第三四話 禁断のラヴってやつ?
「さて、今回のアルバイトの説明をするぞ」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「へーい、ばっちこい!」
僕と七緒さんが元気よく挨拶を……というか七緒さんの返事はそれどーなんだよ、と思うものだがまあいいや。
イグニスさんは目の前にあるモニターへと付近の地図を表示させると、手元のスマートフォンを使ってモニター上へと周辺の地図と文字情報を表示させていく。
「さて、勇武の授業でも学んでいると思うが改めて説明するぞ……通常ヒーローが経営する事務所におけるヒーロー活動は事務所が設置されている駅の周囲に限定されている」
モニター上に事務所を中心とした一〇キロメートル四方の円が描かれる……都内の小さな私鉄沿線ということもあってこの付近はほぼ住宅街と小さな繁華街などが広がっているが、だいたいこの一〇キロメートルという活動範囲が通常のヒーローによる治安維持活動の範囲として認められている。
イグニスさんがもう一度スマートフォンを操作すると、今僕らがきている事務所のある場所を中心に区内全域に広がるいくつかの青い点が表示され、先ほどの円が大きく広がる。
「この範囲を超えての活動は原則許可が必要だ、まあウチは周囲にある別のヒーロー事務所と連携しているので、区内全域での活動を許可されていて、この新しい円が我々の活動範囲として設定している」
「ずいぶん広いですね……」
「活動の許可は相互に行なっているので、小さな事件などでは別の事務所のヒーローにも同時に依頼がいくんだ、共同で活動をすることもできる。だから昔のヒーローみたいに小さな縄張りを巡って……みたいな事故が起きないようになっているよ」
子供の頃に聞いた話だが、ヒーロー事務所同士の活動範囲が厳密に設定されている頃は、活動許可範囲内で起きた犯罪を追って別の事務所の活動範囲へと入ってしまったヒーローが、その地域のヒーローと揉めたりなど様々な問題が発生したらしい。
そのお陰で法整備など含め様々な運用に関する規制緩和があったとか授業で教えてもらったが、当時のヒーローの中にも割と血気盛ん、乱暴者なども多く存在していて、民間人への被害なども相当に発生していたという。
少し年上の世代だとヒーローに被害を受けた人も存在していて、割と当たりが厳しいのだとか……確かに民間人に被害を出すヒーローはヴィランと何も変わりがないからな。
「今回にイグニスさん以外の他事務所の一級ヒーローが出てくることはありますか?」
「うちの事務所と提携している事務所は基本的に二級、三級のヒーローが所属する個人事務所が多い、うちがこの駅前にあるお陰で他の大規模事務所などは寄り付かないからな、割と活動としては楽させてもらっているよ」
「千裕っちは心配性だなあ……ウチは地域でも大手だよ、大手」
僕の質問にイグニスさんは首を振って理由を説明してくれたが、なぜか僕の隣で七緒さんのドヤ顔での補足が入る……うう、このまま放置していると完全に七緒さんペースにされてしまいそうだ。
イグニスさんはさらにモニターへと一人の人物のデータと顔写真を表示させる……それは二〇代くらい、僕らよりも年上の男性で、少し目つきの鋭い赤い髪が特徴の人物の写真だった。
「今回一緒に手伝ってほしいのはこの男性……ヴィラン、ポイズンクローの捜索だ」
「ポイズンクロー? 毒に関する
僕の疑問にイグニスさんは黙って頷く……一般的に僕ら勇武生だけでなく、民間人がヴィランの情報を手に入れることは難しい。
過去に逮捕、勾留されたことがあるヴィランだと能力が判明していることもあるが、一般的にはそのヴィランネームなどから推測するしかないが、現代社会において所持する
「ポイズンクローは文字通り毒を使用するヴィランと言われている、これは下っ端のチンピラがそう話していたから間違いない、どれだけの能力を持っているかは全くわからんが、現状この区内に潜伏していて、ウチに発見と捕縛の依頼が来たんだ」
「で、でもそれが準四級扱いの僕らを使う理由にはならないですよね?」
「そりゃそうだ、私が手伝ってほしいのは発見まで、捕縛というか戦闘は私や事務所所属のヒーローがやるし君らに戦えなんて言わないよ、そりゃ無茶だからね」
イグニスさんの説明によると、他の事務所のヒーローを使うことも考えたが、この捜索に全ての事務所を総動員してしまうと、別の犯罪発生時に対応が遅れることと、イグニス・ヒーロー事務所に所属しているヒーローの数では区内全域を抑えるには至らない、と判断したのだとか。
発見までなら、準四級の勇武生でも問題ないと
「危ない場所に行けなどとは言わないよ、繁華街や大通りなどを中心に君らは捜索をしてくれればいい、見つからなければそれはそれで仕方ないからね、それと戦闘は絶対に避けろ、いいな」
「……そういうことであれば、頑張ります」
イグニスさんが僕の返答に満足そうに頷く……僕は、戦闘はできればしたくない、と本音では思っている。僕の
「ライトニングレディが言ってたよ、秋楡くんは優しいから相手を倒すことを躊躇うってね、だから戦闘はさせないでくれって」
「……千景さん、あ、いやライトニングレディが?」
「ああ、そのまま言葉を伝えるなら『千裕は優しいままでいい、それもヒーローとしての強さの一つだ』ってね、愛されてるね」
イグニスさんが僕に微笑むが、なんだか恥ずかしいな……照れて少しこそばゆい気分になって苦笑いを浮かべてしまう。
千景さんに愛されてる……って表現はちょっと違う気がするな、どちらかというと弟か何かみたいな扱いな気がするし、千景さんからすると
だがしかし、その言葉を別の意味で捉えている人物が僕の横には存在しており、僕の方へそっと手をのせるとものすごい顔で僕を見つめる七緒さんと目が合う。
「ライトニングレディを千景さん呼ばわり? 千裕っちってライトニングレディのヒモかなんか?」
「違います……ライトニングレディは先生です……」
「私よくレディコミみるからさ……あれっしょ? 禁断のラヴってやつ? ど、どこまで行ったの? ねえ!」
めちゃくちゃ目を輝かせながら僕を見つめて、鼻息荒く僕の胸ぐらを掴んでぐいぐいと揺らす七緒さん……どうしてこの人はこんな恋愛話とか、ちょっとそっち系の話になると食いつくんだ……。
僕が完全に困り果ててイグニスさんをみると、彼女は軽く咳払いをすると手元のスマートフォンを操作してモニターに写っている情報を閉じた後、僕たちへと声をかけてきた。
「よし、そろそろ遊ぶのはやめて巡回に出るぞ……最初の一時間は私も一緒に歩くから、そこで巡回の方法などを教えていくよ、ほら早く出るぞ着替えな」
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