神の願いを叶えろ!?気まぐれな神々に翻弄される俺は異世界最強を目指す!! Ⅰ部

波 七海

プロローグ 決死の攻防

「ゴルァァァァァ!!」


 暗黒導士あんこくどうしレヴィンの雄叫びと共に、その顔面に魔力のこもった拳が叩き込まれ、一体の豚人オークがその巨躯を大地に横たえる。


「オイッ! 戦線崩れてンぞッ! 前衛は踏ん張れッ!」


 そこへ、前線で戦う暗殺者アサシン、イザークの叱咤激励の声が全員の心を鼓舞した。


 ここは、アウステリア王国の王都ヴィエナから東へ二日ほどの場所。レヴィンたちは探求者ハンターギルドの依頼を受けて、商人のハモンドが率いる隊商を護衛していた。その任務の途中で豚人オークの群れの襲撃を受けたのだ。豚人オークとはこの世界に多く生息している亜人の一種で、豚のような顔に力士のようなでっぷりとした体を持つ魔物である。


「何でこんな大軍が……」


 レヴィンの近くにいた暗黒導士の呟きが耳に入る。確かカールと言ったか。

 そんなのは知ったことか!と思わずレヴィンは心の中で悪態をつく。

 そんな暇があったら魔法の一つも放って欲しいところだ。

 とは言え、魔法を発動する速さに自信を持つレヴィンですら中々、魔法を使えないでいた。魔法を使うと言っても決して簡単なことではない。体内で魔力を練成しつつ、頭の中で使用する魔法陣を描写し、『偉大なる言葉マグナ・ヴェル』と呼ばれる神代かみよの言語を口から発する必要があるのだ。


 事態は切迫していた。


 魔物の奇襲により前衛が突破され、中衛を任されていた魔導士たちは例外なく接近戦を強いられていた。魔法を使う暇がないなら、物理で殴るしかない。


 巨大な斧を振りかざして襲い来る豚人オークその壱の一撃を素早い動きでかわすと、レヴィンの魔力拳まりょくけんが醜い豚の魔物の土手っ腹にめり込んだ。


「近寄るんじゃねぇよ、この豚野郎がッ!」


 もちろん罵声を浴びせるのも忘れない。

 喧嘩は気合なのである。

 大声で自身の魂を奮い立たせつつ、敵を威圧するのだ。幸いなことに喧嘩慣れしていたレヴィンは、攻撃を受けることなく立ち回っていた。乱戦の中、レヴィンは魔力を込めた両手を使って、迫り来る豚人オークを片っ端から殴り倒していた。が、致命傷を与えるには至っていない。暗黒導士の攻撃力などたかが知れているのだ。そこへようやく後方を警備していた護衛メンバーが駆け付けてくる。


「援護するッ! 魔導士たちは後ろに下がるんだッ!」


 その声に貧弱な装備しか身につけることのできない魔導士や弓使いが逃げるようにして後方へ下がる。もちろん、ただで退くほどレヴィンは甘くない。置き土産として暗黒魔法を放つのも忘れなかった。



火炎球弾ファイヤーボール



 ズガアアアアアアアアアアアアアン!


 放たれた火の塊が三体の豚人オークの中心で炸裂する。

 撒き散らされた火炎に飲み込まれ、火だるまになり転げまわる豚人オーク

 見ると、前衛は完全な乱戦状態で、イザークが鬼のような形相で斬って斬って斬りまくっている。彼はその端整な顔や体に返り血を浴びて全身を赤に染めている。彼の燃えるような赤髪と相まってその姿はオーガよりもおにらしい。


 その背後では、イザークの相棒の魔法剣士イーリスがひらひらと舞う蝶のように豚人オークを翻弄していた。彼女の動きに合わせて、その美しい銀髪が揺れる。流石は探求者ハンターランクBと言うだけあって豚人オーク程度は歯牙にもかけない。



電撃ライトニング



 隣ではカールがいかづちの魔法を解き放っている。

 魔物の一体がまともに喰らい、電撃でんげきに身を焦がされるもどうやら倒しきれなかったようだ。


 そこへ他の戦士ファイターがフォローに回る。背後からジャンプして襲い掛かると、動きの鈍くなった豚人オークの首をはねたのだ。豚人オークはかなりの巨体だ。二メートルはザラで、大きい個体は三メートルにもなる。それが束になって襲ってくるのだから、恐らく普通の人間なら恐怖で足が竦み上がってしまうところだろう。しかし、豚人オークは魔物の格付けで言えば、Dランク程度でしかない。探求者ハンターならば、最低でもこの程度は倒せないと問題外なのである。


 敵と味方が入り混じり混沌とした様相を呈する中、レヴィンは味方を巻き込まないように魔法を発動しようとしていた、その時、背後から鯨波のように大音声だいおんじょうが響き渡った。レヴィンが驚いて後ろを振り返ると、そこには三メートル以上はありそうな豚人オークを先頭に十体以上がこちらに向かって駆け寄って来るのが見えた。


「チッ! まだいやがるのかよッ!」


 レヴィンが舌打ち交じりにボヤく中、近くで小さな悲鳴が上がる。情けないとは思うが、魔導士や弓使いなどは騎士ナイト戦士ファイターなどの前衛を務められる者とパーティを組んで初めて真価を発揮する。

 現にこの護衛任務には計五組のパーティが参加している。壁役がいないこの状況に、魔導士である彼らが恐怖心を抱くのは仕方がないが、そう言っていては探求者ハンターなど務まらない。探求者ハンターとは、人間を害する魔物を滅ぼし、その魔核まかくや素材を売っったり、ギルドの依頼をこなしたりして生計を立てている者たちのことである。彼らは人間の手が及んでいない未踏領域の探索や、世界のどこかにあると言う巨大迷宮への挑戦、犯罪者の捕縛、要人の護衛など、ありとあらゆることをこなす存在だ。



火炎球弾ファイヤーボール



 ドガアアアアアアアアアアアアアン!


