【第二部完結】 天の神様の 言・う・と・お・り !

大崎へんり

第一部(カーリー編)

第1話 プロローグ ~ 哀しき操り人形

 僕がこちらの世界に来て2週間が過ぎた。

 まだ少し早いような気がするが、今日は初めて城壁から外に出て、本格的な実戦訓練に向かっている。

 なんでもコボルドが数匹、東の森の、この街のすぐそばで目撃され、駆除の依頼が教会にあったそうだ。

 

 僕の知るゲームに出てくるコボルドは、ちょっと犬っぽい、小柄な人型ザコモンスターだが、こっちでも弱い魔物の代名詞らしい。とはいえ、あくまで魔物相手であり、僕も一応慣れない武装をしている。

 

 僕が完璧な初心者ということもあり、4人パーティーのうち、今はもっとも安全な3番目を歩いている。

 正直残りの3人が、聖女とはいえ女性であることを踏まえると、先頭に立たないのは何となく恥ずかしい。

 まあ女性の活躍推進とかダイバーシティーとかの重要性が叫ばれる今日この頃だし、良しとしよう。

 ちなみにこちらの世界にそういう概念があるのかどうかは知らない。


 先頭を行く精悍な赤毛の戦士タイプ、カーリーは最近なぜかアリが怖いそうで、怯えながらも踏まないように気をつけながら歩いている。

 

 コボルドの目撃情報があった小道に入り、10分も進んだ頃だろうか、彼女が早くも前方にそれらしき影を見つけた。

 後ろ手に合図をし、一行を小道の横の岩陰に隠す。

 

 2番目を歩いていた、小柄な金髪のマイダが、背伸びをしながら道の先を見つめてささやいた。

「ちょっと話より数が多くない? 10匹はいるみたいだよ。レンレンどうする?」

 小首をかしげてブルーの瞳でこちらを見る仕草がちょっとあざとい。

 僕もマイダの頭越しに目を凝らすが、スマホで弱った視力では、何者かがこちらに進んでくるという程度しかわからなかった。

 

「私たちだけで駆除するのは厳しそうですね。でも、本部へ報告する情報も必要ですし、ここはこのままやり過ごして、様子を見ませんか?」

 最後尾の、いつ見てもぎょっとするほど美しいディーナが、風になびく長い黒髪を押さえながらそっと言った。


「あれくらいなら何とかなりそうな気もするが、まあレンレンもいることだし、安全策でいくか」

 カーリーが僕の方をちらりと見ながら同意すると、凛々しい顔を再びコボルドに向けた。

「ディーナ、コボルドどもは目が悪いが鼻は利く。風をいじれるか? マイダはみんなに幸運の守りを頼む。私はいい」

 カーリーの言葉に二人が頷き、小さな声で魔法の呪文を唱えた。


 幸い気づかれることはなく、コボルドの群れが僕たちの潜むすぐそばを通過していく。

 どうやらやり過ごすという判断は正解だったようだ。というのもやつらの数は10匹よりはるかに多く、しかも錆付いた汚らしい小剣などで、大半が武装している。

 

 ちなみにこの世界のコボルドたちは、ちゃんと二足歩行しているが、僕が想像していたよりもずっと「イヌみ」が強かった。

 群れの中には、シベリアンハスキーや秋田犬っぽい見た目の、やや大型のものから、ミニチュアダックスやチワワみたいな愛玩系までひととおり揃っている。

 

「犬っぽいな」

 僕が思わずひとりごちたのを、隣のマイダが聞きとがめた。

「犬だなんて! ワンちゃんと呼びなさい。ワタシ、長毛タイプのチワワが欲しかったのよね。1匹捕まえて持って帰ろうかしら」

 

 やめとけやめとけ、本物のチワワは甘噛みしながら空いた手でナイフを突き立てたりはしない。

 そんなことを考えながら、俺はわらわらと進むコボルトたちを無意識に数え続けた。25、26、27……。


  ピシャッ! ドッカーン!!


