藁人形に五寸釘④

「君はどう思った?」


 依頼人二人が帰った後、悠季がPCに内容をまとめていると、さっきまでじっと目を瞑り考え込んでいた薫が声をかけてきた。薫が聞いているのは最後に長野が言っていた犯人らしき人物についてだろう。

「話としては一応筋が通っていると思いますけど……」

「私も同意見だよ。話の筋としては成り立っていると言えなくもないが、如何せん決定打にかけている」

「はい」

「何せ、三島君にストーキングしている学生が使っていたPCの履歴に”丑の刻参り” があっただけらしいからねー」

「人目が比較的少ない朝一に調べていた点、ストーキングしていた点が事実だという裏付けが取れたとしても犯人だと断定するには弱いですしね」

「それに、彼女の証言を何処まで信用すればいいか……」

「どういうことですか?」

 悠季が尋ねると薫はにやりと口元を三日月型に変えた。

「まだ、おこちゃまな君にはわからないことだよ」

 悠季は少しむっとする。確かに薫よりはそれなりに年下だが、おこちゃまと言われるほどではないはずだ。最も、さらっと流せていない時点でまだまだ子供と言われても仕方がないことに、悠季は気付いていない。


「それよりも内容はまとめ終ったかい?」

「大体は」

「どれ…」

「ちょ……」

 薫はコーヒーカップ片手に悠季の座っているソファーの後ろからぐっと被さるように顔を突き出してPC画面を見つめる。

 

 触れてしまいそうなほど近くに薫の顔があり、悠季は鼓動が早くなるのを感じた。長いまつ毛に、絹のように細やかな白い肌、鼻梁の通った鼻。近くで見ると彼女はやはり美人だ。


 そんなどぎまぎしている悠季をよそに薫はじっとまとめられた内容を眺めていく。


<依頼人>

 長野美香(S大学3年)

  依頼をしてきた人、被害者の三島亮介とは幼馴染。

  容疑者を見たと証言(ただし、確証にかけている)


 三島亮介(S大学3年) 

  被害者、長野美香とは幼馴染。

  頭と左腕に怪我をしている。※3日前、マンションの階段から転落。

  10日前から頭痛(これまでに感じたことがないタイプ)に悩まされていた。

  怪我をする直前下記の声を聞いている。

  『私のものにならないなら、死んでしまえ』


<補足>

 佐藤野々花(S大学2年)

  長野が見たという容疑者の可能性がある人物。

  三島の入っているサークルの後輩

  ※理由:①朝一に大学のPCにて”丑の刻参り”について調べていた

      ②半年前から三島をストーキングしている

      ※三島もなんとなくよく合うなと感じていた模様


「良くまとめられているな、褒めて遣わそう」

 薫はそう言うと悠季の髪をくしゃくしゃと撫で始める。

「やめてください」

 そう言いつつも悠季は大人しくソファーに座ったままだ。

「さて、頭を使ったことだし、夕飯でも食べに行くとしようか」

 薫は依頼料の前金、調査料として貰った封筒の中から1万円札を一枚取り出す。

「調査費用を使っていいんですか」

 悠季はぐしゃぐしゃにされた髪を手櫛で直していく。

「問題ない、それにある程度話の落ちは見えている」

「そうですか」

「おや、最初の頃みたいに驚かないのだね」

「そりゃそれなりに一緒に仕事してますから、それまでの様子とか見てたらなんとなく……」

 言っていて、悠季はすぐにしまったと思った。だが、それを彼女が見逃す訳がない。


「ほうほう、舐めまわすように私を見ていたことでわかったと」

「人聞きの悪い言い方しないでください!!!」

「だが、事実だろう。じっと私のことを見ていたことで気づいたのだから」

「……」

「ほら、どうにか言ったらどうなんだい?」

「……」

 顔を赤くしていく悠季に薫は満足げだ。

「まあ、年頃の男の子が私のような美人と一緒にいたら、そりゃあ見てしまうだろうね、うんうん、仕方のないことだ」

「……そ…です…」

「ん、なにかな」


 自分が圧倒的優位に立っている状況下で薫は油断していた。恥ずかしさの上限に達した悠季が開き直ることに。

「そうですよ、薫さんみたいな綺麗な人がいたら、ずっと見ていたいに決まっているじゃないですか!」

「……っ、……よ、ようやく素直になったのかい。わかっていたけどね、うん、うん。さて、そんなことよりもお腹がすいたなー、早く行こうじゃないか」

 薫は平静を装いつつ事務所の外へと先に出ていく。黒く艶やかな髪に隠れて耳が真っ赤に染まっていたことは、幸か不幸か悠季には見られずに済んでいた。

 

「……しにたい……」

 一方の悠季は、薫が事務所を出た後で正気を取り戻し、自分の発言に頭を抱えながら、3分程ソファーの上でのたうち回っていた。

 

 

  

 

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