ストーカーorジャーナリスト

渡貫とゐち

第1話 謎の少女と手がかりのジャージ

 誤解される前に言っておくが、俺は決してストーカーなんかじゃない。


 緑色のジャージを着た女子高生が、廃ビルの外側にある螺旋階段を上がり、屋上へ向かっていくのが見えたのだ……、大人としてこれを放っておけるか?


「通報を……――している間にあの子が飛び降りでもしたら――クソッ」


 取り出したスマホをしまい、彼女の後を追うように、俺も階段を上がる。


 ぎしぎしと響く音は、廃ビル全体を揺らしているようで……、一歩進むごとに大事な部品が弾け飛んでいるような感覚がする……。屋上へ辿り着く前に倒壊するんじゃないだろうか。


 彼女との体重の差? いや、少ないながらも影響しているとは思うが、たったそれだけで、廃ビルが建ったままか、壊れるかの違いに繋がるとは思えない。

 よくもまあ、スキップするように上がっていったな、あの子……これが大人と子供の差か?


 子供の時は平然と渡れていた、細い足場になっている塀の上も、大人になれば難しい。壁に手をついていないとまともに歩けないくらいには……。

 単純に目線が高くなったから、ではないだろう……。

 見えるものが多くなってくると、恐怖も見えてしまう。


 それに、大人がこんなことをしているなんて、という人の目も気にするようになるし……、子供の時の視野の狭さと行動力の制限は、大したことないことを、より輝かせてくれた。


 あの子も、意味もなく廃ビルを探検してみた、ならいいけどな……。


 長い階段……それでも五階だ。

 屋上まで上がり、開けた場所で顔を回すが……いない。


 さっき見かけたジャージ姿の少女が、いなくなっていた。


「……おいおい、まさかもう、飛び降りたりしたんじゃ――」


 慌てて屋上の手すりに駆け寄り、下を見る……と――



 まるで顎を真下から殴られたように、視線が上へ。


 少女が、真上へ飛んでいった。



「……な、にが……」


 少女の形が次第に遠ざかり、小さくなるにつれて、隠れていた太陽が見えてくる。

 眩しい光に、う、と顔をしかめ、目を細めていた一瞬――、

 再び目を開けてみれば、やはり、既にもう、少女の姿はなかった。


 屋上から飛び降りたと思えば、下から噴き上がった気流に乗ったように、少女が真上へ飛び立っていった……。太陽に目が眩んだ一瞬で、彼女の足跡を見失ってしまった。

 地面ならともかく、空中となれば手がかりがない。


「……でも、ゼロじゃない」


 振り向けば、屋上に落ちている緑色のジャージ……、どこにでもあるようなジャージである。

 同じジャージを使っている学校は多いだろうが……それでも全ての学校ではない。

 ある程度の数を絞れるなら充分だ。


「『空吹』……からぶき、で合ってるのか……?」


 少女の名前、だろう。


 さすがに学校名はなかったか。

 やはり、調べなければ分からなさそうだ。




「袋、温めますか?」


「あ、」


「……? あっ、すみませんっ、袋はどうされますか!?」


 コンビニ店員さんの可愛いミスに、いつもなら癒されていたところだが……今日に限れば、そんなミスなど、些細こと、とも思わなかった。

 そんなことなど『どうでもいい』くらいの衝撃が目の前にある……――名札。


 同姓なだけかもしれないが、しかしあまり聞かない名字である……同一人物、だよな?


「あの……お客様? 袋は……あとお弁当は、温めますか……?」


「え? あ、そうですね、温めてください……あと袋もお願いします」

「かしこまりました」


 お弁当を電子レンジに入れた店員さんが、次に袋を取り出して、商品を入れてくれる。彼女の視線がそっちへいっている間に、俺は彼女をよく観察する……。

 やはり、空吹からぶきという名札に見間違いはなかった。


 容姿については、数日前に見かけた彼女は遠目だったし、髪型も違う……、あの時は結んでいなかったが、今は仕事中のためか、後ろで結んでいる……。

 服装が違えば、印象も違うし、顔もはっきりと覚えているわけではない。

 確かなのは名札だけで……、それだけの情報で同一人物と決めつけていいものか……。


 彼女がありふれた名字の『田中』や『鈴木』であれば躊躇ったかもしれないが、しかし『空吹』である……、彼女本人でなくとも、姉か妹という可能性も――




「またのご利用をお待ちしてまーす」


 ……さすがにここで声をかければ、ナンパと思われてしまうので、ここは一旦、引き下がる。

 仕事終わりの彼女に声をかけてみよう。



 コンビニ前のカフェで時間を潰し、彼女のバイト終わりを待つ。

 その間に一度、家へ帰り……『空吹』と刺繍されていたジャージを持ってきた。

 これを見せれば、目撃した証拠になるだろうか……、いや待てよ?

 ジャージを盗まれた、と通報される可能性もあるんじゃないか――?


「……その時はその時か」


 最初はただの興味本位だった。

 目を疑うような現象を目の当たりにして、映画の撮影だろう、と思い込んで完結させることはできなかった。半年前に手を引いたとは言え、元ジャーナリストだ……気になることは徹底して調べないと気が済まない。


 同業のレベルが高いために、調べてしまえば『答え』に近いことがすぐに検索できる時代になった。自分で調査をすることは滅多になくなっている……、だからこそ、検索してもどこにもない不可思議な現象……ジャージ姿の女子高生……。

 これは俺が調べ、答えを見つけるしかない。


 そうして初めて、答え――でなくとも、先が分かる。


「お、やっと終わったか」


 日も暮れてきた。

 女子高生が一人で歩くには危険だろう……、時間の問題ではなく、彼女が歩く場所が、だ。


 死角が多く、人通りも少ない。これでは後ろから襲われ、連れ去られても誰も気付けないだろう……、ただ、おかげで俺は見つからずに彼女を尾行できているのだが。


「なんでわざわざこんな危険な場所を――っと」


 少女が細い路地へ入っていった。


 俺も後を追い、同じく路地へ曲がり、


「――え?」


 しかし、袋小路。

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