第一五話 勇武転入試験 〇五
「なんで……なんで心が折れないの……もう降参してよ……ッ!」
海棠 伊万里は目の前で
この
「諦めなさいよ……! 痛いのは嫌でしょ……ッ! 早く諦めてよ!」
片手でペットボトルの水を口元に運びつつ、伊万里は千裕に容赦ない攻撃を加え続ける……指先に微妙なブレが生じ、千裕のこめかみに
歯を食いしばりながら耐えている千裕を見て、内心イライラする……なんで、なんで諦めないのッ! 伊万里は動揺から次第に集中力を失い始め、標準が微妙にズレていく。
もうこれ以上は大怪我をする可能性がある……まずい……本質的には気の優しい、戦闘に慣れているわけではない伊万里は、メッタ撃ちになっている千裕の状況を見て大きく動揺し、万が一の恐怖から指先が震え出す。
震える指先から放った
その瞬間、彼は大きく息を吸い込む……な、何をする気なの……? 彼の顔には気迫のようなものが篭っており、彼女をギラリと見つめる……伊万里はその強い意思を持つ目に一瞬気圧される。
次の瞬間、まるで超加速したかのように、それまで千裕が釘付けになっていた地点から姿を消す……何が起きたか分からずに、一瞬動きが止まった伊万里の左腹部に凄まじい衝撃が走り、痛みで彼女は悶絶する。
「か……かはっ……!」
真横に千裕が……先ほどまで
軋む腹筋と鈍い痛み……手に持っていたペットボトルを取り落とし、胃の中のものが逆流しそうになりながらも、伊万里は咄嗟に手のひらを広げて、散弾状に
接近戦用にショックウェーブと共に開発した
「う、うげええっ……グフッ……」
伊万里は軽く腹を抑えて吐き気をなんとか我慢する……涙が止まらない……何なの今のは……なんとか近づかれないように、
動揺から射線が定まらない……最初の動きで彼が通常の
さらにこちらの脚を止めるためのボディ攻撃……戦闘訓練をきちんと積んできている千裕との差……格闘戦向きの模擬戦相手の対策をしてきたはずだった、それでも一撃で簡単に優位がひっくり返る。
「……やられて……たまるかあああッ!」
「ごめん……海棠さん……でも僕も簡単に負けるわけにはいかないんだ……!」
千裕は肩で息をしつつ、こめかみから血を流しつつ戦闘態勢を整える……再びその場から超高速移動で伊万里の左側へと出現する……が、超高速移動は先ほどよりも速度が落ちており、伊万里は咄嗟に水の幕を作り出して千裕が放ったフックの威力ををその幕で包み込むように相殺させる。
千裕の放ったフックの威力で相殺された水の幕は爆散するように弾け、視界を遮られた千裕は思わず顔を覆うが、そこへ伊万里が右手で放った
「離れろおっ!」
「うがあッ!!」
直撃を受けた千裕の顔が苦痛に歪む……手加減できずにほぼフルパワーの
さらに伊万里はさらに
絶対に負けたくない……才能検査で本来とは違う
「……伊万里ぃッ! 手加減など考えるな! 今は全力を出し切るんだ! お前ならできるッ」
「へぇ……アンタそういう顔もできるんだね……その顔、嫌いじゃないよ?」
千景が立ち上がって叫んだ茅萱を見てニヤリと笑う……拳を握りしめた茅萱が黙ったまま再び椅子へと座ると、舌打ちをして不機嫌そうな表情を浮かべる。
彼女の
「伊万里、お前は……お前は優しすぎる……ヒーローとなったとしてヴィランはお前を殺しにかかってくるだろうが、お前は相手を最後まで追い詰めることができない……だから、勇武でお前が許せる
「……そりゃ不幸だね……あの子は本来もっと平和で、優しい
「そうだ……勇武へ転入させたいというのは俺の我儘かもしれないが、それでもあの
「……千裕もさ」
千景が急に表情を曇らせたのを見て茅萱は不思議そうに眉を顰める……豪放磊落、豪快で大雑把なイメージの強いライトニングレディが絶対に見せないような表情を浮かべていることに恐ろしく違和感を感じて、意外なものを見ている気分になっている。
ライトニングレディがこんな顔を……茅萱も雄蛭木も、そんな千景の顔を初めて見た気分で驚気を隠せない。
「……彼がどうした?」
「あいつ、めちゃくちゃ良いやつなんだよ、真面目で、臆病で、泣き虫で……多分アンタの可愛い弟子が霞むくらい、笑えるくらいの弱虫なんだ、それでもあいつも同じように戦うための力を手に入れてしまった……そしてそれをアタシが見つけちまった……最後まで足掻くしかねえんだ」
さっきから伊万里のボディを執拗に叩こうとしているのは千裕の性格的に女性の顔を殴ることができないからだろう……甘すぎる、さっきの一撃で顔面に叩き込めれば伊万里は気絶したかもしれないのだから。
そんな甘さで女性のヴィランと戦う時にどうするつもりだ、とは思うがそれでも彼は相手の顔を殴るなんてできないだろう。
でも、そんなヒーローがいても良いかもしれない……と千景は少しだけ思った。二ヶ月半近く千裕を見てきて、彼の良さ、直向きさは理解できている。
本質的な意味での彼の芯の強さも、そして彼の持つ
だからこそ、彼女も千裕を絶対に勇武に入れて育てたい、と思っているのだ……いつかくる今は姿を見せない巨悪との戦いのために。
千景は大きく息を吸うと、試験場で歯を食いしばっている千裕に聞こえるように叫んだ。
「千裕ーッ! 手加減するんじゃねえ、お前の前にいるのがヴィランだと思って全力で拳を叩きつけろ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます