順番決め

 夕御飯も終わり、静かなリビングではコントローラーの音とBGM、そしてダメージの音が鳴り響いていた。

 そう、今日もやってきたのだ。風呂の順番決めの時間が。

 だが、昨日と違うことが1つ2つあった。1つは勇と紗夜の見た目、そして2つ目はというと、

((勝て!!))

 心の中でそう叫ぶ勇と紗夜は妹弟に指示出しをしていた。


「千咲!そこガードしろって!そのダメージがもったいない!」

「匠海!もっと強い技はないの!?あっ!ほらダメージ食らったじゃん!」


 昨日とは打って変わり、2人の心のなかでは恥ずかしさが湧き上がっていた。ブスだから一緒のお湯に入りたくない、どうせ臭いから先が良いと昨日は思っていた勇と紗夜だったが、素顔が判明した途端いきなり心のなかでは羞恥心が湧き上がり、あとに入ったほうが自分が浸かったお湯に入られずに済むという思考に陥ってしまった2人。

 ルールは昨日と同じで、負けたほうが先に入り、勝ったほうが後に入ると言うことになっている。このルールに4人の中では異論がなかったが、そんな思考に陥った勇と紗夜は敵である妹弟の千咲と匠海に指示を出していた。


「千咲!!ジャンプジャンプ!絶対避けれるから!」

「匠海!!なんで攻撃よけないの!ほら!ガード貼って!!」


((うるさい))

 指示を出されたら誰だってそんな思考に陥ってしまうのはごく自然のこと。カチカチとコントローラーを操作させながらも頭の中では別のことを考える2人のプレーには昨日ほどのキレはなく、即死コンボどころかコンボもなくスマッシュブッパのおじさんキャラでスマッシュをブッパしていた。

 残り機はお互いに一機でダメージ数は100%を超えている。どちらが負けてもおかしくない状況に勇と紗夜は胸を高鳴らせていた。


「――ゲームセット」


 というテレビから発せられる声と共にソファーから立った女性の歓声が上がる。


「ナイス匠海!いい技の振り方だった!」

「……ども」


 別に嬉しくもない歓声をもらった匠海は不服げに「あ〜負けた〜」とわざとらしくソファーにもたれかかる千咲に目を向けた。


「わざとか?」

「そうだね〜」

「……なぜ?」

「勇に『どうせあいつ駄々こねるから負けてやれ』って言われたんだもん。兄の優しさは素直に受け取っとかないとね」

「たしかにそれはそうかも」


 そんな理由も知らずに喜ぶ紗夜と、嘘だと分かっていながらも頭を抱えて悔しがる勇の姿に、姉さんのことを理解しだしたなぁ、なんて呑気な感想を思いながら頷く匠海は穏やかな眼差しを勇に送った。


「それじゃあ早速、千咲さん入りましょ〜」

「はいはーい。あ、パジャマは勇のでいい?」


 脳天気に洗面所に向かおうとしていた紗夜だったが、千咲からの突然の言葉に動きを止めて振り返って首を傾げる。


「え?千咲さんのじゃないの?」

「私の服はきつかったでしょ。今の彼シャツを見る感じだと着やすそうだから勇のにしようかな〜って」

「別に彼シャツじゃ……!そ、それに千咲さんの服は別にきつくなかったよ!」

「そう?でももう私、緩めの服ないから強制的に勇の服になるんだけどね」

「強制的!?ま、まぁ……それなら仕方ないけどさ……?」


 若干頬を赤くしながらチラっと勇の顔を見て、様子を伺おうとする紗夜。そんな視線に気がついたのか、わずかに頬を赤くさせている勇は顔を逸して反応する。


「まぁいいんじゃね?強制的なら仕方ない」


(ふーん?意識しちゃってるんだ。顔を赤くしてるってことは意識しちゃってるんだ〜)

 初めて勇の弱みを握った紗夜は不敵な笑みを浮かべ、からかうようにソファーに戻ってはツンツンと勇の背中を突き出す。


「そうだよね〜。強制的なら仕方ないよね〜」

「な、なんだよ」

「い〜や〜?なんか顔が赤いなぁ〜ってね〜」

「……別に赤くないだろ」

「赤い赤い〜」


 否定しながらも紗夜に顔を覗かれないよう一生懸命に逃げ続け、挙句の果てには紗夜の手によってガシッと顔が固定されて上を向かされてしまう。


「もしかして、意識してるんだ?」


 勇から見れば逆さに顔がある紗夜と目が合い、赤らんだ顔をようやく目視できたのが嬉しかったのか、ニマ〜と笑みを勇に向けた。


「……別に?」

「うっそだ〜」

「ほんとだって」


 目を逸しながら答える勇に確信を持った紗夜は更に笑みを浮かべる。

(なんか……悔しい。俺だけ意識してるってのは……なんか悔しい)

 紗夜と目を合わせずにいた勇はそんな事を考えていた。チラっと見えた紗夜の表情には邪悪な笑みに包まれており、これから更にいじられるという嫌な予感が勇の中では立つ。

 そんな嫌な予感が当たってたまるか、と実際には顔を振ってないが勇の中では頭を振り、打開策がないかと目を動かす。


「そんな目動かしちゃって。やっぱり意識してるんだ〜。仮の彼女なのに、変な意識しちゃってる――」

「――俺が意識しただけでなんでそんな幸せそうな顔してるのかな?」


 紗夜が最後まで言葉を言い切る前に、やっと目を合わせた勇が指摘するかのように呟いた。


「言い逃れしようとしてるのかな〜?私はそんな顔してないけど〜」

「この顔のどこがしてないっていうんだよ」


 顔を向けられた仕返しも込めてなのか、両手の親指と人差し指で紗夜の柔らかい頬を掴むと、笑みを更に強調するかのように引っ張り出す。

 瞬間、紗夜の顔が爆発したかのようにボッと耳まで真っ赤になってしまった。


「――っな!な、なにひへるのよ!」

「俺に顔を触られただけで耳まで真っ赤になるんだな?意識しまくりじゃん」

「わひゃひのひふもんにこひゃへて!」

「なんて言ってるのか聞こえませーん」


 紗夜の質問になど答える気がさらさらない勇は、先程の紗夜と打って変わって不敵な笑みを浮かべる。

(てか、柔らか!女のほっぺってこんなに柔らかいのか!?)

 柔らかい頬を堪能するかのようにグイグイと四方八方に引っ張り出す勇と、意識が頬に持っていかれていることに一段と顔を赤くさせる紗夜。

 だが数秒が経つと、堪能し終えたのかし終えていないのか、頬を引っ張る勇が口を開いた。


「ほら、千咲も待ってることだし、さっさと風呂入ってこい」

「ならはなひへよ」

「嬉しいくせに?」

「うれひくない!」


 嬉しいといえば離すことはなかっただろうが、嬉しくないと言われた勇は手を離してひょいひょいとはよ行け、と言わんばかりに手を払いだす。

(てぇてぇなぁ〜)

 リビングのドアの前で立つ千咲は密かにそんな事を考え、

(あー……あーー……あーーー……)

 どういう叫びなのか想像がつきそうでつかない匠海はゲームをしながら頭の中で叫ぶ。当然指になど集中力が回らずコンピューター相手に負けてしまった。


「バカ!」

「先に仕掛けたのそっちだろー?さっさと風呂行けー」

「言われなくても分かってる!!」


 最後に言葉を言い残した紗夜はリビングを出ていく。そんな紗夜に、ニヤつきを浮かべる千咲は自分用のパジャマを持って軽い足取りでついていく。

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