。よろしくね?主に支援担当かな?戦闘はあまり得意じゃないの。あ、メンバーの中では私だけD-1ね」


三人目は女性だ。

この世界の冒険者に女性は少ない様で、ギルドに出入りしててもあまり女性冒険者を見掛けない。

その珍しい一人にこんな形で関わる事になるとはな。

にしても、何で疑問形なのか解らないが支援系か。

魔術とか使った後方支援が得意なのかな?

もし魔術書を持っていたら、ちょっと見てみたい。

とりあえず、あっさりした態度だから付き合いやすそうな人だ。


「んで、あっしの自己紹介は終わってやすが、ポジションやらを話していやせんでしたね。あっしはBランク二つ星B-2、一応リーダーなんで司令塔として動きやすが、基本何でもしやす」


ほーう。

相変わらず胡散臭いが、上級冒険者なのか。

しかも二つ星とな?

案外優秀な人材だったようだ。

見る限り、腰に差したロングソードで戦うスタイルかな。


「紹介ありがとう。既にイスコーから聞いているようだけど、俺はイオリ。先日Cランクになったばかりだ。星はまだ無い。冒険者としての経験はまだ短いから、迷惑を掛けてしまったらすまない。精一杯働くからよろしくして欲しい。得意なのは魔法だ」


ざわり、とした。


恐らく魔法という部分に反応したのだろう。

イスコーにも話してなかったし、彼も驚いている。

変に隠して、結果として自分の首を締める事になったら元も子もないからな。

いつでも使えるように予め告げておく。


「魔法?魔術じゃなくって?」


フォニカが尋ねてくる。


「ああ。どうやら俺は使える方らしい」


「あんさん、流石ですな~。それならその歳頃でCランクっていうのも頷けるってもんでさ」


「イスコーそれは褒めすぎじゃないか?まだ見せてもいないし」


「かっかっか!そりゃそうで。まぁ期待しときやすよ。ん?あれは……おお、やっと来た。あんさん、最後の一人が来やした」


まだ薄暗い中、つかつかと歩く様子には、全く急ぐ気配が無い。

遅刻しといて中々図太い奴らしい。


「ふぁ~~~あ。おはよ。それじゃ行こうか」


おおっと。

遅刻してきていきなり仕切り始めたぞ?


「おいおい、ジェナスさん?遅刻しといてそりゃないでやすよ。昨日話した通り、こちらがイオリさん。期待の新人でさ。ジェナスさんからも軽く自己紹介頼みやすよ」


おー、一応リーダーらしく仲は取り持ってくれるんだな。


「ん?あ~。そうか。俺はジェナス。おはよう」


「あ、ああ。おはよう」


それだけ?

