第八章:約束





 研究所に入ると、ライカは急いで格納庫のある場所に走る。

 しかし、格納庫のある場所は空っぽになっており、ただ広い空間があるだけだった。

 ライカは急いで近くの非常階段を下り、地下に移動した格納庫に入る。

 ロッカーを開けてパイロットスーツに着替え、自分の「DOLL」リベリオンの元へと駆け寄る。

 足下により、コクピットまでの通路が内のを確認すると、近くのコンピューターを操作して移動足場をコクピットの付近まで移動させ、階段を出現させる。

 そして階段を駈上って行き、閉まっているコクピットを開けようとした。

「何をしている」

 ライカは聞き慣れた声を耳にし、階段から見下ろす。

 其処には特殊なパイロットスーツに着替えたフォルトが立っていた。

「何処に行こうとしている?」

「えっと……」

「ルギオンの所だろう?」

 ライカは当てられると、視線を泳がせた。

「ルギオンと戦うのか……」

「そうだったら……どうします?」

「俺も行こう」

 目を丸くしてフォルトを見るライカを、フォルトは呆れたような目つきで見上げる。


 フォルトは階段を上り、ライカの隣まで来る。

「ライカ、俺は君のパートナーだ」

「あ……」

「だから、君の補助を俺は精一杯行おう」

 フォルトはライカの頭に手を置き、優しく撫でる。

「行こう、ライカ」

「……はい!」

 乗り込もうとすると、格納庫にカツーンと高い音が響いた。


 音の鳴る方向を見ると、其処にはレイヤがいた。

「レイヤさん」

「行くのか?」

 不安げに見上げるレイヤ見て、ライカは静かに頷いた。

 レイヤは深い溜息をついてリベリオンを見上げる。

「これも運命なのかもな」

「え?」

 素っ頓狂な声を上げるライカを見てから、レイヤはリベリオンに近づき、脚部に触れる。

「リベリオンは、フォルトの機体を元にして作った物だ。名前もフォルトが昔乗っていた『DOLL(ドール)』のもの。これは昔のリベリオンを元に作った最新版の『DOLL(ドール)』なんだ」

「じゃあ、これはルギオンさんに壊されたリベリオンだけを元に?」

 ライカが尋ねるとレイヤは静かに首を横に振る。

「いや、同時にソロネのブルーエデンのデータも利用した……いや、ブルーエデンと壊れたリベリオンを再利用して作った『DOLL(ドール)』なんだ」

「ブルーエデン?それがソロネさんの『DOLL(ドール)』の……名前?」

 レイヤは「ああ」と言って頷き、リベリオンの脚部を撫でる。

「本当はブルーエデンを残しておきたかった。だが残しておきたくもなかった。下手に残してソロネの扱いを悪くしたくなかった。だから跡形もなくしたかったそのためにリベリオンを利用したんだ。ブルーエデンを無くし、リベリオンを作り出すことで世間の目をソロネからそらしたかった」

