第76話 開戦
SIDE:戦士 カーツ
与圧された重力下という宇宙船には全く似つかわしくない空間に引きずり出されたトーン09の受難は続く。
遠目にも翠の小さな輝きがチラチラと動いているのが見える。
その度に装甲を殴りつける耳障りな金属音が離れた偵察拠点にまで届いていた。
距離があるのでオークの視力では、
ゴーグルを外したままのペールが深刻な声音で補足した。
「
「生きてたからって素直に喜べる状況じゃないな、何やってんだ、あいつ……」
フィレンが自発的に反逆ともとられるような真似を行っているとは思わない。
俺の舎弟でいるのが嫌になったとしても、船に当たるより先に俺をぶっ飛ばそうと考えるのが戦闘階級のオークだ。
俺への「借り」をそのままにして出奔するなど、耐えれる話ではあるまい。
「エルフは洗脳の類いもやるのか?」
聞いた事のない話だが、そもそもエルフについては出回っている情報自体が極端に少ない。
斃されたかに見えたフィレンが生存し、その上で俺たちに対して敵対的な行動をしている以上、洗脳の可能性は高い。
「でも、なんで
ゴーグルを外したままのペールが首を傾げる。
トーン09を壊すだけなら要塞内まで引っ張り出す必要はないし、フィレンに
宇宙港内で重機を使って解体する方が手間が無いはずだ。
「こっち誘い出したいんだろうが、それにしても段取りが悪いな……」
トーン09はこちらの生命線。
破壊されるとなればこちらも阻止のため動かざるを得ないが、エルフ側が最初からそのつもりなら捜索隊を出してわざわざ山狩りをする必要も無い。
「白いのと黒いので仲違いしてるんでしょ。連中、仲悪そうだったし」
がさりと茂みを鳴らして、洞窟に待機していた姫が顔を出した。
「姫様、前に出てこられずとも」
「あんなにうるさくされたら穴蔵に籠もってられないよ。 それにフィレンも居るんでしょ、あそこに」
遠い騒音の源の翠の燐光へと、姫は目を凝らす。
「はい、
「トーン09をボコボコにされても困るし、放っておく訳にはいかないわね。 とっ捕まえてノッコに言いつけてやらないと」
目を細めて騒音の源をひと睨みした姫は、じっとりとした視線をそのままペールへ向けた。
「なんか抜け駆けしようとしてる子の事もね」
「あ、えへ、へへ……」
俺の脇腹にぴったりとくっつく体勢だったペールが、そそくさと離れる。
ちょっと脇が涼しくなって寂しい。
ぷくーっと頬を膨らませた姫の金の猫目が、じろりとこちらを睨む。
「別に手を出したっていいんだけどね、それにしても順番ってものがあるでしょう?」
「そりゃあもう、俺は順番を違えたりしませんよ」
一番は陛下だ、その点を俺は間違えたりしない。
俺の言葉に姫は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そこちょっと詰めて話したい所なんだけど……」
姫が言い差した時、視界の端で蒼い光が閃いた。
トーン09の船首から放たれた光線が一直線に森を貫く。
「ぶっ放しやがった! トーロンめ!」
対艦用大出力レーザーの熱量にはさしもの難燃性の木々も耐えられず、たちまち炎が躍り上がる。
「姫様、避難を!」
実際に見るのは初めてだが、収拾した知識の中に山火事に触れたものがあった。
偵察拠点まで距離はあるとはいえ、制御されていない炎がどれほど暴れ回るかなど、全く予測不能だ。
甘く見て姫様が火の手に巻かれでもしたら、女王陛下に合わせる顔がない。
だが、姫様は決然と首を振った。
「それよりも船の確保が先! 発砲した以上、留守番が居るってバレた。
もうジャンプドライブが回復するまで時間稼ぎする余裕はないわ。 すぐにトーン09を押さえないと!」
「あ、危ないですよぉ!?」
裏返った声をあげるペールに姫は不敵な笑みを浮かべて応じる。
「危ないのは承知の上っていうか、船を確保しない方が危ないわ。
この要塞の木は燃えにくいみたいだけど、鎮火に当たるのはあのおちびちゃん達なんだし。
頼りになると思う?」
「それはまあ……」
コスト最優先で製造されたと思しきちびエルフ達は、背丈だけでなく何もかも足りていない。