ランクやポジションは……。


「ジェナスさん……。まぁ今は時間もあまり無い事でやすし、そろそろエンマージ商会へ向かいやすか。イオリさんには後で彼の事を話しやすんで」


「OK。んじゃ今日からよろしくな」


こうして一先ずの自己紹介は終わり、俺達はまだ暗い街の中を、エンマージ商会へ向かって歩き始めた。




商会へと辿り着くと、所狭しと商会の人達が作業をしていた。

残り僅かな様だが、車に荷物を積み込んでいる最中だった。


様子を窺っていると、イスコーが代表してある男に声を掛けた。


「おはようございやす、副会長。今日からよろしく頼みやす」


あれがこの商会の副会長なのか。

厳つい目つきで商会の人達に指示を飛ばしてた男だ。

新進気鋭の商会でナンバー2なら出来る男なのだろう。


「折角早く来た事でやすし、あっしらも手伝いやすよ」


なるほど。

こうして恩を売っておけば評価が上がりやすいのかもな。

護衛以外の事は本来しなくても良いはずだ。

でも評価を下すのは依頼をした側の人間なのだから、恩を売っておいてこちらが損をする事はあまりないだろう。


見ていると、慣れたものだとばかりに他のメンバー達も商会の人達に混じって手伝い始めていた。


一人を除いてだが。


ジェナスだけは、大きなアクビをしながら近くの木に背中を預けて座り込んでしまった。

なんか彼の性格がちょっと分かった気がする。


ともかく、俺も手伝う事にしよう。




せっせと働き、15分ほどで積み込みが完了した。

荷物は全部で二頭立ての車5台ぶんなので結構な量だ。


荷物を積載した車では御者台くらいにしか人が乗れない。

なので人足や俺達が乗る為の、ほろを張った車も1台別に用意されている様だ。


最悪、俺ら護衛は歩きかとも思っていたのでこれは有り難い。

たくさん積載した車なんて時速5kmほどしか出せないから、歩かせられる可能性も十分あったしな。


だから車は全部で6台だ。

それぞれに牛馬が2頭ずつ。

他にも哨戒用と緊急時の為の牛馬が4頭。

俺達護衛が6人。

商会側の人間が全部で10人。


と、結構な大所帯だ。


荷物の積載が完了した後、副会長と呼ばれていた男が商会の人足とイスコーを集めて何やら話し込んでいる。


そろそろ出発の時だろう。


「では、よろしく頼むぞ」


最後に、そうイスコーと人足へと声を掛けると、副会長は商館の中へと入っていった。

どうやら彼は同行しないらしい。

つまり、偉い人が同行するほど重要な旅では無いんだな。

俺はよく知らないが今回の旅が日常的な業務なら、わざわざお偉いさんが同行するはずも無しか。


「おーい、集まれ~」


イスコーから俺達に声が掛かる。

いよいよか。


ふとジェナスを見ると、完全に寝ているように見える。


「ジェナスさん!起きて下さいや」


慌てたイスコーが彼へ駆け寄る。

この状況で一人サボって寝れるとは、中々に大物かもしれない。


「出発の時間でやすよ!起きて下さいや!」


「ん?あ~。おはよう。さっさと行こうか」


大したもんだ。

逆に感心するよ。


ようやく起きたジェナスを伴い馬車へ集合すると、商隊の責任者らしき男から号令が掛かった。


「では出発しましょう。皆さん、10日程の旅ですがお互い助け合って無事帰ってきましょうね」


俺個人の感覚としては、大袈裟な、と思わなくもない。

だがこの世界の人からしてみたら大袈裟でも何でもなく、街から出て遠い所へ行くのは命懸けなのだろう。


魔物と賊。


仕事とは言え、俺に出来る限りの事はしよう。

この人達が無事に帰って来られるように。


さぁ、出発だ。







とある館の一室。


「奴らがこの街へと到着するのは、予定では……三日後の夕刻だったか?」


「左様で」


「準備は出来ているな?」


「はい。抜かり無く。街から2日ほどの地点で、と予定しておりますれば。確認ですが、決行して宜しいのですね?」


「無論だ」


「承知致しました。では現地にて待機している者へ決行の知らせを出します。早馬がこちらを発てば、もう引き返せませぬので。ご承知おき下さいますよう」


「くどい!!!」


「は。失礼致しました。では、私は指示を出して参ります故」


密談をする男が二人。


一人が部屋を出ていくと、尊大な男が独り言ちる。


「全く。どいつもこいつも小心者ばかりだ!」


──ダンっ!!!


静かな室内に、机を叩く音が響き渡る。


「だが私は違う!違うのだ!」


──ガッシャアッ!!!


男は、何かを恐れているのだろうか。


まるで、恐怖を隠すかのように大声を出し、ワインボトルを壁へと向かって叩きつけたのだ。


「断じて!奴の好きにさせてなるものか!」


止まらぬ激昂。


床に染みを広げる高価な果実酒。


仕舞いにはグラスを握り潰し、その手にはワインよりも赫く濃い血液が滴っていた。


男を、諫める者は誰も居なかった。


男は独り、静かな部屋で大きく吼える。






とある場所、とある時に。

策謀が待ち伏せている事を藤宮庵は知る由もなかった。


庵が策謀と邂逅するのは、出発二日目の夜半となる。


残された時間はあと僅かであった。


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