第37話 レヴィン、さらわれる

「スネイト殿!?」

「スネイトか……」


「何だこの騒ぎは。俺は極秘裏にさらえと言ったはずだが?」


 バージルとゲラルドが呟く中、スネイトと呼ばれた男が何やら物騒な言葉を吐いた。金髪をオールバックにしており、一見どこにでもいる探求者ハンターのような風貌をしている。


 この男が人身売買の取引相手か?とレヴィンが考えていると、バージルが焦った様子で指差して喚き始めた。その指が差しているのはレヴィンの方である。


「スネイト殿ッ! あいつだッ! その黒髪だッ!」

「お前か。それでは貰い受ける。ほれ、代金だ」


 スネイトはそう言ってレヴィンの方を一瞥すると、中身の詰まった袋をバージルの方へ放り投げた。そしてバージルが袋の中身を確認したのを見届けると、スネイトは一瞬でレヴィンの目の前に移動した。その動きは神速の如く、目で捉えられるレベルを超えている。


「確かに渡したぞ。それではな」


 そして、驚く一同の前で言い放ち、レヴィンに向かって手を伸ばした。


「待て待て待て待てッ! 待ってくれッ!」


 ゲラルドの慌てた声にその手が止まる。

 スネイトは心底嫌そうな顔をしてゲラルドの方へと視線を向けた。


「何だ? 何なのだ? 俺は忙しい」


 その声と表情からはかなりの苛立ちが見て取れる。


「頼む! 今どんな状況か分かるだろう? 俺たちをここから救い出してくれッ! 次も上手くやるぞッ!」

「このド阿呆が。こんなに目立っておいて救えだと? お前らとはもう取引などせん」

「この金がありゃあ、組織も立て直せるッ! 頼――」

「そうだ! 確かにこの状況はいかんな……。俺はミスをするところだった」


 ゲラルドの言葉を途中で遮ったスネイトは、何やら一人で勝手に納得し始める。

 そして先程と同じように一瞬でゲラルドとバージルの前へと移動すると、にこやかな笑みを浮かべる。その様子に二人は困惑の表情を隠せない。

 するとスネイトは二人の胸を何の躊躇いもなく両手で刺し貫いた。ガクリと膝から崩れ落ちるゲラルドとバージル。三人のやり取りを窺っていた面々が、ことの成り行きに着いて行けずに皆一様に茫然としている。そんな中、スネイトだけが満面の笑みを浮かべていた。


「証拠は消す。これ大事」


 スネイトはゲラルドたちが倒れたのを確認すると、再びレヴィンの前に移動する。

 そして、強烈な圧力を一身に受けながらも、何とか身をかわそうとするレヴィンの腕をあっさりと掴むと、二人は虚空へと消え去った。


―――

――


 スネイトにガッシリと腕を掴まれたレヴィンは、知らない場所にいた。

 辺り一面真っ暗闇で何も見えない。


「ここは……森?」

「さて、大人しくしていろ」


 スネイトはレヴィンの腕から手を離すと、虚空に透明なキーボードとディスプレイのようなものを出現させた。


 それを見たレヴィンの脳裏に浮かぶのは――神の関係者。


「あんた、何者だ? 神の……この世界の管理者の関係者なのか? 何故、俺をさらう?」


 しかし、スネイトはその疑問に答えることもなく、キーボードをひたすら叩いている。


「ふむ。確かに。今回は大物が取れて良かった」

「おい。俺をどうするつもりだ?」

「お前ら異世界人は世界の力となる。よって捕らえたまでだ」


 スネイトはディスプレイから目を離すことなく淡々と言った。異世界人と言う言葉に、疑惑は確信へと変わる。スネイトは明らかにこの世界の外の存在だ。


「神の関係者が何故、俺を捕らえるんだ?」


 レヴィンの問い掛けに一向に答えることなく、スネイトはキーボードを操作し続けている。そしてキーボードの音がカチャカチャターンッ!と響き渡った。その瞬間、レヴィンとスネイトを金色の光が包み込んだ。スネイトはレヴィンの右腕を掴む。その力は強く、押しても引いてもビクともしない。


「おい、聞けよッ!」

「よし。では転送開始だ」


 何を言っても徹底的にスルーするスネイトの行動に、不審を深めたレヴィンは天界――の会議室で聞いたことを思い出した。確かあの自称神じしょうかみはこう言っていたはずだ。



『あ、そうそう。何だか最近、転生した人たちの失踪が増えているみたいなので一応、気を付けてくださいね』



 その瞬間、レヴィンは掴まれていない左手で修道僧の能力を行使した。



【地獄突き】



 オーラをまとったレヴィンの貫手ぬきてがスネイトの脇腹にめり込んだ。スネイトの顔が一瞬苦痛に歪む。修道僧モンクの能力に手ごたえを感じていたレヴィンだったが、すぐにそれは崩れ去る。スネイトは衝撃を受けて数歩だけ後方へ下がるも、何事もなかったかのようにレヴィンに向けて光の鎖を放った。あまりの速さにレヴィンは反応できず、あっさりと鎖に絡め取られてしまう。


「また、転送のやり直しだ。大人しくしていて欲しいな」


 再び、出現させたキーボードを叩き始めるスネイト。


「あれー? 何か変だぞ? フリーズしてるのか?」


 レヴィンが光の鎖を断ち切ろうと手刀を鎖に叩きつけるも、力が上手く伝わらない。むしろ手の方が痛い。不思議に思ったレヴィンはすぐにステータスを確認した。


「はぁ? 光魔導士だとッ!?」


 職業クラス修道僧モンクから光魔導士こうまどうしへ勝手に変更されていたのだ。それを見たレヴィンは職業変更クラスチェンジ無職ニートになろうと試みる。だが、やはりレヴィンの希望した職業には変更できないようだ。


「どうしろって言うんだ。この状況は……」


 物理的な攻撃力の補正が低い光魔導士で格闘に持ち込むか、とレヴィンが半ば諦め掛けていると、背後で気配がした。


「はッ!」


 凛々しい声と共にレヴィンを縛めていた光の鎖が斬り飛ばされる。その技に新たなる神の関係者の出現を確信するレヴィン。そこには天使のような姿をした女性が一人佇んでいた。

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