 哀しそうな顔をする、レイヤを見てライカは複雑な気持ちになったが、口に出さなかった。

「ライカ、ルギオンに勝てると思うか?」

「さぁ……でも、倒さなきゃならないんです。殺すんじゃなくて、倒しにいかなきゃいけないんです」

「何故?」

「……なんて言うか、ルギオンさんはこんな事するべき人じゃないんです。だからルギオンさんの為にルギオンさんを止めたいんです」

「ルギオンを……止める」

 真剣な表情をして言うライカを見つめて、レイヤは静かに言葉を反芻(はんすう)した。

「ライカ」

「何ですか?」

「生きて、戻ってこい」

 ライカは笑って頷く。

「勿論、だって私レイヤさんと話したいことがたくさんあるんですもん! 絶対戻ってきますよ!」

 ライカは満面の笑みを浮かべて、コクピット内に入り、入り口を閉める。


 リベリオンがゆっくりと動きだす。

『では、レイヤさん、行ってきます!』

「ああ、行ってこい」

 リベリオンは、指の二本を立てて頭部に当てる挨拶をすると、そのままハッチまで向かい、天井を開くのを待った。

 天井が開くと、ブースターが火を噴き、大空へと飛んでいった。

「ライカ……フォルト……戻って来い……必ず」

 レイヤは不安に満ちた眼差しでリベリオンが見えなくなるまで空を見つめた。


 ライカはコクピットのモニターを見つめていた。

 モニターには内に小さな枠で囲まれた様々な光景が映っており、それは戦闘で破壊された市街や、ニュースが流れていた。

 大型の電子モニターには破壊された「DOLL」が無数に転がっているのが映っていた。

「酷い……」

「人工知能搭載の『DOLL』を使ってまでやるとは、今まで以上に厄介だな」

「ルギオンさんの所にいく前に他の所によった方がいいかな?」

 ライカは不安げにフォルトを見上げるが、フォルトは静かに首を振った。

「それは必要ない、人工知能の『DOLL』はたかがしれている。こんな『DOLL』も倒せないようならば、連合軍には価値がないだろう」

「……そっか」

 ライカは安堵の溜息をついて、ルギオンのいる場所のデータを集め続けた。

「ルギオンさんのデータが少なすぎる……」

「タナトスで登録されている『DOLL』がある。その『DOLL』のデータがこれだ」

 フォルトはスーツの隙間から記録媒体を出すと、ライカに渡した。ライカはそれを受け取ってからフォルトを見上げて首を傾げる。

「タナトス?」

「ルギオンの『DOLL』だ。『THANATOSタナトス』、『死』を具現化したものだな」

「死神……のことですよね?」

 フォルトは頷き、口を開いた。

「昔は、俺も死神と呼ばれていた」

「それくらい……人を殺したんですか?」

 恐る恐る尋ねるライカの質問に、フォルトは縦に首を振る。

「ああ、俺も、レイヤも多くの人間を殺してきた。今更この事実は消さない」

「消さないで下さい、そして忘れないで下さい。戦争なんて、絶対無い方が良いものなんですから」

「ああ」

 フォルトが肯定するのを見て、ライカは安堵の溜息を吐いた。そしてその中にある記録媒体を検索用のコンピューターの差し込み、データを検索し始める。

 しばらくすると、モニターの大画面の方の地図に赤い点が表示された。

「これは……」

「かなり遠いな、大陸の荒野方面か……」

「逆方向ですね」

「てっきり市街方面かと思ったんだが……罠か?」

「嫌な事いわないで下さいよ」

 ライカは眉をひそめて言うと、フォルトは「悪い」と言い謝罪する。

「まぁ、行かない事には解らないですからね」

「そうだな」

 ライカはコンピューターを操作し、移動の目的地を赤い点のある箇所に設定する。

『自動移動モードに切り替えます』

 機械音声がコクピットに響く。


 リベリオンはブースターの形状を広げ、完全な飛行形態に移行して移動を開始し始める。

 目下の、焼け落ちた町には目もくれず飛んだ。


「ライカ」

「何ですか?」

「ルギオンに勝てる自信はあるのか?」

「……うーん、正直に言うとなんとも」

 ライカが苦笑いを浮かべると、フォルトは呆れの溜息をつく。

「死んだら終わりだぞ」

「言わないで下さいよ」

「怖くないか?」

「……怖い、ですね」

 ライカはモニターに映る景色を眺めながら答えた。

「『DOLLGAME』とは違って、ルールも何もありませんからね。戦争では、死んだら其処でおしまい。私達の場合も負けは死ぬことを意味するかもしれませんから」

「ルギオンが君を殺すとでも?」

「私は――ソロネさんじゃありません。だから、殺される可能性もあるし、相手にその気が無くても殺されたら終わりの可能性があるんです。だから――」

「死ぬのが怖い、か」

「ええ、だから先ほどから手の震えが止まらないんです。その、だから」

「だから?」

 ライカはフォルトの方を振り向き、震える手をフォルトに見せる。

