第2話「風になってもやっぱり“ぼっち”」


 入部したって事は、部活に出なきゃなんない訳で。

 別に活動自体は嫌じゃないし、未知な乗り物競技用ボートへの興味もある。

 だが私は――



・体力測定でボールを真上に暴投、自分の顔面クリーンヒット

・マラソンは万年ビリ争い

・リレーで「こいつがチームにいると絶対負ける」とのジンクス持ち

・全力で50m走ったら遅すぎて、先生に「サボるな、真面目に走れ」と怒られる



 ――など“生きる運動音痴伝説”と呼ばれるポンコツ&コミュ障だぞ?

 運動部に入ったが最後、動けなさすぎて周囲に手間かけまくるに決まってるから!


 はァ、人様にご迷惑かけたくないよォ……!




 *




 そうこう悩むうち、あっという間に部活初日の放課後。

 待ち合わせ場所の駐輪場で迎えてくれたのは、輝くスマイルな先輩女子の皆様。


「おつかれー」

「待ってたよっ」



 ――あァ帰りたい

 ――帰りたいったら帰りたい

 (心の俳句、字余り)


 歓迎ムードは素直にありがたい。

 でも熱烈であればあるほど、後で期待を裏切った時の反動がでかくなりそうで怖いんよ……爽やかに晴れ渡る空の青さが、ほんのちょっぴり恨めしい。



「うちの活動場所は校外の池なんだ」

「新入生は校内トレーニングから始めて、体が出来た頃に初めて池に連れてくんだけど……流石に1人で置いとけないし、今年は特別に初日から連れてく事になってね」


 そういや2年も3年も女子先輩いっぱいいるもんな。

 何で私だけ1人なん?

 つくづく意味が分からんよ。



「じゃちょっと移動しよっか!」


 颯爽と自転車にまたがる先輩達。



「あ、お願いします……!」


 私も慌てて自転車に乗り、後へと続いたのだった。




 *




「うぅ……無理にでも断りゃよかった……」


 池に着いた頃、私は後悔しまくっていた。

 なぜなら先輩達は上り坂でも減速なしにスイスイ進み、私は通学用ママチャリで追いつくだけで精一杯……到着までみっちり1時間、横断歩道以外は休まず自転車を全力漕ぎする羽目になったから。


 ――1時間だぞ1時間!!

 ――ちょっと移動って距離じゃないからッ!


 断末魔のごとき悲痛な叫びを上げる全身。

 体力的には倒れる寸前。気力だけで立ちの姿勢をキープする。



 一方、同じ道を同じ速度で移動したはずの先輩達は、爽やか笑顔を崩さなかった。


「わぁ思ったより体力あるな~」

「初日から付いてこれるってすごいよ!」


 違うんです。

 体力なさすぎて死にそうなんです。

 でも遅れて迷惑かけたくないから必死こいて頑張ったんです……


「今日は初日だからゆっくり来たけど、もっとスピード上げても大丈夫そうかも」


 でゆっくりィ?!

 これ以上速くとか無理ですッ無理無理無理ッ!!


 心の中で悲鳴が踊るが、表に出るのは愛想笑いだけ。

 感情が出ない性質ポーカーフェイスが裏目に出たのだった。




 *




 あれよあれよと話は進み、気づけば乗船準備は万端。

 私も先輩の後ろに座る形でボートに乗せてもらう。


「池に落ちないよう、オールを押さえててくれればいいからね!」


 先輩がゆっくり沖へと漕ぎだした。 




 競技用ボートは、いわゆる公園ボートと全く別物だ。


 形状フォルムはしゅっと細長い。

 横幅はお尻がやっと収まるぐらい。

 縦幅は10mぐらいで種類によっても違う。

 乗せてもらった艇は鋭くなめらかな流線形が鮮やかな黄色に塗られてて、パイプ状の金属部品が組み合わさり、まるで近未来マシンみたいにかっこいい。


 靴はかっちり固定されてるのに、座席はレールでむちゃくちゃ動く。

 シャーシャー滑る軽やかな浮遊感に、ついお尻を前後に動かしたくなる。


 あとボートって後ろ背中側に進むんだね!

 自転車と真逆から風を受けるって不思議な感覚。

 進行方向が見えないから、思わずそっと辺りを見回してしまう。

 水面上を一直線に移動するってのも当たり前だけど新感覚で。



 池には、他のボートもいくつか出艇していた。

 初めて目にする全力漕ぎの競技ボートは見応えが凄くて。

 モーターもなく人力なのにあんなに疾走できるんだ……!


 ひときわ目を惹いたのは漕手ローヤーが一糸乱れぬ漕ぎで突き進む5人乗り艇。

 とにかく速くてカッコよくて、私は目を離せなかった。




 *




 しばらく進むと先輩が振り返った。


「試しに漕いでみよっか」

「はい」


 私は指示に従いつつ見よう見まねで漕ぎ始める。



 まず足を曲げ、腕を前に出して前傾姿勢。

 この時オールは空中だ。

 オールのブレードを水につけてキャッチ

 足を伸ばし蹴って後方移動。

 最後に腕を胸に引き付け、ブレードを空中に浮かせる。


 ここまでがひと漕ぎワンストローク

 最初の姿勢に戻り、同じ動きを繰り返す。


 するとあら不思議!

 背中側へと、するするボートが進んでいくのだ。

 おっかなびっくりだったのが、だんだんコツを掴み始め―



 

「あっ……!」



 ――瞬間。

 私は“”になった。



 さえぎるものなど何もない。

 先輩と私の漕ぎがシンクロし、ただ一直線に水面を突っ切る。

 陸にいたら絶対味わえないボートだからの疾走感。


 この時、私は漕艇ボートを漕ぐにすっかり魅了されたのである。




 *




「じゃ種目決めないとだけど――」

「あ、はいっ……」


 先輩の言葉に私はゴクリと固唾をのんだ。



 競技ボートには複数の種目があり、我が校で取り組むのは3種類との事。


舵手だしゅ付きフォア:舵手コックス1名&漕手ローヤー4名

・ダブルスカル:漕手ローヤー2名

・シングルスカル:漕手ローヤー1名


 私の希望は決まってる!

 そう、一択!!

 さっきの5人乗りの艇だね!



 漕ぎ手が多いぶん最高速度トップスピードは段違い。

 水面を駆け抜ける姿はまさに圧巻!


 チームワークも欠かせない。

 舵手コックスの指示を受け、4人の漕手ローヤーが漕ぐ団体種目。

 1人でも動きがずれればガクッとスピードが落ちる。

 全員が息を合わせた時こそ真価を発揮する高校漕艇ボートの花形。


 つまりなのだッ!


 同級生女子とのあれこれは叶わなかったけど、女子先輩は良い人揃いだし、チームに入れてもらえたら「先輩と後輩のキラキラ青春」って事で、それはそれでおいしい王道青春展開なわけですよ……!



 ――フォア、フォア……フォアよ来いっ……


 心の中で強く強く念じつつ、私は先輩の言葉を待つ。





「皆で考えた結果、がいいかなって」

「え……?」


 告げられたのは無情な決定。

 固まる私をよそに、先輩は言葉を続ける。


「フォアやダブルスカルだと、私達が卒業したら漕げなくなるかもしれないよね」

「でもシングルスカルなら1人で漕げるから続けやすいはずだよ!」



 すぐに分かった。

 先輩達は真剣に私のためを思って考えてくれたんだろうと。


 断るなんて到底無理で、頷くしかできなくて……


 ……こうして私はボートの上でも“ぼっち”1人乗りが確定したのである。

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