第34話 レヴィン、脱出準備する

 レヴィンは再び目を覚ましていた。どれくらいの時間眠っていたのかは分からない。体の倦怠感はまだ抜けきっていない。だが猛烈な空腹と喉の渇きを覚えていた。レヴィンは自身の感覚を頼りに、捕まってからどれくらいの時間が経過したのか考えていた。まったくお茶も出さないの?ここんは?と心の中で呟いてみるレヴィン。そんな心の声が届いたのか、再び扉が開く音がした。そして足音が近づいてきて、ガチャガチャと錠前が外されるような音がする。ここは独房か何かなのかも知れない。


「おい、飯だ! 起きろッ!」


 レヴィンは強引に上半身を起こされて猿轡を外された。それ以外の縛めはそのままだ。


「今から飯と水を与えてやる! 魔法を使うなよ? 使おうとしたらぶっ殺すぞッ!」


 レヴィンの口の中にパンのようなものがねじ込まれる。必死に咀嚼して飲み込もうとするも口の中がカラカラに乾いており上手く飲み込めない。


「み、水……」


 レヴィンが小さく呻くと、今度は水を口の中に流し込まれた。むせそうになりながらも何とか飲み込む。他にも声が聞こえてくる。同様に食事が与えられているのだろう。足下ではキーキーと何かの生物が鳴き声を上げている。パンクズを目当てに近づいてきたのかも知れない。


「ちッ! しッしッ! こっちくんな!」


 食事を持って来た男が追い払おうと声を上げている。

無駄だろうが、レヴィンはその男に声を掛けてみた。


「今、何日の何時ですか?」

「ああッ!? 余計な口聞いてんじゃねぇ! ぶっ殺すぞッ!」


 レヴィンは怒鳴られて、再び猿轡を噛まされた。それからレヴィンは何度か眠り、時間だけが過ぎていった。しかし、お陰で倦怠感も消え、今なら動けそうである。ただ一つ気になるのが日課になった食事の時間だ。感覚的にはもうじきやってくるはずだとレヴィンが考えていると、扉が開く音が聞こえた。複数人の足音が近づいて来る。それはレヴィンの予想通り食事係のものであった。いつも通りに乱暴に猿轡を外され、パンを口にねじ込まれる。食事の係と言っても嫌々させられているだろうことは想像に難くない。目隠ししていてもそんな様子が感じられた。そして食事が終わり、扉が閉まる音がする。チャンス到来である。レヴィンは再び、獣使いの能力である【獣を操る】を発動し、近くにいるであろうネズミを呼び出す。後ろ手に縛られている縄をネズミにかじってもらうためだ。レヴィンは体勢を変えて壁に寄りかかっているので恐らく見つかるまい。思ったより時間が掛かったが無事に手を拘束していた縄を解くことに成功した。そして目隠しを少しズラして室内の様子を覗き見る。思った通り、広めの独房が向い合せに二つあり、入口の扉の近くには見張りが二人座って何かをしている。こちらには全く注意を払っていないようだ。近くには案の定ネズミが静かに佇んでいる。そして口をふさいでいた猿轡を外すと二人の男に向けて魔法を放つ。


睡眠スリープ


 レヴィンとしては効くかどうか不安だったが、見張りの二人は急に頭を垂れてテーブルに頭をぶつけた。ゴンと鈍い音が響くが、たいした音ではない。

 起きる気配はないようなので気づかれることはないだろう。


「後は鍵だな。ネズミにでも取って来させるか」


 そう思ったレヴィンであったが、よくよく考えると魔法でぶった斬った方が手っ取り早いと気づいて職業変更クラスチェンジで暗黒導士に戻る。職業変更クラスチェンジしたのは暗黒導士になった方が補正の関係で魔法の威力が上がるからである。魔法により生み出された風の刃が鉄格子をいとも容易く斬り裂いた。本当に使い勝手の良い魔法である。


 レヴィンは独房から出ると眠りこけている男二人が腰に佩いている剣を奪う。そして元の場所に戻ると、手足をふん縛られて転がっている残り九名の縄を全て断ち切り、目隠しと猿轡を外していく。もちろん静かにするようによく言い聞かせた上でだ。最初に解放したのは同じ独房にいたローラヴィズやノイマンたち後衛組だ。


