第4話 アナラインメント・ライフ
燃えるドローンを蹴り飛ばして、呪いの人形メリーは宙に飛んだ。
ドローンが電磁放射で狙う。
メリーは電話機にささやく。地上の多脚車両がハックされて発話する。
『あたしメリーさん。電撃は効かないの』
射出された電撃が、メリーの体表を上滑りする。
青く光る文字列の残像が、空気中とメリーの体にまたたいた。
メリーは中空に、すっと手を伸ばし。
「積もる話はいろいろあるの。でもまずは落ち着いてからなの」
メリーの手をヴィネガーが引き寄せて、トネリコと一緒にかかえて、翼をはためかせた。
追おうとするドローンに対して、メリーは無表情のまま一声。
『あたしメリーさん。あたしを追っかけようとすると、方向音痴になるの』
多脚車両から発声されたメリーの声は、青くさざめく文字列になる。
ドローンはふらふらと行動が定まらなくなり、その隙にヴィネガーたちは飛び去っていった。
◆
都市を抜け、ゴーストタウンに来ても、変わらず空に星はない。
高い建物も見当たらず、しかしまばらにある廃墟はやはり漆黒で、紙細工のように繊細。
むき出しの地面も黒く、獣の爪跡のような裂け目がそこかしこに走り、時折ほのかに光る文字列が空中へと染み出してきて、霧散する。
遠く地平線の向こうに、ネオン光。
「……つまりなの、ヴィネガー。科学がオカルトをつまびらかにしていく過程で、オカルトを科学利用する技術が確立したの。
あたしはその技術を逆ハックして応用してるの、でも気をつけないと今の科学は不死の怪物だって殺すの」
「恐ろしい時代になったものだわ」
「ヴィネガーさんも、死ぬのは怖いですか」
「無意味に死ぬのが怖いのよ」
「生に飽いた不死者は、不死殺しにふさわしい英雄に殺されることを願うの」
打ち捨てられた、エネルギースタンド。
その下で休む、少女二人と人形。
ロボットのトネリコはジャンク品を再利用し、バッテリーを補充。水も確保し、循環冷却水を補充する。
吸血鬼ヴィネガーもトネリコと分け合って水を飲み、味の悪さに顔をしかめる。呪いの人形メリーは旧世代携帯電話機を脇に置き、最新型のカード型通信端末を用いてインターネットを確認した。
遠いネオン光をながめながら、ヴィネガーはたそがれるように、舌足らずな舌を転がした。
「長すぎる寿命に嫌気が差した時期は、私にもあったわ。いろんなものが私を置いて、いなくなってしまう。
けれど自分で死を選ぶなんてまっぴらごめん。私はそれより、十万年を生きる理由はこれなんだって信じられる、一瞬のきらめきを求めたいの」
トネリコはヴィネガーに、じっと視線を注いだ。
ヴィネガーはにんまりと微笑んだ。
「だから、トネリコ。あなたに出会えて、運命の人があなたで、本当によかったと思うわ。
ロボットだってこともむしろ、人間みたいに数十年ぽっちで死なずに、もっとずっと長く寄り添えるってことじゃない」
言われて、トネリコは虚をつかれたような顔をして、言いづらそうにうつむいた。
その様子を不思議そうに見るヴィネガーに、メリーはじとりとした目を向けて、それからトネリコに尋ねた。
「トネリコ、あなたブレインユニットは……」
「擬似生命式です。機械式じゃないです」
なんのことか分からないヴィネガーに、メリーは淡々と説明した。
「擬似生命ブレインユニットは機械式よりも繊細で情緒ある心を形成できる代わりに、いまだメンテナンス性やコピー技術に難のある製品なの。
耐用年数が過ぎたら、もう壊れるだけなの」
トネリコはヴィネガーに向き直った。
「わたしの耐用年数は、あと三年ほどです」
ヴィネガーは絶句した。
しばらく沈黙して、手で口を押さえて、こぼれてきた涙を慌ててぬぐった。
トネリコが気遣わしげに寄り添ってくるのを、ヴィネガーは首を振って制止した。
「あの、ごめんなさい、私……私が、知らずに勝手に期待しただけで……
ごめんなさい、知らずに無神経なこと、ごめんなさい……」
「違いますヴィネガーさん、大丈夫ですから、わたし傷ついたりしてませんし、あの……」
互いにうまく言えないまま寄り添う二人を、メリーは遠巻きにながめた。
「違う種族で恋をしようとしたりするから、そういう悲しい気持ちになるの」
それから少し、ふてくされたように。
「オカルトはオカルト同士で、恋をしていればよかったの」
しばらく、全員が沈黙して。
やがてメリーが、ぱちんとカード型通信端末をはじいて、立ち上がった。
「あたしはなんにせよ昔の縁で、ヴィネガー、あなたのやりたいことを叶えるために協力するの。
一緒に生きられる時間がどれだけだろうと、あなたはトネリコを助けたい、そうなの?」
問われて、ヴィネガーは目元をぬぐって、メリーを見すえて、力強くうなずいた。
メリーは人形らしい無表情のまま、手招きしてヴィネガーとトネリコを呼び寄せて、通信端末で得た情報を見せた。
「手紙を届ける相手の所在、きちんと確認しておこうと思ったの。その過程でどんな人物なのかと、トネリコ、あなたの
そうしたらトネリコ、ただの法令違反かと思ったら、思った以上のヤクモノが出てきたの」
知っていたの、とメリーはトネリコに目を向けて、トネリコはここまでは知らなかったと首を振った。
ヴィネガーは端末をのぞき込んで、得心した。
「トネリコの
そして恋をした相手は、政府の管理基準によって遺伝子的に劣等とレッテルされた、子孫を残すべきでないとされた人物……
あらあら、今の時代にまだうとい私でも、だいぶ刺激的な気配を感じるわ」
「国家転覆の起爆剤になりかねないの」
トネリコは緊迫した表情をして、ヴィネガーはいっそわくわくしたように口角を妖艶に吊り上げた。
その二人の前で、メリーは無表情のまま頭を下げた。
「そして、ごめんなの。こんなヤクモノが出てくると思わずに、甘い対策で情報通信してしまったの。
ハッキングされて、この場所が割れちゃったの」
三名全員で、見つめ合って。
遠くから、何かが飛来する気配があった。
ヴィネガーは二人をかかえて飛翔した。
それまで三人がいた地点に光爆が炸裂し、巨大な姿が着地した。
暗闇に溶けるその姿を、ヴィネガーは夜目を利かせて見すえた。
六本足。翼。昆虫の
全長は三十メートル四方。攻撃機能の射出装置がぐるりと設置される。
無限関節の自在に動く触腕が一本、尻尾のようににゅるりと伸びる。
ヴィネガーの感性はその形状を、首なしのドラゴンのようだと思った。
「あ、無理なの」
メリーがぽつりと言った。
「あたしあれ、勝てないの」
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