第二三話 廃ビルトレーニング
「では二人はこの廃ビルを使ったトレーニングに参加してもらう……このビルは訓練のために当校が建設したいわば仮想災害現場といったところだ、今までのヒーローたちが活動において特に困難なものを経験するために設計されている」
マッチョ先生が訓練場の中にある一〇階建ての少しくたびれたビルの前で説明を始める……東京にあるとはいえ、勇武高等学園は非常に広い敷地の中に様々な施設を有しており、訓練場にはこのような災害や救助などを想定した施設などもあるのだ、と転入時に説明されていたっけ。
僕の隣には海棠さんが不機嫌そうな顔で立っているが、ストレッチも正直大変だった……どこ触っているんだとか、わざとやってないかとか、いろいろ注文が多かった。
僕はというと初めて触れる女の子の柔らかな感触にドギマギしっぱなしで、彼女が嫌がらないように、そして変なところに触れないように必死だったのだが……それでもかなり怒られた。
「今回君たちには有事を想定してビル内を進んで三階まで上がり、そこで目標となる要救助者を救助してもらう……とはいっても無駄な人員はいないからな、三階にこのクマのぬいぐるみを置いてあるのでそれを回収、再び入り口まで戻ってくれば良い、それと必ず二人で行動しなさい」
マッチョ先生の言葉に、僕は頷く……が海棠さんは僕の顔を見てめちゃくちゃ嫌そうな表情を浮かべる……ってストレッチ前も同じ表情してたなこの人。
だけどまあ訓練ということで、海棠さんは軽くため息をつくと先生の言葉に頷く……まあ強くなりたいという願いは彼女も一緒だからな……意地を張っても仕方ないと思ったのだろう。
「秋楡……私の足を引っ張らないでよ?」
「あー、うん。努力します……」
マッチョ先生は大丈夫かなーと少し心配そうな顔をしているが、僕は先生に軽く頷く。なんやかんや言ってもちゃんと海棠さんは動いてくれるだろうし。
僕たちの準備が整ったと理解したのかマッチョ先生は手元に用意したストップウォッチを取り出すと、腕を振り上げて号令をかける。
その言葉と同時に、僕と海棠さんは矢のように走り出す……とはいえ
「よし、いけっ!」
「さて……入ったはいいけど階段を目指せばいいのかな?」
「……あそこに階段が見えてるわ」
僕らがまず入った一階は開けた空間になっていて、がらんどうの空間に所々補強された柱が立っている比較的開けた空間だった。
海棠さんが指し示す方向を見ると、柱の先に上へ向かっているコンクリートでできた無骨な階段が見えており、僕は彼女と顔を見合わせると頷いてそちらへと走り出す。
「先生がストップウォッチを持っていたのはクリア時間を測るためだね……できるだけ効率よく、早く回収を行おう」
僕と海棠さんは柱の影などに注意を払いつつ、進んでいく……が、何かが擦れるような音が響くと建物自体が微妙な振動とともに揺れ出す……。
な、なんだ? 僕と海棠さんは戦闘体制をとるが、階段の前にゆっくりともう一つの柱のようなものが地面から迫り出してくるのが見え、僕らは慌てて柱の影に隠れてその謎の物体の様子を見る。
「なんだ……あれ?」
「明らかに妨害用の人工物ね……」
反対側の柱の影に隠れている海棠さんが物陰から様子を伺いつつ、地面から迫り出した柱の方向を見ている。僕も影から少しその柱の方向を覗くが……嫌な予感がして鼻先を引っ込めた瞬間に目の前の柱がチュイン! と何かが擦れる音とともに弾け飛ぶ。
海棠さんがその音に驚いて僕へと警告を飛ばす……。
「秋楡ッ! 大丈夫?!」
「だ、大丈夫……何が飛んできたか見えた?」
「おそらくだけど、それなりの硬度があるゴム弾だと思うわ、ただ射出速度が尋常じゃない……」
入り口の方で射出されたらしい弾丸が壁に当たって跳ね返る音が響く……どうやら一階における妨害施設はこのゴム弾を発射する砲台……らしきものだろうか。
再び軽く柱の端から覗き込むように砲台を確認するが……その柱は他の柱と偽装するように見た目はコンクリート状に塗装されており、一見してわかりにくいようになっている。
ただ柱は天井まで伸びておらず、二メートル程度の大きさしかなく、中央に発射口のようなもの、そして先ほどは気が付かなかったが、センサーのようなものが常時あたりを確認しており忙しなく回転を続けている。
「海棠さん、僕が囮になるから
「……やってみるわ」
海棠さんが僕の提案に頷くと、腰に下げたボトル……試験の時はペットボトルを下げていたが、給水速度を上げるために形状の違う……自転車用途などで多く使われるスクイズボトルを取り出して軽く口に含んでいる。
食事をしている時に話していたが、ペットボトルと違って飲み口を口で引いて開けられるし、仕舞うことも楽なのだとか……。
軽く口元を拭うと海棠さんは手元に
「……頼んだよ!」
僕は呼吸を整えると、一気に柱の影から飛び出す……その動きに反応して砲台のセンサーが僕を捉えて赤く光ると、発射口からゴム弾が発射される……単発でしか発射できないようだが、その速度は尋常じゃない……僕は全身に
僕の拳の威力と、飛来するゴム弾の威力が相殺されパーンッ! という甲高い音を立てて空中で爆散する……砲台が再び発射を行おうとした次の瞬間、赤く光るセンサーに海棠さんの発射した
「
大きさが違うこともあるが、水でできているはずの
砲台の上部が完全に破壊され、中の機械や砲台の発射部分が露出し、水でショートしたのか何度か電流が走ると、そのまま軽く煙を上げて完全に動きを止める。
僕は軽く息を整えると、全身に巡らせた
「……秋楡、手を見せて……怪我してるじゃない」
「あ、あれ……ほんとだ……」
海棠さんが僕の右手を見て、優しく手のひらで持ち上げると腰につけたボトルから水を出して軽く皮膚の裂けた部分を洗い流していく……チリチリとした痛みを感じるが、彼女はそのまま懐よりハンカチを取り出して僕の右拳を優しく覆っていく。
されるがままにその行動を見ている僕だったが、ハンカチを巻き終わると彼女はそっと両手で僕の右手を優しく包み込んでから離す……。
「あ、ありがとう……拳が破けているなんて全然気が付かなかったよ」
「……お礼はまだ早いわよ、それに怪我をしたままだと訓練に支障があるでしょ」
「う、うん……」
海棠さんは少しだけ恥ずかしそうな顔で下を向くと、そのままくるりと階段方向へと向きを変えてゆっくりと歩き出す……僕は右手にほのかな暖かさを感じて少しの間手に巻かれたハンカチを眺めていたが、彼女が焦れたように僕に向かって声をかけてきたため、慌てて僕は階段の方向へと走り出す……少しだけだけど……そんな僕を見る海棠さんの表情がほんの少しだけ柔らかいような気がした。
「ちょっと、ボケっとしてないで早くいくわよ! 今回はパートナーなんだから一緒に動かないとダメよ」
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