 突然目もくらむ閃光と爆発音が轟き、ビビりな僕は悲鳴を上げそうになった。

 見るとカーリーが、今まで身を隠していた岩の上に立ち、雷光をまとった剣を高く掲げ、勇ましく天を仰いでいる。コボルドたちはぎょっとして動けずにいるようだ。

 かっこいいですカーリーさん! でも、カーリーが怖がっていたアリの行列が、彼女の足の下敷きになっている。

「天啓だ! 天啓が下された‼︎」

「アリ踏んでますよ」

「えぇっ? ひっ! そ、そんなことよりミローク神のお告げだ。このまま隠れていても、レンレンがクシャミをしてコボルドどもに見つかり、我々は全滅する」

 というか、そもそもカーリーのド派手な演出?で、すでに我々は全コボルド的に注目のマトとなっている。

 やつらは茫然自失の体を脱して武器を構え、じりじりと間を詰めてきた。

「きゃーどうするのカーリー? チワワコボルドさん、金ならいくらでも払うわ! だからワタシは助けて‼︎」

 マイダが精霊魔法を準備するディーナの影の隠れながら、勝手なことを叫ぶ。

 

「安心しろ、神のお導きだ。レンレンお前の出番だぞ。『我、カーリーが神の御名みなにおいて命ず。汝、レンレンよ、すべての恐怖と苦痛を忘れ、あらん限りの力で聖なる刃を振るえ! 狂戦士化バーサーク』」


 カーリーがそう唱えて剣を鋭く払うと、剣先から雷光が飛び僕を打った。

 

「ちょっ、待っ……」

 突然僕は自分の体のコントロールを失うと、「グオゥー」と、とても自分とは思えない声で唸り、剣も抜かずに勝手にコボルドの群れに突進した。

 コワイコワイコワイコワイ、これが先週聞いた不随意系憑依魔法っていうやつか? どうするんだこれ⁇


 僕(の体)は、肩から激しくコボルトたちに体当たりし、ゴールデンレトリーバーのようなやつらをまとめて何匹かふっ飛ばした。「キャン!」と悲痛な鳴き声があがる。

 僕の方はというと、コボルドとぶつかった左肩に、骨折したんじゃないかと思わせる激痛が走り、少し気が遠くなった。

 

 だが、体の方は止まる気配を見せない。今度は小剣を抜きはなち、口の端から涎を垂らしながらケタケタと笑うと、身の安全も顧みず黒柴っぽい群れの真ん中に切り込んだ。

 ギクシャクとした不自然な動きでコボルドを切り伏せていくが、コボルドの刃も何度か僕をとらえ、あっという間にあちこち傷だらけになる。

 

 タスケテー、タスケテクレーと心の中で叫び続けていた僕は、たたき切ったつぶらな瞳のトイプードルの首が「キャイ――ン」と目の前を飛び、互いの鼻と鼻がぶつかったところで完全に気を失った。

 ああ、気の毒なトイプー……。




「レンレン起きてー!」

 その呼びかけよりも、刺すような全身の痛みで目が覚めると、3人が心配そうに僕をのぞき込んでいる。

 僕は気絶する前の状況をはっと思い出して「コ、コボルドは?」と口走った。

「安心してレンレン。アナタとカーリーが半分くらいやっつけたところで、慌てて退却したわ。というか、アナタがヨダレを垂らして白目でニタニタ笑いながら暴れまわるから、やつら完全に怯えてたわね。魔物って感情が分かりにくいけど、あのコボルドたちは絶対『キモッ!コワッ!』って顔をしてたわよ。実際アナタ本当にキモかったし。ふふふっ、いいもの見せてもらったわ」

 マイダが笑いながら言った。どうやら気を失ったあとも僕の身体は自動操縦で戦っていたらしい。考えたくもない。

 

「まあみんな無事でなにより。まだ昼前だが、戦闘と治癒で相当魔力も使ったし、今日は戻って本部に報告するか」

 カーリーの言葉に、僕はどこが無事だ! 勝手に人を化け物みたいに変えやがって、と憤慨しつつも無言でそろそろと起き上がった。

 恐る恐る自分の体を見回すと、血のりはベッタリとついているものの、確かに傷は治っているようだ。さすが聖女の治癒魔法である。

 

 とは言え、だいぶ失血したせいか、寒気と震えが止まらない。あるいはカーリーの預言が今頃発動したのか、派手にクシャミをすると、脇腹に鋭い痛みが走った。

 慌てて皮鎧の隙間のシャツをめくると、小さな汚い錆ナイフが突き刺さったままになっている。

 僕を刺す前にコボルドは何を切ったのか、刃の根本あたりにはぞっとするほど気味が悪い、黄緑色のテラテラとした粘液がくっついている。もう見ただけで破傷風に罹りそうだ。

 

「ごめんなさい、見落としていたみたいですね」

 ディーナがそっとナイフを引き抜いた。再びビリっと痛みが走り、僕は可及的速やかに、本日2度目の気絶の闇に、深く深く落ち込んでいった。


 最近の出来事が、暗転していく視界を走馬灯のように駆け巡る。

 やれやれ、またクシャミかよ……。僕が転生した原因も、元はと言えばクシャミだったな……。

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