「少しの間、握ってくれませんか?」

「……ああ」

 フォルトは腕に絡みついたコードを外すと、ライカの手を握る。

「……あの、できれば手袋を外して」

「解った」

 パイロットスーツと一式になった手袋を外すと、フォルトは細くしなやかな手で、ライカの手を優しく包み込んだ。

「やっぱり、冷たいですね」

「すまない」

 フォルトの謝罪に、ライカは静かに首を振る。

「いいんです、フォルトさん」

「何だ?」

「ルギオンさんを、止めましょうね」

「……ああ、止めよう。二人でな」

 穏やかな笑みを浮かべあい、二人はしばらくの間無言になる。

 話したい事は全て話し終えたかのように、穏やかな沈黙がコクピット内に広がった。




 草も、木も何一つ無い荒野に立ちつくす「DOLL」がいた。

 まるで、何かを待っているかのようにその「DOLL」は立っていた。

 紫に近い黒色の「DOLL」、ルギオンの「DOLL」タナトスが其処に存在した。

 タナトスは、虚空を見つめている。

 見つめている方角からは風を切るような音が響いていた。

 風を切り裂いて現れたのは、黒い「DOLL」、リベリオンだった。


 リベリオンが地面に着陸すると同時に、モニターに通信回線を開くよう求めるシグナルが映し出され、ライカは回線を開いた。

『久しぶりです、ライカさん。フォルトさん』

「ルギオン、さん」

 ライカはモニターに映るルギオンを見つめる。フォルトもルギオンに視線をやった。

『ライカさん、どうして此処に来ましたか?』

「貴方を、止めに来ました」

『フォルトさん、貴方も同じですか?』

「ああ」

 モニターに映る鈍い金色の目が、悲哀の色に染まった。

『考えを、変えるつもりは?』

「全くない」

「私にも、ありません」

『そうですか』

 ライカは映像の通信を切り、音声通信だけに変える。

 そして、モニターの向こうに映る、「死神」に目を向けた。


 リベリオンがナイフを抜く。チェーンソーの鳴る音が周囲を振動させた。

 タナトスも同様にチェーンソー加工されたサーベルを抜き、周囲に振動を伝える。

 二体は、同時に懐に入ろうと飛び込み、刃を交える。

 耳障りとも言える音が周囲に響き渡り、土埃を舞い上げる。

 タナトスが左腕部に仕込んであるビームナイフをリベリオンに突きつける。

 リベリオンは脚部のブースターを噴射させて距離を取り、ナイフを避けてビームライフルを連射する。

 無数の弾丸をタナトスは上空を舞うことで避け、そのタナトスを追ってリベリオンも上空に舞い上がる。

『落ちろおお!』

 リベリオンはタナトスと絡み合う様に、空中で縺(もつ)れ合い、そのまま殴り飛ばし地上にたたき落とす。

『ぐっ!』

『まだまだぁああ!』

 リベリオンは追い打ちを掛けるように、地上へと落下したタナトスへ背中に装着してある大型マシンガンライフルを連射する。

 土のえぐれる音と、大地を破壊する音が周囲を震わせ、土埃を立たせる。

 ガチン、ガチンと音が鳴り出したライフルをリベリオンは投げ捨て地上へと急降下する。

『ライカ!そのまま下りろ!』

『解ってます!』

『させますか!』

 タナトスが土煙の中から現れ、リベリオンにビームナイフを突きつける。

 リベリオンは身体をひねって避け、そのままタナトスに合わせて螺旋を描きながら上昇を始めた。

『このまま宇宙にでも出るつもりか?』

『無重力は慣れてないんですがね』

『まぁ、そういう事ですよ』

 成層圏を突き抜け、宇宙空間に出るとタナトスは背中の装備である小型ビットを発射する。

 ビットは宇宙空間を水中の魚さながらに舞い、ビームを放ちながらリベリオンを追いつめる。

『ならば、破壊するまで!』

 リベリオンは頭部に装着されたバルカンで近づいてきたビットを掃射する。

 ビットは爆発し、欠片は地球に引き寄せられ燃えていく。

『もう一度重力空間でやらせてもらいますよ!』

 リベリオンはバリアを展開しながらタナトスに突っ込み、地球に引き寄せられる様に落ちていく。

 絡み合いながらリベリオンとタナトスは地上に降り、再び刃と刃をぶつからせる。


 ライカは、拮抗した状態で映像通信の回路を開いた。

 画面の向こうには、真剣な眼差しをしたルギオンがいる。

「ルギオンさん! どうして貴方は人を殺すんですか! どうしてあんなに優しいのに人を殺せるんですか! 教えて下さい!」

 大声でライカが問いかける。

『どうして? そんなの……決まっているじゃないですか!』

 ルギオンの言葉と同時にタナトスとリベリオンの刃が弾かれあい、離れた。

『昔は私も人を救ってきました……ですがそれは全て無駄でしたよ。守りたかった物は軍によって無惨にも奪い取られ、救いたかった人たちは全て殺されました……その中で一人だけ、一人だけ生きていたんです』