露骨な「安かろう悪かろう」プランの産物によって運営されているエルフ要塞だ、安全面の期待をするのはそもそも間違いなのだろう。
だが、そんな連中でも奴らの頭脳担当が秘匿している技術はこちらの予想を超える部分があるし、バグセルカーを撃滅し続けてきたという実績もある。
間抜けな小動物染みた見た目とは裏腹に、侮る訳にはいかない恐るべき種族だ。
「では、トーン09に乗り込んだとして、その後はどうしますか。
ジャンプドライブが使えなければ袋の鼠ですよ」
「何よ、カーツだって判ってるんでしょ」
試すような俺の言葉に姫様は唇の端を上げて微笑んだ。
艶然と、獰猛に。
姫の笑みは戦意の証。
興奮に応じて白皙の肌に淡くナノマシンの燐光が浮かび上がっていた。
「ちょうどお誂え向きのがあるじゃない。
カーツ、フィレンと一緒にあれも回収しなさい」
「御意!」
次代のクイーンによる勅命だ。
俺の中に宿る彼女由来のナノマシンが、気炎を上げて奮い立つ。
総身に駆け巡る活力の赴くままに、俺は主の命を果たすべく駆け出した。
「なんて様だ、フィレン」
主命を帯びてフィレンに対峙した俺であったが、思いも寄らない方向の厳しい現実を突き付けられていた。
フィレンの虚ろに見開かれた両目の上、額を鉢巻きのように緑の茨が取り巻いている。
そこから伸びた棘が額に突き刺さっている辺り、あれがフィレンの意思を奪った拘束装置だろうと想像できた。
だが、それ以外、フィレンの全身に絡みつく緑の蔦の意味が本気で判らない。
エルフ流の拘束具だとしても、何故あんなに局部を強調するかのように縛り上げ、編み込む必要があるのか。
亀甲縛りと称するしかないその装束は、俺の感性からすると戦士に纏わせるには倒錯が過ぎて、いっそ冒涜であるとすら言えた。
「……その姿、見るに耐えん」
未熟なれど戦士の気概を持つ舎弟の誇りが、著しく汚されている。
姫の命に背く事になるが、いっそ脳天をカチ割ってやる方がフィレンの為になるのではないか。
舎弟へのせめてもの情けに、投石紐を回す指先へ力が籠もる。
先程の牽制の投石とは違う殺意を込めた一石を投じる前に声が掛けられた。
自意識を奪われたフィレンからではない、彼を操る仇敵の声だ。
「流石に船を壊されそうになれば出てきますか、逃げ隠れするだけではないのですね、オーク」
木々の向こうに姿を隠した色黒エルフの煽りに小さく舌を打つ。
「そっちこそ、ボウボウ燃えてんのに隠れん坊かい? ちび助達だけじゃあ火消しがおっつかないんじゃないかね」
山狩りの捜索隊を構成していたちびエルフ達が消火活動に当たっているが、まともに行動しているのは全体の2割ほど。
残りは火に怯えて竦んだり、パニックを起こして無意味に走り回ったりと大混乱の有様。
右往左往する部下に喝を入れて指示を与えるのが指揮官個体の役目なのだろうが、217とかいう色黒エルフはその役割を放り出していた。
「優先する事がありますもの。 やっと網に掛かった戦力候補、逃がす訳にはいきません」
茂みの何処かに身を潜めた217の姿は見えず、苛立ちを増幅させる声のみが響く。
虚ろな瞳のまま
ペールが居れば熱量の差からサーモグラフィー的に位置を割り出せるだろうか、いや、山火事が進行しつつある状況では熱源探知も難しいか。
俺の思案を他所に、身を隠したままの217はラインを超えた言葉を吐く。
「貴方だけでなく貴方の主君の能力も有効利用いたしますから。 貴方が来ている以上、彼女も近くに居るのでしょう?」
「よぅし、もう喋るなクソエルフ。 お前と相容れる事はねえよ」
フィレンに施したような処置が姫様にも行う、そう示唆しただけで最早こいつを許す理由など何もない。
怒気を帯びた俺の声音を217は鼻で笑う。
「拒否するのはご勝手に。 必要なのは貴方達の意思ではなく、肉体ですから。 さあ、やってしまいなさい!」
217の指示に応じ、フィレンは意思を奪われているとも思えぬ滑らかな動作で
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