第18話 レヴィン、誕生日を祝う
今日、三月十八日はアシリアの弟、フィルの十一回目の誕生日である。グレンの家とアシリアの父親、アントニーの家では、子供の誕生日は一緒になって祝っている。そのため、家に母親のリリナの姿はない。隣の家で料理の手伝いをしているはずである。
グレンは薬を作っているのか、薬部屋から気配が感じられた。リビングではリリスがごろごろしている。「こいついつも、ごろごろしてんな」とレヴィンは思ったが、口に出さないでおいた。
今日はめでたい誕生日なのだ。
言い争いしていても意味はない。リリスはせっかくのレア職業なのにもったいない気がする。レヴィンは狩りでの汚れを落とすべく、水で体を清めるとラフな格好になってリビングに戻った。まだ三月の中旬である。まだまだ冷たい水が身に染みる季節であった。このアウステリア王国には風呂に入ると言う文化はない。一部の貴族は自宅に浴場を持っている者もいるようだが、一般的とはとても言えないのだ。グレンから聞いたところによれば、温泉がある都市は存在しているらしい。早く行ってみたいものだとレヴィンは思った。もしくは、自分で風呂を造ってみるのも良いかも知れない。
レヴィンが物思いに耽りながらリビングで温かい番茶を飲んでいると、リリナが三人を呼びに来た。どうやら準備は終わったらしい。レヴィンはすぐに自室へ戻ると、目当てのものを持って自宅を出る。全員がアントニーの家に入ると、アシリアたちが出迎えてくれた。リビングに集まると、流石に八名には狭いようでお互いの肩が触れ合う。アシリアの母親のベネッタと、レヴィンの母親のリリナが料理をどんどんとテーブルに並べていく。フィルは目の前のご馳走に目を輝かせている。
「フィル、これからは俺たちが獣を狩ってくるからな。期待しとけよ?」
ちなみに獣と魔物はまったく別の生物である。獣は魔力がないので魔核を持っていないが、食用として広く狩られている。一方の魔物は魔力があり、魔核を持っているが、その肉はとても食べられたものではないと聞く。
「うん! 兄ちゃんたちでパーティを作ったって聞いたよ!」
「今日の料理にもレヴィンたちが狩ってきた獣の肉が入ってるからね」
ベネッタがフィルに教えている。彼女もどこか嬉しそうだ。レヴィンの両親とアシリアの両親は、かつて一緒に探求者として旅をしていたらしい。何故、アウステリア王国に居を構えたのかは聞いていないが、お互いが昔馴染みなので家も隣に決めたと言う。ベネッタは王都の畑区画にわずかな土地を買い、そこで畑をしている。家族の食べる分だけでも野菜を作ろうと、土地を持っている平民は多い。レヴィンの家も野菜のおすそ分けをよく頂いている。
全員が揃ったところで晩餐と相成った。今日でフィルは十一歳になった。父親譲りの赤髪を揺らしながら、料理を貪るように食べている。レヴィンたちも腹ペコだったため、料理を取る手は止まらない。毎日ぐーたらしているリリスですらそうなのだ。所謂、食べ盛りのお年頃である。料理も粗方平らげて、既に大人たちは酒が回ってへべれけ状態だ。
「ねーねー兄ちゃん、探求者タグを見せてよ」
「お前いつも言ってんな」
「だって早く探求者になりたいんだよ」
レヴィンは探求者タグをフィルに見せる。
フィルは目を輝かせてそれを手に取り裏返してみたり、横から見てみたりと忙しそうだ。
「そう言えば、フィルの職業って何だっけ?」
「僕? 僕は
「レヴィンは記憶が曖昧なんだよねー」
アシリアがしれっと、家族には言っていないことを口にする。レヴィンはとっさに注意を促そうとしたが彼女の様子を見て止めた。レヴィンの顔を覗き込むように体を傾けて、にこやかな笑みを浮かべるその姿に天使の姿を幻視したからだ。
ツッコミは無粋である。
「何? お兄、それで変になっちゃった訳?」
「変じゃねーよ! むしろマトモだろ!」
「何? お兄、それで正気に戻ったって訳?」
「うーん、割と近い!」
「とにかく、僕は船乗りになって将来、東の果ての海を冒険するんだッ!」
フィルはレヴィンとリリスの掛け合いを「とにかく」の一言で片づけると、自らの夢を大々的に宣言した。レヴィンはヘルプ君を呼び出して
「おし。そんなフィルに良い物をやろう」
「え? 何々?」
興味深々でレヴィンの方へにじり寄ってくるフィルにレヴィンは、とある首飾りを手渡した。受け取ったフィルはそれが何だか分からないようで触ったり、色んな角度から眺めてみたりと、これまた忙しい。
「それは
イザークから聞いた話によれば、鬼の角は幸運や財宝を呼ぶ縁起物であるらしい。
「えッ!? そうなの!? 大事にするよ! ありがと兄ちゃん!」
「ちなみにその鬼王を倒したのはこの俺だ!」
「嘘ッ!? お兄に殺(や)られる鬼王って一体……」
「今日のお前は生意気だな」
レヴィンは毒が過ぎる口を何とかすべく、リリスの両頬を思いっきり引っ張った。
「いひゃいいひゃいいひゃい!」
リリスの悲鳴がリビングに木霊した。
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