十九話 俺の味方なんて一人も居ない


「なんちゅう夢を見てんだ……」


 ホテルのテレビから流れるニュースの音で目を覚ます。

 いつの間にか夜になっていたのか、部屋が暗い。


 アオイロやスズランが帰って来ていたら灯りを点けてくれているはずなので、あいつらはまだ帰って来ていない。


 最近増えた泥……あれ泥だよな……? とにかく泥んこも含めてまだ何処かで何かをしているのだろう。

 アオイロに何をしているのか聞いても「内緒です」と言って教えてくれない。


「あいつなりに俺の事を心配してくれていんのか……?」


 あの日、公園でやらかして以降、アオイロが妙に俺に対して優しい。優し過ぎて気持ち悪いくらいだ。

 朝早い内からスズランと泥んこを連れて何処かに消えていく。そして、帰って来る時にご飯や日用品を買って帰って来てくれる。


 アオイロ達が何処かから連れて来た泥んこの件でも少し困っている。


 泥んこって呼びづらいので名前を付けようとしているが、名付けようとすると土の塊をぶつけて拒否してくる。泥んこがそんな事をする度にスズランが烈火の如く怒るが、それでも泥んこは頑なに名前を受け入れようとしない。

 たぶん……というか確実に懐かれていない。


 まあでもそりゃ、部屋に引き籠ってばかりの主なんて嫌いになるよなあ……。


 そんな事を考えながら、ベッドから立ち上がり、灯りを灯して買い溜めしておいた水を呷る。

 物凄い量の寝汗を掻いたのか、ベッドがびっしょりと濡れ、服も体に張り付いていた。


「はあああああ……」


 さっき見た悪夢も大概酷かった。


 偽物のアズモが俺に会いに来て、偽物のテリオ兄さんが俺の事を刺して、昔の知り合いにひたすらタコ殴りにされる夢。

 言葉にすると、自分でも何を言っているんだろうという気持ちになるくらいの夢だ。


 夢というのは突拍子がないもの……それは分かるのだが、それにしても凄い夢だった。


 ただ、少し疑問もある。


 ――あれは夢だったのだろうか……。


 夢を見たはずなのに、夢では無かったような気がしてならない。

 確かにシチュエーションはおかしなものだったが、痛みや臭い、温度などの五感で感じられる物がやけにリアルだった。


 それに夢で聞こえたあの声。


『力が欲しイカ?』


 公園で俺の脳内にそう語り掛けて来た声と同じ物だった。


 意識を失って寝てしまう前に聞こえて来た感情の籠っていない機械的な声。

 その声が無性にイラつき、我を忘れたように自傷行為に走ってしまった事を覚えている。


 ひたすら地面に頭を叩きつけ脳内に響く声を消そうとした。

 冷静になった今じゃ考えらないが、あの時はそうするのが正解だと本気で思っていた。


 きっとあれが、異形化時に聞こえる声……というものなのだろう。

 なんで人間である俺にあの声が聞こえたのかは分からないが、かつて学園で友達が聞いたと言っていた声と非常に似ている。

 ……そしてあれに耳を傾け、力を受け入れた者は暴走する。


 自分の持っている力ではどうしようもなく、心が慟哭した時にその声は頭の中に現れる。

 それに答えると理性と引き換えに望んだ力を手に入れ暴走……すると言われている。

 強靭な精神力があれば暴走せずに済むとも言われているがそれは稀。


 人型の魔物が持つ三つの能力のうちの一つである異形化とはそんな力だ。


「俺って人間だよな……。なんか順調に人間を辞めてきている気がするぞ……」


 ベッドの近くに置いてあったデジタル時計に目を向ける。

 7月18日、午前0時18分。

 日本とは書いてある数字も、言葉も、暦も何もかもが違うが、勝手に日本の物に変えて数えている。


 図書館でコラキさんから色々な事を教えてもらってから六日、異世界に戻って来てからは十七日が経った。

 もう直ぐ三週間が経とうとしているが、未だにこの街に留まったままだ。


 ……ただ、辛い現実から目を背けるのを止め、情報収集をするようになった。


「――ただいまの魂竜アズモ・ネスティマスの出現予想地はこちらになります。付近にお住まいの皆様は早めの避難を。お近くの役所や自治体、学校などで申請を行いますと天災避難用補助金や非常食が受け取れますので……」