 ライカは苦痛を吐き出すようなルギオンをじっと見つめる。

『その人は私が殺しました! 「死にたい」と言ったのです! 苦しみの中でもがくよりもせめて安かな死を――これが私の答えです!』

 ルギオンが答えを述べると同時に、タナトスがリベリオンに斬りかかる。

 リベリオンはサーベルの刃をナイフで防ぐ。ライカは防いだままルギオンを見据える。

「貴方が殺したかったのは、貴方が消し去りたかったのは戦争なんでしょう? なのに何故戦争を起こすんです! どうして貴方が同じことをするんです!」

『いっそ何もない方が幸せです! 人間なんてこの世界に居ない方が幸せなんです!』

「違う!」

 リベリオンは刃を弾いた。

「どうして……どうして解らないんです?」

「ライカ……」

 涙をこぼすライカを、フォルトは静かに見下ろす。

「その人は本当は死にたくなんか無かったはずです! 本当は生きたかった……そう、生きたかったはずです! この世界にいる人の中で本当に死にたいなんて思う人はほとんどいません! 死にたいって言っている人はみんな……みんな本当は『生きたい』って思って足掻いているんですよ!」

 ライカは涙を流し自分の思いを叫びながら、リベリオンを操作する。リベリオンの刃とタナトスの刃が絡み合う。


 タナトスのコクピット内で、ルギオンは呆然としていた。

「『生きたい』……」

 ライカの言葉を呟く。

『先生、私早く歩けるようになりたい』

『先生、あたし早く病気治したい』

『先生、頑張って患者さんの手助けをしましょう』

『ルギオン、一緒に頑張って治療しようぜ』

 頭の中に、昔の記憶が甦り言葉を投げかける。

『先生……死ぬの、怖い……』

「……っ!」

 少女の死ぬ間際の言葉を思い出し、ルギオンは頭を振った。

「今更……今更戻ることなんて……できないんですよ!」

 目から溢れる熱い雫を拭い、ルギオンはタナトスをリベリオンに突っ込ませた。


 リベリオンは、突っ込んでくるタナトスを受け止めると至近距離でバルカンを撃つ。

『ライカ!一度離れろ!』

『解ってます!』

 タナトスを殴り飛ばし、リベリオンは距離を取りながらビームライフルを発射する。

 タナトスはバリアを展開して、ビームを弾き再び突っ込んでくる。

『ぐっ!』

 タナトスのビームナイフがリベリオンの腕部を切り裂く。

『この程度のダメージならナノマシンで直ぐに修理ができる!』

『解りました!』

 ビームナイフを振りかざすタナトスを蹴り飛ばすと、ナイフで斬りつける。

 ナイフが肩の部分に刺さると、リベリオンはタナトスの頭部を鷲掴みにしたまま上昇する。

 ある程度の高度に達すると、肩に刺さったナイフを握り、遠心力を使ってタナトスを地上に振り落とす。

『落ちろぉ!』

『落ちるのは貴方です!』

 遠心力で落とされながらも、タナトスはライフルでリベリオンを撃ち貫こうとする。

 何発か被弾するが、リベリオンは怯むことなく地面に突っ込み、そのままタナトスを地面にめり込ませる。

『貰った!』

 リベリオンがナイフで腕部を斬り落とそうとすると、タナトスはナイフを持った方の腕を蹴り、ブースターの威力で地面から離れるとそのままリベリオンに体当たりをする。

 リベリオンは衝撃で倒れそうになるが、ブースターを噴射させてバランスを保つ。

『何処?』

『上だ!』

 土埃で見えなくなったリベリオンの頭上にタナトスは飛び込んできたが、リベリオンはブースターを噴射させてその場を脱出する。

 タナトスはブースターの噴射を利用したままリベリオンに突っ込んだ。

 リベリオンはナイフでタナトスのサーベルに対抗する。

 火花が飛び散り、刃が赤く染まる。

『いい加減、解って下さい!』

 刃が弾き合うと、リベリオンは再度ナイフを振りかざし、タナトスを斬りつける。

『もう、戻れないんですよ!』

 タナトスもサーベルで対抗し、刃がぶつかり合う振動が周囲を揺らす。

『戻れなくても……』

 リベリオンのナイフがタナトスのサーベルを押す。

『やり直せるでしょう!』

 タナトスのサーベルが砕け散る。タナトスはサーベルを捨ててその場から離れる。

