第四十七話「男装伯爵は元男娼に愛される」

「ち、近い…っ」


「…少なくとも俺のこと、信頼して受け入れてはくれてるよな…?」


「ノア…っ」


「…その先は?それ以上の想いは、ない…?」


「…っ、そ、そんなの、私には分からな――」


「――嘘つき。今のロイド、色っぽい顔してる」


「……!」


 心臓をぎゅっと握りしめられた感覚と同時に、唇を掠めた柔らかい感触。


 その直後に、沸騰しそうなほどの熱が身体の底から湧き上がってきて、ロイドの空色の瞳は生理的な涙で潤んだ。


「…嫌だった?」


「っ、」


 ノアの吐息がロイドの唇をくすぐる。


「…俺とのキス、嫌だった?」


「っ、…嫌じゃ…なかった…っ」


「――知ってる。ロイドの目がもっとって、さっきから俺に訴えてる」


「な――」


 抗議の声はノアの唇によって奪われて。先程よりもしっかりと重なるそれに、ロイドは自然と強請るようにノアの服を掴んでいた。


「――イイコト思いついた」


「っ、は…っ」


 余裕のある笑みを浮かべたノアに、ロイドは余裕のない返事を返す。


「俺の子を産んでくれ、ロイド――いや、サラ」


「…は!?」


 驚くロイドをよそに、ノアは満面の笑みのまま口を開く。


「それで俺たちの子を育てよう。表向きは養子として」


「ちょ…、何を言って…」


「表立って親子とは言えないかもしれないけど、ちゃんと愛情を注げば伝わるだろ。な、いい考えだろ?」


「っ、わあ!」


 そう言うやいなや、ロイドを横抱きにして抱き上げたノア。


 その向かう先は、ロイドの寝室。


「ちょっと待て!ノア!」


「待たない。サラが欲しくて堪らない。だから黙って俺に愛されて」


「…っ、ノア!」


 足早に寝室へと移されて、優しくベッドの上に乗せられて、最後の抵抗と言わんばかりにロイドが声を上げる。


「こんなこと…だめだ!」


「どうして?俺はロイドが好き。ロイドは俺が好き。そこに何の問題がある?」


「わ、私はまだノアが好きかどうかなんて…」


「そんな顔してまだそんなこと言うわけ?心配しなくても俺に抱かれれば、嫌でも自分の気持ちに気づくだろ」


「だ、抱か…っ」


「例え気づかなかったとしても、好きにさせる自信、あるし」


「……っ、」


 ノアの強気な態度にロイドは返す言葉もなく、顔を赤くしたままその口を無意味に開閉させていて。


 いつから自分のことを、とか、男の格好をしているのに気持ち悪くないのか、とか。聞きたいことはあるはずなのに、どの言葉もロイドの口から出ることはなかった。


 そして、次の瞬間には肌触りのいいシーツの上に押し倒され、唇を奪われていた。


「…ノ、ア…っ」


「――ん、イイ子。今は俺だけを感じて」


 頬を、首筋を、肩を、ノアに優しく撫でられたところから熱が広がってゆく。


 そうして口づけを落とされるたびに心と身体が震えて、ロイドは今まで感じたことのない温かな幸福感に包まれていた。


 ――ああ、そうか。


 ノアから与えられる熱に浮かされながら、ロイドはふと気づいた。


 自分がノアに感じた仄暗い気持ちも、心から安心できると思える気持ちも全て。他の者には決して感じ得ない、ノアにだけ抱く、特別な感情だったのだ、と。


 そして、その特別な感情に名前があるとするなら――。


「――ノア…っ」


「どうした?」


 名を呼べば、優しい眼差しが返ってくる。それがあれば、自分はどこまでも強くいられそうな気がする。ノアと一緒なら、なんでも乗り越えられそうな気がする。


 ――二人なら、怖いものなど何もない。


「ノア…っ、好き…っ」


「……っ!」


「ノア、が…っ、好きだ…っ」


「…悪い、優しくできそうにない。――俺も、サラが好きだ」


 この日、ロイドは初めて女として愛される喜びを知り、ノアは初めて愛する女を抱く喜びを知った。

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