 ちょうどテレビから件のニュースが流れる。


 六日前、図書館でコラキさんにアズモや竜王家の事を聞いた時は激しい眩暈がして倒れそうになったが、こうして現実と向き合うきっかけになった。

 あれから俺はずっと、テレビや動画サイトでそれっぽいニュースを漁って見続けている。


 文字では無く言葉で説明してくれるそれらは非常に重宝している。


 スイザウロ魔王国の現状や、天災竜となったアズモを取り上げているニュースの中には、良いニュースなんて何一つ無かった。


 天災竜となった魂竜アズモによる凄まじい被害、テリオ兄さんが組織の一員に含まれる国際的テロ組織の動向、竜王家次女がきっかけとなり始まった国を巻き込むレベルの竜王家の内乱。


 俺の知っている人が大事件を起こし、犯罪行為に身を染めていた。


 衝撃的で受け入れ難い現実に気分が悪くなり、この六日間で何回も吐いた。


 まず、アズモは俺と分かれた日に異形化していた。

 その時に見ないようにしていた時間の経過も把握した。


 今から十年前の6月27日。

 あと一月くらいで一学期が終わり、クラスの皆と夏に何をしようかなんて話していたあたりの日。

 各々の抱えた問題がその日で終わり、そこからの学園生活は楽しい物になるはずだった。


 そんな日に俺とアズモは引き離され、俺は元の世界に強制帰還、アズモは異形化した。


 ニュースで得た情報の中ではそれが一番辛くて一番回復するのに時間が掛かった。


 異形化時に学園の生徒、教師、保護者、見学者……その場に居た大勢の人達の魂を奪い、依然暴走中。

 異形化して俺の居なくなった肉体を捨てたアズモは、誰彼構わず魂を奪う天災へと成り果てていた。


 しかもだ。肉体を捨て魂だけの存在となったアズモには物理も魔法も何も効かず、捕らえる方法が存在しない。やり過ごす以外の方法が無いのだ。

 おまけに肉体を捨てた影響か、透明となり見えなくなったので何処に居るのかが全く分からない。行動パターンから推測して危険区域が随時更新されていくが、それでも未だに被害に遭う人が多い。魂竜はきまぐれ……コメンテーターの一人がそう表現していて、妙に納得した事を覚えている。


 世界をあてもなく彷徨いながら、生きとし生ける者全てから魂を奪い続けている。

 被害者数は250万人を超えた。

 その数には動物やモンスターの数が含まれていないので、アズモに囚われた者は合計で700万を超えると言われている。


 きっとアズモも俺の事を捜す旅をしている。十年という長い時間を一人で彷徨い続けている。……そんな気がした。



 次にテリオ兄さんが含まれるテロ組織。

 組織の名前は型無かたなしというようだ。

 とあるバラエティー番組の生放送中に、ゲストとして招かれたテリオ兄さんが突然司会者を襲いマイクを奪って自分達の組織名を世界にアピールした。


 普通そんな事が起こったら世界に行き渡る前に番組を切り上げて別の物を映すのだろうが、そうはならなかった。その時には既にテレビ局が型無という組織にジャックされていた。

 その時の映像は色んな人に保存され、放送事故として動画サイトにアップされている。


 番組が襲われ、テレビ局も容易にジャックした組織。

 テリオ兄さんが居ればそんな事は楽に行えてしまうのだろうが、この組織には一つ信条のような物があった。

 それは「不殺」というものだ。テレビ局襲撃事件の他にも様々な事件を起こしていたのだが、死傷者数が毎回0人。本人達がそう名乗っていた訳では無いが、その事柄から不殺のテロ組織なんて呼ばれていた。おかしな話だ。


