第35話 お説教タイム

SIDE:戦士 カーツ


「むうぅっ……」


 平衡感覚を激しく掻き乱され、こみ上げてくる酩酊のような不快感を唸りと共に呑み下す。

 空間転移の際に三半規管が混乱する、いわゆるジャンプ酔いの症状だ。

 戦闘機パイロットとしても優れた素質を持つオークの三半規管にすら、船に固定されていない不安定な状態でのジャンプはダメージを与えていた。

 だが、トーン09を見失わなかったのは幸いだ。


「バラバラにジャンプアウトしなくて助かったぜ……」


 目の前に広がるダークグリーンの船体に安堵の吐息も漏れる。

 俺は『夜明けドーン』の下部武装腕から伸びるストリングスを巻き取った。

 眼の前でジャンプを発動される寸前に、電撃糸スタンストリングをトーン09に打ち込んでアンカー代わりに使ったのだ。

 無論、電流は流していない。


「こいつも千切れなくて助かったな、後で強度確認しないと」


 電撃糸スタンストリングはこのような係留索めいた使い方をする道具ではない。

 明らかに過大な負荷が掛かっている以上、詳細な検査は必須である。

 だが、それも全て後の話だ。

 俺はトーン09へコールを送った。


「カーツ! どうよどうよ! 凄いでしょ!」


 回線が開くなり、満面の笑みの姫様がどアップで映し出される。

 オペレーターシートのカメラに近寄りすぎていて、画面の7割が体格不相応なバストの北半球で埋まっていた。


「……誰がこの戦法、考えたんです?」


「あたし!」


 まあ、そうだとは思った。


「フィレン、居るか?」


「……ここに」


 ドヤ顔全開な姫の後ろから、フィレンの不愛想な声が聞こえる。


「何故止めなかった?」


「姫の勅命なれば。

 それと、あの状況で隊長達を回収するには他に手が無かったのも事実です」


 可愛げのない返答に舌打ちが漏れる。

 小言のひとつも言ってやろうと口を開き掛けた時、トーン08がジャンプアウトしてきた。


「まあいい、後はノッコ達も交えて話そう」


 どうせなら、説教要員は多い方がいい。


「そうね! ノッコとボンレーも褒めてくれるかな!」


「……そーですね」


 戦果に浮かれている姫様に対し、水を注す事もない。

 お説教は後回しだ。


「トーン09に着艦します。

 ああ、それとフィレン」


「……何でしょう」


「お前は俺の舎弟になったんだ、堅苦しく隊長なんて呼ばず、兄貴でいいんだぜ?」


 その瞬間の酢を飲んだようなフィレンの顔はなかなか見物であった。


「……隊長は隊長ですので」


 強情にそっぽを向いたフィレンに吹き出しながら、俺は『夜明けドーン』を着艦コースへ乗せた。






「なんでよう! なんでぇ!」


 先程までのご機嫌から急転直下、トーン09のブリッジで正座させられた姫は不機嫌全開でかんしゃくの声をあげる。


「……」


 正座させる事で一時的に高い視点を得たノッコは、冷たい瞳で姫を見下ろすと無言で脳天に拳骨を振り下ろした。


「いたあぁっ!?」


「何をする、ノッコ!」


 いきなりの実力行使にノッコへ詰め寄ろうとするフィレンの肩を掴む。


「なっ、隊長! あなたが止めるべきでしょう!」


「因果を含めてからだ、フィレン」


 ついで、二発目を振り上げているノッコの腕も掴んで止める。


「調子に乗ってる子は、叩かないと判らないよ」


「だとしても、お前は言葉が足りない」


 両手に捉えた母子を解放すると、涙目で脳天を擦っている姫様に視線を向ける。


「ううぅ、母様にだって打たれた事ないのにぃ……」


 まあ、あの御方はそういう事しないというか、できないタイプだろう。

 娘の駄々に眠たげな瞳を細めて困り顔を浮かべる女王の想像図が脳裏に浮かび、俺は思わず頬を緩ませかけた。

 だが、今はお説教タイムだ。

 意識して厳格な表情を作ると、片膝をついて姫と視線を合わせた。


「どうして怒られなきゃいけないって、御思いですね?」


「そうよ! 戦果を挙げて、みんな脱出できて、上手く行ったじゃない!」


