第41話 レヴィン、神に願う

 レヴィンは例の白い部屋にいた。パシリ神曰く、天界の会議室のはずだ。レヴィンの隣にはサリオンが何だか複雑な表情をして佇んでいる。そして目の前には簀巻きにされたスネイトが転がっていた。


 会議室のドアが開き、自称神とパシリ神、そして見たことのない神が入って来た。それを見て、サリオンはビシッと敬礼をする。上下関係は厳しいのか、彼女の表情が精悍なものに変わる。


「今回は空から降りてきたりしないんだな」

「はっはっは! アレも重要な演出なんですよ? レヴィンさんも度肝を抜かれたでしょう?」

「いや、何か関わり合いになりたくないヤツが来たなぁとは思ったが」

「それを度肝を抜くと言うのですよ」

「いや言わねーから」

「しかし、こんなに早く再会することになるとは思いませんでしたよ」


 レヴィンの言葉をスルーして自称神は頭を掻いている。

 余計なことは聞かないのが目の前の男の往く道ジャスティスなのだろう。


「俺もこんなに早く願いが叶うとは思わなかったよ」


 自称神たちはいずれも苦々しい表情を浮かべている。そんなことはお構いなしにレヴィンは願いを伝えようと口を開いた。成り行き状、無職ニートと言う能力を手にしたものの、できることなら自分の努力で最強を目指したいと考えているレヴィンの願いは決まっている。


「では言おう! 俺の願いは――」

「えーその件についてですが、何と言うか、誠に遺憾と言うか……」


 レヴィンの言葉は自称神によって遮られてしまった。珍しく歯切れの悪い自称神の言葉に、レヴィンが訝しげな顔をする。レヴィンは再度願いを口にしようとしたが、自称神が何か言いたげにしているのを見て言葉にするのを止めた。そこへようやく踏ん切りがついたのか、自称神がいつもの表情を見せると無慈悲な言葉を告げた。



「まぁ平たく言うと、今回の手柄では願いは叶えられません!と言う訳です」


 一瞬、何を言われたのか理解できずに固まるレヴィン。


「…………ええッ! 俺、結構頑張ってバグを倒して捕まえたんだぞ?」


「えーでは、担当者のシュバイツ君から説明があります」


 自称神の言葉に応えて一歩前に進み出たのは体格の良い眼鏡を掛けたおっさんであった。鼻の下のチョビ髭が似合っていない。


「ゴホン。保守担当のシュバイツです。実はあなた……レヴィンさんがバグにさらわれる直前から世界に大規模な障害が発生しておりまして……」


「障害?」


「はい。実はいくつか修正パッチを当てたのですが、それが原因で大小様々なバグがあちこちで起こったみたいなのです」


「みたいなのです……じゃねぇぇぇぇ!」


「パッチ当てるなら深夜にするとかさぁ……。世界の時を止めて当てるとかさぁ……」


「色々やり方ってもんがあるだろう!?」


 レヴィンは心からの叫びをシュバイツに畳み掛けるようにぶつけた。

 その勢いにも保守担当シュバイツは平然とした態度を崩さない。


「いやー大丈夫だと思ったんですが」

「大丈夫な訳あるかぁぁぁぁぁ!!」


「まぁとにかく職業関係のバグがひどくてですね。世界各地で魔王が爆誕ばくたんしたと言う報告が……」

「それでかぁぁぁぁ!? つーか魔王って職業クラスなのかよ!」


 レヴィンの職業が勝手にころころと変わったのも障害のせいだったのだ。


「詳細については現在、調査中です」

「……固有職業に影響とかないんだろうな?」

「……」


 ニッコリ微笑む自称神とシュバイツ。

 その笑顔は真夏のビーチを熱く照らす太陽よりも眩しい。


「責任者あああああああ!」


 発狂しかけたレヴィンの様子を見た自称神がパシリ神に何かを告げた。

 パシリ神は会議室から出ると、小柄な女性を連れてすぐに戻ってきた。

 赤いフレームの眼鏡をかけており、水色の長髪を頭の上でお団子にしている。


「彼女がうちの職業神です。ウォルスさん? 何か言うことはありますか?」

WIP未解決


「何言ってんだ?」

JFGIググレカス


「おい。こんなのが職業神で大丈夫なのか? ゲーマーだった職業神よりやべーヤツなんじゃねーの?」

lolzワラ嘲笑


 ウォルスの意味不明な言葉に、レヴィンは困惑していた。

 しかし何となく察することはできる。恐らくは何かのスラングだろう。


「って言うか……会話する気ねーだろ……」


 それでも何とか言葉を絞り出す。


「とにかくまともな世界にしてくれよ……」

「フフッ、R.I.P冥福を祈る


 彼女はそう言い放つと、不気味な笑い声を残して会議室から出て行った。


「何しに来たんだよ……」


 打ちひしがれているレヴィンに保守担当のシュバイツが追い打ちをかける。


「後、ひどかったのはデバッグモードの実装ですね」

「デバッグモード?」

「はい。あまりにも他部署からの侵入者が多いもので、それを取り締まる調停者に無敵モードなどの新機能を与えようとしたんですが……どうやら失敗だったようです」

「だったようです……じゃねぇぇぇぇぇ!」


 レヴィンがいい加減ツッコミに疲れてきた頃、黙っていたサリオンが口を開く。


「でもそのお陰でレヴィンさんはバグに連れ去られることがなかったんですよ?」

「は?」

「障害で世界に高負荷がかかってね。恐らくそのせいでバグ……スネイトは転送に時間がかかったのです」

「転送?」


 そう言えば、スネイトが何やらそんな感じのことを言っていたような気がする。レヴィンは当時のことを思い起こしていた。が、レヴィンの頭は既に考えることを放棄していた。


 サリオンは力尽きようとしているレヴィンに向けて告げた。


「要するにこの世界から脱出するのに時間がかかったって訳!」


 その言葉にウンウンと頷きながら自称神はお気楽な口調で言い放った。無慈悲な現実を。


「つまり、『バグ』によってさらわれたレヴィンさんを転送するのに『バグ』のせいで時間がかかり、たまたま『バグ』によって能力を最大値以上に引き出されたレヴィンさんが、『バグ』のお陰で『バグ』に勝ったと言う訳です」


「バグバグうるせぇぇぇぇぇぇぇ!」


「フッ、とにかく、今回の件はバグまみれって寸法なんです」


 レヴィンの怒声にも似たツッコミにも負けず、自称神は大きく胸を張る。


「威張るな……頼むから……」

「あなたは大規模障害のお陰で勝てたんですよ」


 自称神のトドメの一撃を喰らってレヴィンはその場に崩れ落ちた。

 そしてレヴィンは誰にも聞こえないような小さな声でポツリと呟いた。


「神様の願いを叶えて世界最強じゃなかったのかよ……」


 その言葉は会議室の空調の風に流され消えた。

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