 実際にこの組織が初めて起こしたテロ事件、魔王立スイザウロ学園襲撃事件ではこの組織によって殺された者は0人。アズモによって魂を奪われ寝たきりの人は多数居るが、型無による被害者数は0人なのだ。物は言いようだ、俺はそう思った。


 組織による実質的な被害は確かに0人だが、間接的な被害は勿論ある。


 型無が掲げている目的は「抑圧からの解放」。

 この組織は、魔物を異形化させる事を目的に活動を行っているおかしな組織なのだ。


 何を目的にそんな事をするのは全く分からない。大部分が謎に包まれて組織な為、動画サイトでは「型無の目的とは」「次に狙われるのはあの人」「型無のメンバー予想」など、まことしやかな噂が発信され密かに賑わっていた。


 最初の事件、魔王立スイザウロ学園襲撃事件ではアズモが狙われていた。それが世間一般での見方。

 だから今、アズモによって出ている被害も元を辿れば、全て型無に帰属する。


 アズモは何も悪く無い。悪いのは全部型無というテロ組織なんだ。


 ……ただ一つ、動画サイトを漁っていたら気になる物を見つけた。

 テリオ兄さんの顔が大きく表示されていた物を選んで再生したら流れたそれのタイトルは「テリオ・ネスティマス偽物説」。世間を騒がしているテロ組織で顔役を務めている竜王家の次男が実は偽物なんじゃないか、という説だ。

 俺は何かに縋りたくてそれを食い入るように見たが、信憑性を感じる事があった。


 これまたよく分からない存在が登場するのだが、この世界には「神」と呼ばれる者達が存在する。その中の一柱に「戦い好きの神」と呼ばれる神が居る。

 戦い好きの神は呼び名の通り戦いが好きな神で、強者が戦っていると何処からともなく現れ酒を片手に観戦する……という習性があるらしい。


 そんな怪しさ満点の神だが、その神は世界の至る所に石碑を作っているので存在は確かなのだ。


 石碑には戦い好きの神が考える、この世界で強い者の名が右上から順にランキング形式で載せられている。人間、魔物、精霊などの名が刻まれるそこには勿論竜王家の名前も刻まれている。


 そこの七番目に刻まれていたはずの「テリオ・ネスティマス」という文字。それがある時そこから消えており、探してみたら九十九番目に有ったという話。

 動画では何処かから拾ったと言われその証拠写真が出てきた。各地にある石碑はその後何者かによって壊され確認出来なくなったが、「型無が証拠隠滅の為に壊したので無いか」と考察されていた。


 俄かには信じ難いが、俺もテロ活動を行っているあれがテリオ兄さんとは思えないので、高評価だけしといた。



 最後に竜王家次女が起こした一家への反逆。

 この件については関係者の証言や、証拠が全くと言って良い程なく、全部噂止まりなのが正直なところだ。


 騒動の中心である竜王家の者が取材に応じないというのもあるのだが、その周辺に居る者も誰も何も言わない。

 強いて言うなら、動画サイトで親族を名乗る者が「この度は家族が申し訳ありませんでした」というふざけた動画を上げていたくらいだ。一回釣られて見てしまったが、見た事無い人がひたすら謝罪しているだけの動画だった。


 ……動機や目的といった情報は無い。無いのだが、確かに水面下で何かが行われている。

 それだけは、各地に住む竜王家の者の家やその周辺地域の被害から明らかだった。


 竜王家次女……。俺は一度だけ家で見た事がある。

 名前はイリス・ネスティマス。通称イリス姉さんだ。


 薄茶色の髪を腰まで伸ばした、背の高い姉さん。

 垂れた目と目元にある黒子が特徴的で、特殊な事情を抱えた俺とアズモにも優しく接してくれた人だ。

 イリス姉さんはかなり優しい人で、天災となって暴れ回っているエクセレの事を心配して親父に会いに来ていた。「姉さんが早く家に帰って来られたらいいね」なんて話していた気がする。