「すごいわ……。一体どうやったのかしら?」


 ローラヴィズが尊敬のこもった眼差しで問い掛けてくるが、レヴィンは言葉を濁してごまかした。ノイマンや他の生徒たちも疑問に感じているようでそれが表情に出ている。次は向かいの独房である。同じように鉄格子を斬り裂き残りの五名を解放する。奪った剣はヴァイスと騎士のノエルに持たせた。彼らなら騎士剣技を使うこともできるはずだ。それから眠っている二人の付近を調べたが何もなかった。レヴィンたちが持っていた装備品はここには見当たらない。見張り二人はレヴィンたちを縛めていた縄で手足を縛って床に転がしておいた。レヴィンはハタと考え込む。これからどうするのかが問題だ。この扉の向こうがどうなっているのか、そして敵が何人いるのか全く分からないのである。


「そう言えば、皆、体に不調はないか?」


 全員が首を横に振る。


「まぁ、俺はうんこを我慢しているくらいだな」


 ノエルが真顔でそう言った。

 何日ほど経過したのかは不明だが、トイレには一切行っていない。もしかしたら気を失っている間に失禁してしまった可能性だってある。しかし、うんこで爆笑するのは小学生の始めくらいのものである。ノエルも場を和ませようと言ったのだろう。レヴィンはそう判断した。きっとそうだ。そうだよな?


「後は扉の向こうの様子が分かればな……」


 レヴィンが困ったように呟くと、ローラヴィズがこともなげに答える。


「ああ、任せて。私は【探知ディテクション】が使えるわ」

「マジで!? どこを探しても載ってる本が見つからなかったんだぞ?」


 驚いた顔をして問いかけるレヴィンにローラヴィズが再び、こともなげに答えた。


「探知魔法は普通の書物には載っていないわ。でも実際は低級の魔法なのよ?」

「後で教えてくれよ!」

「もちろん」


 ローラヴィズはさわやかな笑顔でこちらを見ている。


「おいおい。後でって、ここから脱出してから言えよ……」


 ヴァイスがそんな二人の様子に、呆れ顔でツッコミを入れた。



探知ディテクション



 ローラヴィズが魔法を発動すると、目を閉じて何かを探るような表情を作る。

 しばらくして扉の向こうの状況が判明したのか、事細かに状況の説明を始めた。


「扉を出てすぐの辺りに一人いる。隣の部屋の中央付近に四人だね。隣の部屋の上の方……上の階かしら……そこにいくつもの反応があるわ」

「なるほど。この部屋には窓がないし、地下室なのかも知れんな」


 【探知ディテクション】の魔法を使った場合、どのように状況が伝わってくるか考えてみるレヴィン。分かればより綿密に脱出計画を立てられるだろうにと残念に思う。


「まず、扉越しに【睡眠スリープ】の魔法を使う。その後、扉を開けて隣部屋にいるヤツらを魔法で制圧しよう。剣を持つ二人はいつでも斬り掛かれるように待機。全員、殺すのを躊躇うなよ?」

 レヴィンは脱出計画を各自に指示すると、懸念事項を言葉にした。【睡眠スリープ】の効果はほとんど期待できないだろう。ならば戦いになるのは確実だとレヴィンは考えていた。


「ここがどこなのか知りたいな。このままじゃ、どこに逃げればいいかも分からん」

「まぁそれは眠ったヤツか痛めつけたヤツに聞くということで……」

「ヴァイス、痛めつけるのは悪手だな。一撃必殺のつもりでいこう。相手の実力も分からないからな」


 レヴィンはヴァイスに注意すると、魔法を発動した。



睡眠スリープ



「動きはないわ」


 ローラヴィズが【探知ディテクション】の結果を伝える。

 そしてノエルが扉のノブに手を掛けると、ゆっくりと回した。



「……」「……」「……」



「鍵かかってる……」


 どうしようもない脱力感が全員を襲った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る