終章 欠けた女 ~第一節~
「なあ純ちゃん、ほかの映像はないわけ?」
「ありませんよー。何か問題でも?」
「問題っつーか……これだと
「屋内に残っていた獣人たちの遺体を見るかぎり、手当たり次第にヤりまくってたみたいですけど。傷跡とかはづっちたちからの聞き取りから見て、六人くらいはヤッたんじゃないですかー? ちなみにこの場合のヤるっているのは殺すっていう字に――」
「確かに」
石動は純の言葉を途中でさえぎり、
「……これを見ると、病院に突入するまでの短い間にも、高梨は獣人を何人も倒してるようだが」
「最終的に、あの夜わたしたちが倒したエローダーは全部で二〇人を超えてましたよ。そのうちのひとりが高梨まひろで、その高梨まひろ以外はみんな獣人でしたねー」
「そこがよく判らないんだよ」
「はい?」
純は椅子をかすかにきしませて振り返った。
「――何が判らないんですー?」
「高梨は何がしたかった? 何が狙いだった?」
「はい? それはもちろんお嬢さまの命じゃないですかー?」
異世界に飛んだリターナーは、そこの住人の肉体を強奪すると同時に、本人が持つ記憶も我がものとする。それに準ずるのであれば、まひろがエローダーの侵食を受けた時点で“機構”の存在は知られてしまったと考えるべきだろう。そして、そのトップにいる
「だとしても、そのために仲間をこんなに無造作に犠牲にするか? ザキたちを信用させて油断させるためにしても、さすがにやりすぎじゃないか?」
「やりすぎ……ですか?」
「やりすぎだろ、どう考えても? エローダーの正体が異世界の住人だとしても、メンタリティそのものは俺たちとそう変わらないはずじゃないのか?」
「つまり……いっしーは何がいいたいんです?」
「俺たちがエローダーだと思ってる敵は、実は二種類いるんじゃないか? ってな」
「二種類?」
「単純にいえば、会話のできる一般人みたいな連中と、話の通じない毛むくじゃらだよ」
「んー、過去の報告を見返してみると……」
チョコボールを口の中に放り込み、純はふたたびモニターに向き直った。
「――同時に複数のエローダーと遭遇したケースは無数にあるんですけど、一般人風と毛むくじゃらが混在しているパターンてないんですよねー。確認できたのは今回だけ」
「だろ? ……これやっぱり仲間じゃないんじゃないか?」
「可能性はありますね。それがもしかしたら唯一の収穫かも」
くだんの廃病院で何かしらエローダーに関する情報が得られるかもしれないという願いは、残念ながらかなわなかった。少なくとも今のところ、あの場所で特に有益な情報は見つかっておらず、最近遭遇する確率が上がっている獣人たちの数を一気に減らすことができたのが、唯一目に見える形での成果といえるかもしれない。
石動はソファから立ち上がり、
「――そういや
「いっしーは先生ですよねー? 学校でいくらでも会えるじゃないですかー」
「純ちゃんの通ってた高校には夏休みってなかったわけ?」
「ないですよー。わたしは日本の高校スッ飛ばして海外の大学に留学しちゃったんでー」
「あー、はいはい、すいませんね。日本の高校には夏休みってものが……いや、小学校でも中学校でも夏休みはあるだろ」
「そうですねー。もちろんそれくらいは知ってますー」
「そもそもあいつは、自分が派手に暴れてた間、カノジョを人知れず護衛してやってたのが俺だってことを知ってんのか? 礼の一言もないんだが?」
「知らないんじゃないですかー?」
「ちっ……学校に呼びつけてついでに説教してやる」
大きなあくびを噛み殺し、石動は純の部屋をあとにした。
「…………」
実際、
重信はクラスメイトがリターナーになってどう思ったのか、それがさらにエローダーに肉体を乗っ取られてどう思ったのか、そしてそのエローダーを――高梨まひろの顔を持つ敵を殺した時に何を感じたのか――。
確かに石動も、これまで少なからずエローダーたちを殺してきたが、そのことで心を痛めたことはない。異世界ですごす間にまともな倫理観が磨耗してしまったという重信の言葉も理解できる。
ただ、多くのリターナーたちがこの世界に戻ってきて、現代社会にどうにかもう一度アジャストしようとしている中で、中身が入れ替わっていたとはいえ、迷うことなくクラスメイトを斬殺できる重信は、芯の部分ではまだ異世界の戦士のままなのではないかという気がした。
☆
路肩に停まったクーペを、ときおり深夜便のトラックが追い越していく。シートベルトをはずしたすみれは、エンジンを切る後輩の横顔をちらりと見やって小さく身震いした。
ひとしきりいじっていたスマホをしまい込み、智恵理は助手席に座るすみれの眼前に手を突き出した。
「あの……な、何? ちぇりちゃん?」
「いわなくても判りますよね、先輩。こっちは忙しいんですから余計なやり取りさせないでくださいよ」
冷たい声だった。それも高校の頃と変わらない。
「あ……う、うん」
すみれは首をすくめ、膝の上にかかえていたトートバッグの中からクリアファイルを取り出した。
「……は? まさかこれだけですか?」
ファイルにはさまれていた数枚の資料を一瞥した智恵理が、目を細めてすみれを睨みつける。射すくめるようなまなざしに、すみれはまた身震いした。
「じゅ、重要なデータは、わたしは直接触れられなくて――」
「……一〇年前から何も変わってませんね。少しは役に立ってくださいよ」
うんざりしたように溜息をつき、智恵理はミラーの角度を変えた。
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