「なるほど、思い違いをされておられる」


 俺の言葉に、姫は金の猫目を丸く見開いた。


「今回の略奪行において、略奪の成否そのものはどうでもいいんです。

 重要な事は、姫様に経験を積んでいただく事」


「じゃあ、勝って経験を積めたじゃない……」


 ほっぺたがぷくーと丸く膨らむ。

 そんな表情でも愛らしい姫様の頭を撫でながら続けた。


「積む経験にも良し悪しがあります。

 今回の勝利は姫様にとって『良くない』勝ち方の経験となってしまいました」 


 手のひらに小さなコブを感じる。

 ノッコめ、ちょっとやり過ぎだ。


「良くないって何よ、勝ったんならいいじゃない、負けるより」


「いいえ」


 俺は断固として首を振り、姫の言葉を否定した。


「一か八かの博打に命を掛けて良いのは、それしか持たぬ戦士のみ。

 姫様はそうではありません。

 戦士ではなく、将として勝たねばなりません」


 眉を寄せる姫様に、ゆっくりと言い聞かせる。


「何とか勝ちを拾うような危なげな勝利は、将たる者の勝利ではありません。

 そして、危険が勝るようなら、損切りをせねばならない時もあります。

 今回の戦力比ならば、我々の回収を諦めて離脱すべきでした」


「……カーツ達を置いてくのは、やだよ」


 唇をへの字に曲げて姫様は呟く。


「個人としてはありがたく存じます。

 ですが、覚えておいてください、我々全員よりも姫様の方が大事なのだと」


「……」


 納得いかない風情の姫だが、お説教をされてすぐさま実になる事がないのは、こちらも判っている。

 今の所は「叱られる事もある」とだけでも覚えていただければ上等だ。

 大人の言葉を自分なりに理解していく事もまた、重要な経験である。

 お説教はこの辺でよかろう。


「まあ、今回は間が悪くもありました。

 安全に襲える、手頃なターゲットを選んだつもりだったんですがね」


 オークはおつむの残念な種族だが、略奪に関しては本能に染みついていると言える程に熟達した種族でもある。

 トーン=テキンほどの大氏族ともなれば、偵察部隊を用意して獲物を吟味するくらいはやってのけるのだ。

 偵察部隊の持ち帰った情報から、防衛戦力が他所より少ないマイネティン星系の鉱山基地が姫のチュートリアルに選ばれたのである。

 だが、与しやすい獲物に目を付けた別のオーク氏族を見落としていたのは、実行指揮官である俺のミスだ。


「他所の略奪とカチ合った際の事を考えておらず、姫を危険に晒してしまいました。

 申し訳ありません」


「……いいよ、次からはもっと安全にやらなきゃって事でしょ」


 姫は小さく頷くと、にやっと笑った。


「安全に、美味しく略奪できるよう、考えるよ」


 悪戯を考えている悪ガキのような笑顔にちょっと不安が残るが、まあ、そこは言うまい。

 言質を取ったと悪だくみするのもまた経験である、多分。


「それでね、カーツ、今後の安全も考えると、アレを持って帰りたいんだけど」


 姫様はモニターを指さした。

 ジャンプに巻き込まれた結果、空間の歪みに斬首されてしまった護衛艦フリゲートの船首部分が映し出されている。


「アレをね、トーン09の舳先にくっつけたら、頑丈な装甲になると思うの」


「……えらく不細工になりませんかね」


 純然たる戦闘艦として作られた護衛艦フリゲートの装甲の分厚さは、輸送船などとは比べ物にならない事は確かだ。

 だが、護衛艦フリゲートの枠としては最大クラスだった艦の船首である、トーン09の船体よりも大きい。

 母なる星に存在したシュモクザメとかいう水棲生物にも似た、異形のシルエットになってしまうだろう。

 個人的には、どうにも格好悪いと感じてしまう。


「見た目なんてどうでもいいのよ、性能性能」


 姫はあっさりと言ってのけた。

 本人の美貌とは裏腹に、姫の美的センスは実にオーク的であった。

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