第304話会話 イヤホンの話
「勇者さん、これを耳につけてみてくださいな」
「小型爆弾?」
「爆弾を耳につけてどうするというのですか」
「鼓膜を破壊する効果があります。爆破の衝撃で平衡感覚を麻痺させ、眩暈や視界狭窄を誘発させます。また、聴力を奪うことで孤立させ、袋叩きまで追い込むことができます」
「物騒ですね。違いますよ。これはイヤホンという機械で……体験した方がはやいです」
「……あっ、音が聞こえます。音楽? どういう仕組みですか」
「イヤホンと接続できる機械にさして使うんです。周囲に聞かれることなく音楽を聴ける便利なものですよ。外してみてください」
「ほんとだ。音がしません」
「ひとりでのんびり聴きたい時や、没入感を味わいたい時におすすめですよ」
「片耳だけなのですが」
「もう片方は……じゃーん、ぼくがつけています!」
「いまひとりで聴きたい時って言った……」
「ふたりでも使えます。勇者さん、もっと寄ってください。外れてしまいます」
「近い」
「ふ、触れてはいませんよ。あくまで近寄っているだけです。音楽を聴くために!」
「普段の行いのせいで何も信用できない」
「勇者さんの不満顔がこんなに近くで……うへへへへへ」
「そういうとこです」
「ごめんなさい。ところで、いま流している曲はどうですか?」
「バラードですね。割と好きです」
「このままお昼寝しても構いませんよ。ぜひ。リラックス。のんびり。いざ」
「怪しい」
「そっ、そんな別にぼくはなにも企んでいませんよバラードを聴かせることで勇者さんがうとうとしてこてんとぼくの肩に頭を乗せてお昼寝してくれないかなとかそんなこと!」
「なるほど。説明ありがとうございます」
「ぜんぶしゃべっちゃった……うぅ……」
「お間抜けですねぇ。もはや教えてくれているのかと思いましたよ」
「昼下がりのドキドキイヤホンチャレンジバラード編がぁ……」
「よくわかりませんが、残念でしたね」
「ちなみに、イヤホンについての感想はありますか?」
「小さな機械から音が出るのは不思議だと思います。あと、耳元で歌われている気分」
「ぼくでよろしければリアル耳元シンギングいたしますよ」
「かなり強めに結構です。やらなくていいですの意味の結構です」
「しょも……。置いておきますので、ご自由に使ってください。音量は適度なものでお願いします。耳を悪くするといけませんからね」
「両耳つけたら他の音が聞こえなくなるのでは?」
「周囲の音も聞こえるタイプのイヤホンにしました。何かあると危険ですからね」
「音楽を聴きながら周囲の音も聞こえるとは、すごい物ですね」
「こちらの音楽プレイヤーにいろんな音楽が入っているのでお好きなように聴いてくださいね。勇者さんはバラードがお好きなので、バラードリストも作っておきました」
「よくわかりませんが、ありがとうございます。案外すんなり退散するんですね」
「勇者さんとイヤホンを分け合って音楽を聴く……。肩が触れるくらいの距離でお互い顔を見て、『この曲、好きです』、『ぼくもそう思っていたところです。ですが、この曲よりもぼくは……』という青春シチュエーションを堪能できたので満足しました!」
「途中から知らない物語ですね」
「生徒が下校し、ふたりだけになった教室の窓際。カーテンが風で揺れる中、イヤホンを片方ずつつけて静かに音楽を聴いていると、肩に重さを感じて隣を見る。相手が目を閉じてすやすやと寝息を立てているのを見て、もうひとりは微笑みながら頬を寄せ、そのぬくもりを感じるのです。相手が寝たふりをしていることに気づきながら、ね……」
「なんの話ですか?」
「ぼくと勇者さんの物語、学院編です」
「ああ、魔王さんの妄想ストーリーですね。常識の範囲内でご自由にどうぞ」
「一緒に学校行きましょうよう~。勇者さんと学校に通って登下校して放課後は勉強会して買い食いとかショッピングとか学生ならではの遊びをしましょうよう~」
「今日の魔王さんは言っている意味がよくわからないものばかりですよ」
「イヤホンにはロマンが詰まっているという話です」
「そんな話してましたっけ」
「もし気に入ったのであれば、定期的にイヤホン青春ごっこしましょう」
「結構です。やらなくていいですの意味の結構です」
「勇者さんはお昼寝が好きなのでバラードを聴かせればワンチャン」
「魂胆が見え見えなので寝ませんよ」
「そうは言っても、バラードの力は凄まじいです。場所も窓際で日が当たり、ぽかぽかとしています。ほのかな春の香りを感じれば、あとは夢の世界へれっつごーですよ」
「…………」
「勇者さん? 聞こえていますよね?」
「…………」
「そのイヤホン、遮断性が低いんですから。おや、口パクで何か言っています。『魔王さんの声だけ遮断するイヤホン』? ピンポイントキャンセリングですこと……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます