嫌われ宰相は出戻る

亜依朱

プロローグ「出戻って来ちゃいました」



「これは……困りましたね」



―青年は困っていた。


普段からおっとり気味と言われるが、思案して眉尻が下がっているせいで迷子になってぷるぷる震える子犬のように見える。

馬車が余裕ですれ違える程の道幅がある通りではあるが、道の端とはいえ先程から立ち止まり動かない青年は軽く……いやかなり浮いている。

通り過ぎる時にチラッと盗み見るならまだマシな方だろう、無言で視線を向けて行動を伺うのも分かる、だが殺気を飛ばしてくるのはやめて欲しい。


しかし、当の本人は困ったなと言うわりには慌てふためくような様子はない。

ただ静かに手を顎に当て目の前に広がる景色を眺めている。



眼前に拡がるのは異国情緒溢れるレンガ造りの街並み。

行き交う人々の服装は様々で、剣や槍や弓等武器を持った者から肩から足首までの長いローブを纏う者、見ただけでも高いんだろうなと分かるきらびやかなドレスを着飾るご婦人。

露店からは活気ある掛け声があちらこちらから聞こえてきている。

新鮮な瑞々しい果物、朝採ったばかりであろう野菜、紐に吊るされた数種類の肉。


ちょうど飯時なのだろう、露店で買った焼き串やパンを頬張っている者がチラホラ見かける。





どうしてこうなったのかまだ状況が掴めないが、1つ分かった事がある。




「……う~ん、これって所謂“異世界転移”ってやつですよね。……まさか転生に続いて転移するとは思わないよなぁ。……それに……」



首を傾げて深いため息をつく。


「…………出戻って来ちゃいましたね……」


俺自信は見たことがない景色だが、前世と言えばいいのだろうか……もう1人の自分の思い出?

色褪せることない見慣れた街並みに少しの安堵を感じる。



いつまでもこうしてられないので場所を移そう。


まぁ、あれから何年過ぎてるのか分からないが……街並みが記憶と差異がないのなら建物もだいたいの位置は変わらない筈。


まずは、情報収集と身分証確保のために彼処に行くとしますか。



青年は軽い足取りで石畳の道を進んでいく。


ここ最近激務続きだったし、軽く体動かしてゆっくり読書が出来れば最高なんだけどな……とぼんやりと思い描くのだった。


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