 リベリオンもヒビだらけのナイフを投げ捨て、ガンソードで斬りかかる。

『前を見て下さいよ!』

 タナトスは其れを避けるが、直後にガンソードの銃口から放たれた弾丸が肩を貫通し、右肩の装甲が砕けた。

 それに怯むことタナトスはライフルを発射し、その弾丸はリベリオンの左肩の装甲を破壊する。

 弾丸の雨に怯むことなくリベリオンは突貫し、剣はタナトスを切り裂いた。

 コクピットを外れ、右腕部、脚部を切り落とす。

『まだ……です』

『もういい加減にして!』

 リベリオンはガンソードで残った頭部と腕部を破壊する。

 小さな爆発音が地面を揺るがした。


 ライカは、涙で濡れた顔でルギオンを見つめる。

「ルギオンさん……もう、終わりにしましょう?」

『……終わった所で何も変わらない』

「ソロネさんの死を無駄にしないで下さい!」

 モニターの向こう側のルギオンの表情が驚愕の色に染まる。

「ルギオンさん……貴方が本当に殺したいのは人間じゃなくて貴方自身でしょう……?貴方は、大切な人を守れなかった自分が憎かった。戦争を起こした人間も、人を殺す軍人も、全てが憎かった。だがら貴方は自分の憎しみを人間全てに向けてしまった……違いますか?」

『……私は……』

「でも、殺したところで救いなんてないんです。そもそもこの世界に救いなんてあるかどうかすら不明です」

「それでも人間は救いを求める……心の安息を。お前は……心の痛みを誤魔化(ごまか)す為に人を殺してきた……そうしなければ、自分の心を守れなかった、そうだろう?」

 フォルトは、静かにモニターの向こうにいるルギオンを見た。

『ふふ……フォルトさん、貴方も……そうでしょう? 貴方の場合、自分の罪の意識から逃げる為に痛みを甘んじてきた……違います?』

「そうだろうな」

「フォルトさん……その身体……」

 ライカはフォルトを見つめて驚愕の表情を浮かべる。顔は蒼白で、血管も浮き上がっていた。

「……少々、負担を大きくしずぎた、な」

「フォルトさん!」

『フォルト君、死ねないと言うのはどれほど辛いものですか?』

「……口では言えない。ただ生きるだけの生ほど、無意味なものはない。だが、死ぬ気で生きている生ほど、醜く美しいものは、ない」

 ぐらりと身体が傾き、フォルトはライカの腕の中に倒れ込む。

「フォルトさん!」

「大丈夫、だ……ああ、温かいな……それに、この鼓動……なつかしい」

 ライカの胸の鼓動を聞いて、フォルトは安堵の表情を浮かべる。

 その穏やかな笑みは、幸福に満ちていた。

「……ルギオンさん、私は貴方を殺しません。どうか、どうか生きて。生きて償って下さい」

 ライカはそう言うと、フォルトの身体にまとわりつくコードを外し、タナトスをその場から離脱させる。

「……さようなら」

 倒れているタナトスを見つめながら、ライカはリベリオンを飛ばした。




 タナトスだけが残った荒野に、白亜の様に白い「DOLL」が飛んできた。

 「DOLL」が着陸すると、コクピットから人影が現れた。

 銀髪の美女――レイヤだった。

 レイヤはタナトスの所へと歩いていき、コクピットをこじ開ける。

 コクピットでは、蹲るように椅子に座るルギオンがいた。

「負けたようだな」

「……ええ、完敗ですよ」

 ルギオンは血色の悪い顔で微笑む。

 レイヤは薄い笑みを浮かべながらルギオンに手を差し出す。

「ライカの事だ。『生きて償え』だろう? ほら、手をつかめ。お前の贖罪方法を一緒に探してやる」

 ルギオンはレイヤの手を握らず、静かに首を振る。

「無理、なんですよ」

「何故……」

 レイヤが最後まで言葉を言う前に、ルギオンは大量の血を吐き出す。

「こういう……こと、です」

「……お前は私達と同じはずだ!だったらこれくらいでは死なない……」

「私は、『失敗作』です」

 ルギオンはぜぇぜぇと荒い息をしながらレイヤに微笑みかける。

「貴方達は、複数コアが存在するけど……私には一つだけ……そして、私のコアはもう限界にきているんです……コアの崩壊は、私達にとって死に、直結している……だから、どちらにせよ、私はもう、生きられないんですよ……」

