素の2人

「あなた本当にあのメガネの聡善勇なの?」


 激しく俺の肩を揺らしながら質問攻めにしてくる星澤に「だからそうだって」と呆れ混じりの溜息を吐く。

 これ以上肩を揺らされたら俺の寝起きの頭が悲鳴を上げかねないので肩を掴む星澤の手首を掴み返し、ジトッと睨みつけてこれ以上質問されないように質問を返す。


「てかなんで顔とその胸を隠してたんだよ」

「……胸?」


 険しい顔を俺に向けたあと、ゆっくりと自分の胸へと視線を下ろす。

 その瞬間捕まえていた俺の手をほどいて胸を隠すように自分の体を抱きしめ、気がつくと星澤の顔は真っ赤になっていた。


「見たでしょ!私の胸を!!」

「いや見てないって」


 更にジト目で星澤を見ながら否定の言葉を訴えかけるが、どうやら信じられないようで片手を自分の体から離して俺を指さし、声を荒らげながら口を開く。


「絶対見た!男は全員私の胸を見るんだから見ないわけ無いでしょ!!」

「なんだよその自信は……てか本当に見てないからそこのサラシ巻けよ」


 俺の言葉だけでは理解が及ばなかったのか、星澤がベッドの周りを見渡す。

 そして自分の後ろに転がるサラシを見つけた星澤は相当見られたくなかったのか、先程よりも顔を真っ赤にして俺に背を向けてくる。


 胸を見られるよりもサラシの方が恥ずかしいものなのか?女子はほんとわからん。


 なんてことを考えていると、


「せっかくいい駒を見つけたと思ったのに……!」


 心の中の声が漏れたのだろう。小声でそう呟いた星澤は自分の発言に気づいてないようで横目で俺を睨みつけてくる。

 いつもの冷静な俺ならばこれぐらいのことは許していた。だけど公園のお姉さんが星澤だったことと寝起きに起きた事件のせいでほんの少しだけ冷静じゃなくなっていた俺はほんっっっっっっっの少しだけ星澤の発言にイラついてしまい、声を荒らげて口を開いてしまう。


「人のこと駒扱いとはいいご身分だな。相当自分に自信があるようで!」


 当然自分の発言に気づいていない星澤はキョトンとした顔をこちらに向けてくる。

 だがそんなのはお構いなしに俺は更に言葉を続けていく。


「そもそもだけど駒として使われてたのはおまえだからな?なーにが『いい駒を見つけたと思ったのに』だよ。あんま自分の顔に自惚れるな」


 俺がそこまで言い切ると、星澤の狭い心では受け止めきれなかったのか顔を膨らませて声を荒らげながらこっちを振り返ってくる。


「なんであんたに駒って言われなくちゃいけないのよ!!そもそもあんなブスなら私と付き合う必要なかったじゃん!それならこんなお泊りもなかったし関わることもなかったじゃん!!!」

「おまえが告白してきたのになんで俺のせいみたいになるんだよ!」

「あんたも告白してきた──」


 星澤の言葉が最後まで言い切る前に、千咲の部屋と繋がる壁から穴が空いてもおかしくないぐらいの壁ドンが聞こえてくる。

 その音で隣の部屋で千咲が寝ていることを思い出した俺は冷静になり、体に溜まっている熱を溜息で吐いて体外に出す。

 だが苦しくなった心臓は溜息を吐いても楽になることはなく、なぜか焦りが込み上がってくる。

 なんとか焦りの種を消そうと思考を巡らせるが、そんなことをせずとも焦りの種は見えていた。


 なんで星澤と喧嘩しただけでこんな焦りが出てくるんだよ……さっきから来るこの感情はなんなんだ……。


 星澤から顔を逸らしながら感情のことを考えていると、目の前にいる星澤が目を逸らしながらも軽く頭を下げてくる。


「ごめん……言い過ぎた。ごめん」


 俺も星澤から目は逸らすものの、頭を下げる。


「いや……俺こそごめん……頭に血が上りすぎた。ごめん」


 そう呟き、ゆっくりと顔を上げると物言いたげな顔をした星澤が斜め下に視線を落とし、


「でも聡善が言ってきたんだから仕方ないもん……」


 星澤の口からこぼれたその言葉が耳に残り、俺は思わず強い口調になってしまう。


「はい?星澤から言い出したんだぞ?」

「そんなことない。私なにも言ってないもん」

「心の声が漏れてんだよ。少しは自重しろ?」

「うるさい!乗っかかってきたのは聡善じゃん!」

「星澤が駒とか言うからだ──」


 またもや喧嘩が始まりそうになる俺達に「やめないと潰すぞ」と言わんばかりの強烈な壁ドンが2回連続で叩かれてしまう。

『だってこいつがやってきたのに……』と言いそうになる口をなんとか堪えてふいっと顔を背け合う俺と星澤。

 そうすれば静寂がやってくるのは当たり前。だが、その静寂を破るように今後のことについて口を開く。


「……俺らの付き合いってどうするんだ?」



   ♡ ♡



 聡善にそう言われて私の体はピクッと固まってしまう。


 さっきまで喧嘩してたし、昨夜のお風呂の時も別れたいとも思った……だけどなんだろう。この心のモヤは……。このまま別れたら私と聡善との関わりはなくなる。昨日の私はそれでいいと思ってたけど……なんか…………なんかなぁ……………。


 ゆっくりと振り向いた私は呆れた口調で言葉を発する。


「別れる必要はないんじゃない?私が買い物行くときについてきてほしいし。あんたぐらいの顔なら私と釣り合うだろうし。でも勘違いはしないでね?本気で付き合うわけではなくて仮だから──ってなによその顔……」


 私が最後まで言葉を言いきる前に何故か聡善の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 仮で付き合うとはいえ、そんなに私と付き合うのが嬉しかったのだろうか?

 そんな考えが脳裏をよぎるが、私の心境も無意識に嬉しくなっていた。


 私も聡善と付き合えるのが嬉しいの?なんで?こいつは私を駒として使ってたのだからそんなわけないよ。……そんなわけないよね?私。


 上がりそうになる口角を堪えるように聡善から目をそらし、小声ながらも荒らげた口調で話し出す。


「ま、まぁ!仮だからね!あくまでも仮だから!!勘違いはしないでね!」


 私がそう言うと、聡善も自分の笑みを隠すように私から目を逸して私同様に小声で荒らげた口調で話し出す。


「わ、分かってるよ!俺も仕方なく付き合ってるだけだから感謝しろ?出掛ける時はいつでも言えよ。いつでもついてくから」

「そのつもりだから!聡善も私を呼んでくれたらいつでも行くから」

「言われなくても呼ぶから安心しろ」

「あっそー!」


 私が言葉を言い終えると、隣部屋から何度も何度も壁が叩かれる。

 さっきまでは1、2回で終わっていた壁ドンも鳴り止まず、何秒経っても収まる気配のない千咲さんの壁ドンに聡善が部屋を出て千咲さんの部屋前に行く。


「おいやめろ!普通に近所迷惑だから!!」


 そんな聡善さんの言葉に逆ギレなのか、千咲さんが荒らげた声で反抗してくる。


「だって2人が甘いことするからじゃん!なんだよあのツンデレ!!ツンデレが好きな私からすると本当にありがたいからやめてほしい!こっちは匠海とオールしてて眠いんだよ!だからお願いだからねさせて!!」


 本当にオールしたんだな、というのがわかるほどに日本語があやふやになっている千咲さん。

 ドアの前に立つ聡善は「甘いことはしてないだろ!じゃあおやすみ!!」という言葉を言い残して自分の部屋のドアからひょこっと顔を出す。


「ごめん星澤。とりあえず飯でも食うか?」


 さっきまで言い争っていた仲とは思えないほどの口調で言ってくる聡善に私は鼻で笑う。


「一応彼女ってことだし私が朝ごはん作ってあげる」


 そんな私にジト目を向けてくる聡善は軽く右手を振り、


「遠慮しとく。絶対俺の方がうまいから」


 ドアの前で一応彼氏とは思えない発言を言い残した聡善はドアの前から姿を消し、リビングへと足を運びだす。

 怪訝な顔を浮かべながらも私は慌てて立ち上がり、リビングへと向かう聡善の後ろを追いかける。


「それひどくない!?超絶美人な彼女に作られるご飯のほうがいいでしょ!!」

「超絶イケメンな彼氏に作られる朝飯の方がいいに決まってるだろ」

「絶対私が作る方がいいですぅー」

「じゃあ次があったら頼むわ」

「ならその時に最高の料理作ってあげる」

「どうも」


 仮の付き合いをしたからなのだろうか、それとも喧嘩をやめたからなのだろうか。なぜなのかはわからないけど心の中にあったモヤはほとんどなくなり、幸せな感情が湧き上がってくる。

 そんな幸せな感情を抱きながら私と聡善は笑い合いながらリビングへと入っていく。

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