この席替えは結果オーライか
「みなさーん、入学から一ヶ月が経ちましたねー」
教卓の前で──綺麗な長い緑髪を一つに束ね、スラッとした体型の──
ふわふわした感じや顔がいいことで生徒からの人気は凄まじく、休み時間になれば林下先生の周りには男女問わずに沢山の生徒が集まるらしい。
まぁいつもいつも教室の真ん中で読書している俺には全く関係ない話だ。
もちろんこんな姿じゃなかったら関わることはできるぞ?入学式の時にパッと周りを見た感じ、俺のイケメン度はこの学園では一番だ。そんな俺が陰キャの見た目じゃなくなったらどうなると思う?林下先生じゃなくて俺により集るだろうな。
……まぁそれが嫌でこうして陰キャで居るんだが。
真顔でそんな事を考えていると林下先生が教卓の中からくじ引きの箱のようなものを取り出す。
その行動にクラス中がざわざわと騒がしくなる。
「一ヶ月が経ったということで、席替えをします!!」
そう言いながら林下先生が勢いよくくじ引き箱を頭上に持ち上げると同時にクラスが歓声に包まれる。
だがその反面、一部の人はどうやら不満を持っているらしい。
「あの2人の近くにはなりたくないよねー」
「あ、それなー?マジで臭そう」
「ちょ、それは言い過ぎだって。ぷぷ」
「めっちゃ笑うじゃーん」
そいつら含め、男女8人が俺と星澤から隠そうともせずに笑い出す。
まぁそうだよな。俺と星澤の見た目は臭そうだし、近くになったらせっかくの青春が台無しになるかもしれないしな。
またしても聞こえないふりをするために真顔を貫き通す。
このことに対して林下先生が何かしら注意をすると思ったがどうやら素で聞こえていないらしい。
先生も席替えが楽しみなのだろうか、そういう天然なところも生徒たちの人気を集めてるのだろう。
いじめられてる側からしたら溜まったもんじゃない。
「それでは出席番号順にくじを引きに来て下さーい」
それからは地獄だったさ。俺と星澤の近くに座りたくないのはあの8人だけではなく、クラスの9割、いやクラスの全員がそう願っている。
口に出してまで嫌がっていたのは数十人だったが、残りの奴らは分かりやすく顔に出ていた。
まぁ実際俺もあいつの横になるのだけは嫌だけどな?
チラッと星澤を見てみる。
嫌味を言われたのが相当気に触ったのか、机を睨みつけている。
そんな星澤に対し、呆れた眼差しを送りながら『こんなのでしょげるなんて弱すぎんだろ』と頭の中で思う。
なんてことを考えながらを黒板に姿勢を向き直すと、前の席の男子が立ち上がり、教卓の方へと向かって行く。それに続くように俺も立ち上がる。
……予想はしていたが、ここまで嫌がられるとは。
横目に周りの様子を見てみると、先程までは好き勝手に動いていたクラスの奴らが一斉にこちらに注目してくる。中には両手を握りしめて願うもの、席が近くになったら交換を願うものもちらほら見える。
頭の中で苦笑を浮かべながら教卓の前に立った俺は、前の人が引き終えたのを見届け、手早くボックスから折りたたまれている一枚の紙を抜き取る。
そして早足に席に戻る。
正直この時ばかりはくじ引きのことが気になって誰かしら話しかけてくると思った。結局全員のくじを引き終わっても話しかけられることなんてなかったんだが。
「それではこれから先生が黒板にくじ引きの番号を書きますからそこに移動してくださいねー」
そう言いながら先生は黒板に6×5のマス目を書き、マス中に適当に数字を入れていく。
数字を書き終えた先生はパンと手を叩き、
「それじゃあ席の移動をしてねー」
なにも知らずに楽しげに微笑む。
いや、知らなくても感じてくれよ。どう考えても今のクラスの雰囲気おかしいだろ。
別のクラスならこの瞬間は騒がしいはずだ。でもこのクラスではかつてないほどに雰囲気がピリついている。
長年教師をやっていなくてもこの雰囲気になれば誰だって違和感に気づくはずだ。
それに気づかないのが林下先生なのか……。
若干先生に呆れながら周りが移動し始めるのを確認し、それに続いて俺も机と椅子を持って移動する。
そうすればみんながこちらに注目してくるのも分かっているので、真顔でなにも気づいていませんよの姿勢を貫き、自分の番号の席へと向かう。
風通しがよく、外の風景もよく見えて先生から目がつけられにくい一番後ろの席。でも隣には一番なりたくなかった人物、星澤紗夜が未だに机を睨みつけている。
俺も嫌すぎて机を睨みつけようとしていたが、ぐっと堪えて外を眺めながら周りの声に耳を傾ける。
「やっと離れれた〜」
「っしゃ!離れたし後ろの席だし!超あたりだ!」
「ねぇねぇ委員長、2人の前だけどどんな気持ち?」
「別になんとも思わないけど?」
「正直、あの2つの席取られたのは悔しいけど、誰にも害がなくてよかったねー」
「いやそれなー?ああいう席ってもっとイケメンが座るんじゃねーのかー?」
「アニメの見過ぎだってー」
先程と打って変わって騒がしくなった教室の話題は俺と星澤の話題で持ちきりだ。決していい内容とは言い難いが、さっきも誰かが言ったとおりで本当に誰にも害がなさそうだ。
この席替えも結果オーライで終われて良かったな。
……俺は寛大な心を持っているからこいつが隣であろうと許してやる。
そう自分に言い聞かせていると、すべての授業が終わってしまっていた。星澤とは目を合わせるどころか、口すら開くこともなく、これから一緒に帰るという名の拷問が待っている。
いつも見る夕暮れの帰り道、俺は無言で星澤の隣を歩く。
なにも話しかけない俺に違和感がないのか、星澤もなにも言わずに隣を歩く。
無言で、無言で……無言で…………。
いや何こいつ!本当に最後まで話さないつもりなのか!?いや俺は別にいいよ?好きでもない女子と話すのはあまり気が乗らないからさ。でもおまえだけは違うよね!?一応俺彼氏!君が告白してきた男だよ!?今日に限っては席替えの話題があるのになんで話しかけてこねーんだよ!仕方ない、今回は俺から話しかけてやるか──
♡ ♡
学校からの帰り道、私は無言で聡善の隣を歩く。
そんな私を気に留めていないのか、聡善も無言で隣を歩く。
ひたすら無言で、数分歩いても無言で……無言で…………
なんなのこいつは!最後まで離さないつもり!?私はいいんだけどさ、あなたはそれでいいの!?仮にも私はあなたに告白された彼女よ!彼女を楽しませるのが彼氏の役目なんじゃないの!?もしかして学校で私が俯いてたことを気にしてるわけではないよね?デートの途中で帰ったあなたがそんな事するわけないよね?まぁそもそも俯いてたのはあなたが隣なのが嫌なだけよ。ていうかそれで思い出したけど、今日は席替えの話題があるじゃん!もし私のことを気遣ってくれてるならもっと話しかけてちょうだいよ!ホント乙女心がわかってない。仕方ない、今回は私から話しかけてあげる──
「「席替えで隣になりましたね」」
「「…………」」
顔が崩れないようにできる限りの愛想笑いを浮かべ、心のなかで叫ぶ。
(なんなんだよ)
(なんなのよ)
((こいつは!!!!))
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