 一度しか会った事は無いが、そんな慈愛に満ちたイリス姉さんが国を巻き込む程の戦闘を行っているというのが俺は信じられなかった。



 ――俺が部屋に籠って得た情報はこんなところだ。


 六日消費した割には得た情報が少ないような気もするが、色々と一杯一杯だったのでこんなもんだろう。


 悪夢を見たのも今日が初めてでは無い。

 現実を知って行く度に、何度も受け止めきれなくなり、その度に心を休める為に睡眠を取った。


 俺には二度目のこの世界で頼れる人物が居ない。

 アズモが居たら、親父が居たら、友達が居たら変わったのかもしれないが、今の俺には知り合ってばかりの人達しか居ない。


 俺の味方なんて一人も居ない。……だから俺は、自分の精神を自分一人で保っていくしかない。


 許容量を超えない程度に現実を見て、辛くなったらそれが回復するまで休む。

 その間に程度の差はあれど、沢山の悪夢を見た。

 さっきはとりわけ酷い悪夢を見た。


 だが、それも今日で終わりだ。

 いつまでも引き籠っている訳にはいかない。

 情報を得た事で次にすれば良い事がなんとなくだが分かってきた。


「俺の知っている人に会いに行こう」


 アズモに会いに行く。その大きな目標を達成する前の目標。

 情報は得た、地理も少し分かった、スマホという便利なアイテムもゲットした。

 そろそろ誰かに会いに行くべきではないだろうか。


 忘れられてしまっているかもしれないという不安はあるが、それでも俺には皆に会いに行きたい。


 竜王家、学園の友達。アズモに近しい人からアズモの事について更に詳しく聞く。

 そうやってどんどんアズモに近づいて行く。


 問題はまだまだ山積みだ。だが、少しずつでも出来る事をやっていけばその内会える。


「つーか、風呂入らんとな……」


 決意したところで少しダサいかもしれないが、服が寝汗のせいで身体に張り付いていたのを思い出した。


 窓を開けて部屋の換気をしてから、洗面所に移動して服を脱ぐ。

 公園で暴走してからというもの、気のせいか洗面台の鏡に映る自分の身体の色が少し濃くなった気がする。服で隠れる部分、胸の辺りとかが特に変わった気がする。


 少し焼けたか……?


 なんて考えながら、ズボンを脱いでいたら脱衣所の扉がガラガラと開く。


「帰って来ましたよ! ますます良い身体になりましたね! 冒険者ランクを3に上げときました! まさか脱いでいるなんて思いませんでした! では、竜探しに行きましょう! 一緒にお風呂入って良いですか!」


 アオイロが勢いよく扉を開いて、訳の分からない事を言いながら脱衣所にズカズカと突入してきた。


「は……?」


 パンツにかけていた手が止まる。

 なんか色々言っていた気がするが、こいつは今何を言ったのだろうか?


「ナーン!」

「ぐぇっ!?」

「ゴギュ」

「わっ!」


 アオイロになんて言ったのかを聞き返す前に、スズランと泥んこがアオイロの事を土と草の中に閉じ込めて封印した。


「あー、まあ明日聞けば良いか……」

「ナーン」

「ん、一緒に入りたいのか?」

「ナン!」

「……ギュッギュッ!?」


 足元にスズランが頬擦りしてきて、泥んこがそんなスズランを俺から引き離そうとする。


「ナーン!」

「ギュゥギュゥ……」


 何故か分からないが、スズランが泥んことじゃれ始めた。


「仲良いなお前ら。良い友達が出来て良かったな、スズラン。泥んこはこれからもスズランと仲良くしてやってくれな」


 俺はじゃれつくスズランと泥んこを見てから、一人で風呂に入った。


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