 レヴィンの魔法が炸裂し、豚人オークたちの足が止まる。三体ほどが炎に巻かれたが、他の個体は地を舐める火炎から逃れると、それを回避してレヴィンのいる方へ向かってくる。しかし、遅い。レヴィンは敵を殺すに当たって効率の良い魔法の使い方を選択し着実に敵に死を与えていく。豚人オークたちは、火炎に焼かれる仲間の左右から三体ずつこちらへ向かってくる。そこへレヴィンの魔法が解き放たれた。



空破斬刃エアロカッター



 レヴィンの『偉大なる言葉マグナ・ヴェル』により、空気中に発生した気流が鋭い風の刃と化し、一列に並んだ三体の豚人オークの体を綺麗に両断した。



凍結球弾フリーズショット



 更に大気中から集まってできた氷の塊が三体の豚人オークの真ん中に着弾し、二体を全身氷漬けに、一体を足止めする。先頭にいた巨大な豚人オークはその中には入っていない。亜人のくせに多少頭は回るようだ。レヴィンはそんなことを考えながらも次々と魔法で敵を葬り去っていく。

 残りの豚人オークたちが波状攻撃を仕掛けてくる。どうやらあの他に抜きん出た巨躯を持つ個体が指示を出しているようだ。お陰でチマチマと魔法を連発していくしかなくなってしまった。指示を出しているヤツは知能が特に高そうだ。それに他の個体に比べて重厚な鎧を纏い、兜まで被っており、装備の質が明らかに違うのが分かる。恐らくは豚人王オークキングなのかも知れない。その頃、前衛に余裕が生まれたらしく、数人の探求者ハンターが駆け付けてくる。


 ――これで楽になる。


 そう思ったレヴィンであったが、その期待は一瞬で裏切られてしまった。

 豚人王オークキングが駆け付けた戦士ファイター修道僧モンクを容易く蹴散らしたのだ。無論、見捨てると言う選択肢はない。レヴィンは仲間がトドメを刺される前に、魔法陣を展開する。



空破斬刃エアロカッター



 狙いは豚人王オークキングだ。

 しかし、魔法がその首を掻き斬るかに思われた瞬間、豚人王オークキングは持っていた剣で風の刃に斬りつけると、あっさりと吹き散らしてしまった。

 流石は豚人王オークキングである。ランクBは伊達ではないらしい。レヴィンが考えるに、持っている剣は恐らく魔力剣かそれに近い物だろうと思われた。しかし使い勝手が良い【空破斬刃エアロカッター】が無力化されたのは痛い。残念ながらレヴィンが行使できる攻撃魔法の数は少ないのだ。


「チッ! 厄介なッ!」


 レヴィンはもっと魔法を身につけてこなかった過去の自分に思わず舌打ちをしてしまうが、全てはあの自称神じしょうかみのせいなので考えるだけ無駄な話だ。


 レヴィンはゼロ距離で魔法を放つしかないと考えて豚人王オークキングとの間合いを一気に詰める。その両手に魔力を込めて。蹴散らされた仲間たちはようやく身を起こそうとしているところだ。幸いにも彼らからレヴィンに注意が移ったようだ。


「クソ人間がァッ! 小賢しい真似をしやがってェェェ!」


 豚人王オークキングはそう吠えると、向かってくるレヴィンを真正面から迎え撃った。

 薄い緑色に鈍く輝く剣の大きな振りがレヴィンに迫る。それを半身になってかわすと、そのまま右拳を豚人王オークキングの腹へ叩きつける。その全身全霊を賭けた一撃は、あっけなく鎧に防がれてしまう。鎧の材質は不明だが硬い。やはり、いくら魔力を乗せて威力が増しているとは言え、高々暗黒導士の力ではそれ程ダメージを与えることなどできないのだ。


 豚人王オークキングは目の前の人間の力が自分に遠く及ばないと判断したのか、下卑た笑みを浮かべると、レヴィンに剣撃を浴びせ掛ける。そのラッシュにレヴィンの集中力がかき乱され、防戦一方に回る。


「くそッ! 隙がねぇッ!」


 レヴィンの隣では先程、蹴散らされた二人が体勢を立て直して他の豚人オークと戦っている。援護が期待できない中で、何とか練った魔力と展開した魔法陣で魔法を解き放つ。



空破斬刃エアロカッター



 至近距離からの必殺の一撃であったが、敢え無くそれは剣に弾かれて霧散する。

 ダメージはない。

 魔力の欠片がほんの少しだけ顔に傷をつけた程度である。

 豚人王がその程度で怯むはずもなく、再び、レヴィンは激しい猛攻に晒される。

 怒涛の連撃に息を切らしつつもかわしながら、レヴィンは心からの叫びを吐き出した。


「こん……の……チックショウがッ! ここが日本でッ!」


「俺が藤堂高志とうどうたかしならッ!」


「テメェなんぞに押されるかよッ!」


 レヴィンは、豚人王オークキングの斬撃をひたすらかわしながら悪態をついた。


 そう、実はレヴィンと言う少年は、日本からこの世界にやってきた異世界人なのである。

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