「いなくなった『失敗作』とは……お前の事だったのか……」

 レイヤが悲痛な表情を浮かべると、ルギオンは穏やかな笑みで返した。


 ルギオンは、コクピットに隠していた拳銃をレイヤに差し出す。

「私を、殺して、くれませんか?」

「…………」

「それで、貴方の復讐が、終わる」

 ルギオンの表情は穏やかで、慈愛さえ含んでいた。

 狂気的なものはなく、其処には医師として人を救っていた頃のルギオンがいた。

 レイヤは拳銃を受け取ることをせず、呆然とルギオンを眺めていた。

「ルギオン、お前はソロネを殺した時、どう思った?」

「……大きな、喪失感、それだけですよ……悲しくて、苦しくて、憎くて……とても、辛かったのです」

 ルギオンの頬に雫が落ちた。それはレイヤが流した涙だった。

「どうして、貴方が、泣く、のですか?」

「……涙が、止まらないんだ……」

 レイヤは涙を拭う事もせず、ルギオンを見つめていた。

「どうして、私はこんなに苦しいんだ? こんなにも悲しいんだ? 憎いはずのお前が死ぬと言うのに、何故こんなに苦しいんだ?」

 手で顔を押さえて泣き出すレイヤを見て、ルギオンは血塗れの身体で立ち上がり、彼女の髪を撫でた。

「貴方は……本当は優しい方ですから……耐えられなかったのでしょう……今までしてきた事に、これからする事に……」

 口端から血が溢れ、スーツを汚す。

「……すまない」

 レイヤは嗚咽を漏らして泣いた。ルギオンはそれを穏やかに見つめ、頭を撫でる。

「お願い、できますか……」

「……ああ」

 レイヤはルギオンから拳銃を受け取り、弾丸が装填しているか確認した。

「レイヤさん……最後に、聞きたいことが……」

「何だ……?」

「ソロネさんは、私なんかの事……待っててくれるでしょうか?」

 ルギオンの問いに、レイヤは目を丸くしてしばらく無言になる。

 しばらく口を閉ざした後、涙に濡れいるが穏やかな笑みを浮かべてルギオンを見た。

「ああ、待ってくれてるはずだ。ソロネは、優しいから」

「……そう、ですよね。有り難うございます」

 ルギオンは嬉しそうに笑うと、胃があるはずの心臓とすこしずれた場所を指差した。

「ここが、私の、コアの、場所、です」

「……わかった」

 レイヤは穏やかな笑みを浮かべると、拳銃をその箇所に押し当てた。

 しばらくそのまま動かなかったが、小さく息を吐いてからゆっくりと引き金を引く。

 銃声が周囲に響き渡り、ルギオンの腹部に大穴が開いた。

 大穴からは血と、血とは異なる液体がこぼれ落ち、じわりじわりと地面を浸食していく。

「…………」

 レイヤは呆然とルギオンを見つめていたが、彼は二度と動くことはなかった。


 六十年近く前に起きた戦争と同じようになった、戦争は静かに幕を下ろした。

 主犯はルギオン・リビトゥムの死亡によって。

 けれども、死体は発見されず、また彼の乗っていた「DOLL」タナトスも発見されることは無かった。


『ルギオン、ルギオン』

 ルギオンは目を開けた。

『ソロネ……さん? どうして、此処に? 私は死んだ……はず』

『ええ、貴方は死んだわ』

『……じゃあ此処は地獄?』

 呆然とするルギオンに、ソロネは微笑を浮かべながら首を振った。

『地獄なんてないわ。あるのは天国……地獄は人の心が作り出した物よ……』

『しかし、私は……』

 躊躇うルギオンの手を握り、ソロネは引っ張る。

『もう、いいのよ』

『ソロネ、さん』

『さぁ、行きましょう?』

 ルギオンは口元に笑みを浮かべ、ソロネを見て頷いた。

 そして、ソロネに手を引かれ歩き出した。美しい花園を。




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