藁人形に五寸釘⑨

 本殿の裏手に着くまでの5分とかからない時間だったが、その間佐倉はずっとしゃべり続けていた。話の内容は、自分がどれだけ社会的な地位があり、名家の生まれであるかを自画自賛するものだった。要するに自慢話だ。みんなほとんど聞き流しているようだったが、当の本人は全く気にしている様子がなかった。ただ、佐倉がこの辺で一番大きな神社の神主だということには正直驚いた。こんな人が神主なのか、あの神社の神主なのかと2重の意味で。


「あの、ここの神主さんは?」

 悠季は気になったことを尋ねた。この辺で一番の神主なのは凄いが、別にこの貴ノ戸神社の神主ではないだろう。だとするなら、この神社の神主さんがこの場にいないのはおかしいのではないだろうか。

「ここの神主はもう10年近くいないですかねー」

 佐倉は指を折りながら答える。


 神主がいない。そんなこと有り得るのだろうか。と悠季が考えていると、横から薫が口をはさんできた。

「神主がいない神社はそう珍しくはない。ここみたいな小さな神社であればなおさらだ。形式上いることにはなっていると思うがね」

「流石、薫さん、良く知っているね。ここも形式上の神主はいるが、実際にはいないのと同じだよ。確かここの神主はこの神社以外にも複数の神主を掛け持ちしていて、忙しいから全く来ていないという話だね。分からなくもないですけどね」

「そうなんですか?」

「ええ、悠季君は高校生なんでしたっけ?」

「そうです」

「なら知らなくてもしょうがないですね」

 佐倉はにやにやと笑いながら言葉を続ける。

「要はですね、金にならないからこないんですよ」

「えっ?」

 予想外の答えに悠季は思わず声を上げた。

「驚きましたか? まあ、本当はもう少し色々な事情が込み入っているんでしょうが、突き詰めればそういう話なんですよ」


 後から知ったことだが、佐倉の言う通り、一人の神主が複数の神社の神主を掛け持つことは往々にしてあるらしい。神主がいなくなってしまうのは、後継ぎの問題などもあるが、そもそも神社の神主だけで食べていけないこともあり得るらしいのだ。有名な神社であれば、お布施やご祈祷などで収支を得ることが可能だが、貴ノ戸神社のように無名で氏子もいないような神社では収入を得る方法がない。しかし、仮にも神様を祭っているところであるから、当然ながら簡単になくせるようなものでもない。最低限の見返りがなければ神主になりたくないと思うのも仕方ないことなのだろう。


「さて、こちらが貴ノ戸神社のご神木になります。一応樹齢は100年は超えていると聞いていますねー」

 本殿の裏の広場のような一帯の中心に、ご神木は鎮座していた。太く大きな幹に四方に伸ばされた枝。その先には深緑の葉が生い茂り、風が吹くたびざあざあと音を鳴らす。樹齢100年越えの名に恥じぬような立派なご神木のように思えた。

「ふむ、なかなかに立派なご神木だね」

 薫はそう言いながら悠季に目配せしつつ、ご神木の周りをぐるりと回る。

「……なさそうですね」

 薫に付いてご神木をぐるりと一周しながら確認したが、藁人形も五寸釘を打ち付けられたような痕跡も見当たらない。

「ひとまず、最悪な状態ではなさそうだね」

 薫はそう言うと、その後ろに生い茂っている雑木林に視線を向けた。日が傾いてきたこともあり、多くの葉が日を遮っている雑木林の方は仄暗い。


「この先も貴ノ戸神社の敷地内ですよね?」

「ええ、一般の方は立ち入り禁止の為ロープを張っていますが、この神社の敷地内ですよ。この先も確認しますか?」

 薫の問いに佐倉が回答する。

「ああ」

「わかりました、岬くん懐中電灯を」

「……こちらに」

「ではぱっぱと行きましょうか」

 懐中電灯片手に佐倉が先陣を切り、ロープを跨いで雑木林に入っていく。その後を追うように岬、薫、悠季の順で続いていく。


「……おや、どうやら君たちのお目当てのものがあったみたいですね」

 雑木林に入って5分足らず。そこにそれはあった。

 周りから確認しにくそうな木の裏手。

 佐倉の懐中電灯に照らされながら。


 五寸釘で頭を打ちぬかれた藁人形が。



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