お風呂は娯楽
♡ ♡
「これでよしっと……」
千咲さんに言われた通り、お風呂場でメイクを落とし終えた私は表だけは冷静にそう呟く。
でも心の中の私はというと……。
なにこれ!雨宿りさせられるしお風呂まで入っちゃってるし!!お風呂が先だからまだマシだったけど、もし後だったら無言で帰ってたからね!?ていうかそもそもアイツがもっと否定してくれればこんな事にならなかったんじゃない?私は脅されて渋々入ってきたから仕方ないとして、あのブスは脅しとかなにもないでしょ?どれだけ私のことが好きなのよ。そりゃわかるよ?この鏡に写っている美少女の姿ならね?でもいつも会っている私ブスじゃん!初めての彼女に舞い上がってるの!?はぁ、もう最悪……そろそろ付き合いだして1ヶ月経ちそうだし別れの目処も立てていいよね?
鏡に写る美少女を眺めながらそんな事を考えていると、お風呂場のドアが開き、パジャマを取りに行っていた青髪の少女が入ってくる。
その瞬間、私は顔を俯けて見られないように隠す。
「メイク落としたー?」
「あ、はい……あの、1つ質問してもいいですか?」
「んー?いいよー」
私はゆっくりと隠していた顔を上げ、鏡越しに千咲さんの顔を見つめながら口を開く。
「なぜメイクだってことが分かったんですか?」
目が合うや否や、千咲さんは奇跡に奇跡が重なった絶景を目の当たりにしたかのように目を見開いて私の顔を鏡越しに見つめてくる。
「あ、あの千咲さん?」
何秒経っても答えが返ってくる気配がなかったので、私は千咲さんの方を振り向いて首を傾げながら問いかけてみると、
「あ、あぁごめんね?ちょっっっと可愛すぎて見とれちゃってた。それでメイクを見破った理由だっけ?それだけど、ワタシも同じようなメイクをしているからだよ。とりあえず体洗ってお風呂に浸かろっか」
私が話す隙を与えてくれない千咲さんは淡々と言葉を並べてはもう1つのシャワーチェアに腰掛けてすぐに体を洗い出す。
そんな行動をされた私の頭上にはクエスチョンマークが浮かび上がったが、とりあえず言われた通りに体や髪を洗い流す。
気のせいかもしれないが、お湯に浸かるまでは一回も目を合わせてくれなかった。
「いやぁ極楽だねぇ〜」
体を洗い終わり、お湯に浸かった千咲さんには先程の様子は見えず、匠海と話していた時と同じ調子に戻る。
先程の千咲さんに疑問を持っていた私だったけど、特に深くは考えるつもりはないので千咲さんの言葉に同意をかける。
「そうですねー」
「本当に美人巨乳の女性と入る風呂は格別だね〜」
「え?」
いきなりのセクハラ発言に耳を疑った私だが、千咲さんは本当に気持ちよさそうに目を閉じて顔を上に向けている。
そんな状態のまま、千咲さんは私の疑問をスルーして胸の話を続けてくる。
「風呂場前においてあったサラシって胸隠してたんだね〜」
「え、えぇ。まぁ……」
セクハラ発言を続けてくる千咲さんに動揺しながらも私は聞かれた質問に着実に応えていく。
「なんで顔隠してるの?」とか「なに食べたら胸でかくなるの?」などの気になったことをそのまま聞いてくる千咲さん。
「それじゃあなんで勇と付き合ったの?」
予想はしていたけど、まさかこんな直接的に聞いてくるとは思っていなかった私は口を噤んでしまう。
正直に言えば相手を悲しませてしまうかもしれない。かと言って嘘をつけばバレた時は匠海が千咲さんと会えなくなってしまうかもしれない……。
どうしたもんかと考えていると、千咲さんが微笑みながら私に声をかける。
「正直に言ってくれていいよー?私は怒らないし悲しみもしない。どちらかといえば嘘を言われる方が嫌かな」
あの男の妹とは思えないほどの優しさに関心を覚え、私は微笑みを返しながら質問の答えを口にする。
「告白された時の保険ですね」
「ですよね〜その顔ならその答えにも納得しちゃうな〜」
「ありがとうございますー」
私がそう応えると千咲さんは立ち上がり、お風呂場のドアノブを握る。
「これからも勇をよろしくね?私、あなたがメイクをつけているって事知ってるから」
「え?あ、え?」
先程までとは全く雰囲気が違った千咲さんは脅しの言葉を言い残してお風呂場から姿を消す。
あまりにも急激な雰囲気の変化に言葉が出せなかった私は、温かいお湯に浸かりながらも肩を震わせてしまう。
な、なに?あの子もしかして悪魔の子なの?去り際に脅しの言葉を残すのは相当性格が悪いよ?もしかしなくてもだけど、千咲さんに逆らったら聡善にメイクのこと言われるよね。あのブスがワタシのことを美人って知ったら確実にケダモノ化するわよ。そういうことは好きな人としかしないって決めてるから……あのブスと別れるまでは千咲さんには逆らわないでおこう……。
心の中でそう誓い、震えた肩を抑えてから私もお風呂場を後にする。
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