16-5 ~ 軍事演習 ~


 コンサートを鑑賞した翌日は、警護官を含めた全都市民で行う、VRを用いた軍事演習の日である。

 勿論、全都市民と謳ってはいるものの参加は市民の自由であって強制ではない……少なくともこの未来社会では徴兵制は失われて久しいし、そもそも自由意志の侵害は重罪になる数々の法案があり、それを超える権限を持つのはだったりするのだが。

 当然のことながら、そんな強権を振りかざすこともなく自由意志で参加を募った結果として、全都市民の95%を超える女性が参加の意思を表明している。

 ついでに言うと、軍事演習とは銘打っているものの、コレは単に「市長と一緒に都市間戦争に似たゲームをやろう」というイベントでしかない。

 ちなみに不参加者で最も有名なのは正妻ウィーフェであるリリス嬢だろう。

 彼女が今海上都市の拡張プラン実行のため全力稼働中であり、それ以外のイベントにはあまり参加していない。

 勃起祭りの辺りから、嫉妬に駆られた市民たちに優先的に狙われてしまい、前のゲーム時に下着全開でひっくり返ったのを恥じている……という理由も存在しているのだが。

 それは兎も角として……


「相変わらず戦闘を舐め腐った格好だよなぁ、コイツら」


 周囲を見渡した俺は、思わずそう呟いてしまう。

 俺がそう呟いたのも、周囲の女性たちの服装はミニスカにビキニ……最近になって流石に全裸はいなくなったものの、未だに軍事演習をしているとは思えない格好の奴らばかりだったのだから。


「何か言いましたか、市長?」


「……いや」


 厳正な抽選によって今回のイベント中は俺の専属警護官となったユーミカさんがそう問いかけるものの、先ほどの呟きはただの独り言でしかなく、俺は首を横に振って見せる。

 事実、一般参加者たちの格好はネットゲームか何かのイベントとしか思えない有様ではあるのだが、現状においてそれほどの不都合は存在していない。

 何しろこの未来社会では仮想障壁という技術があるから、である。

 

 ──ぶっちゃけ、防護服なんて欠片の役にも立たないからなぁ。


 技術発展の歴史を考えるまでもなく、防御力よりも攻撃力の発展の方が早いのが世の常である……とは言え、この時代においてはもう防弾チョッキどころか人が乗り込むロボット擬きのバトルスーツですら、紙切れとそう大差ないという現実がある。

 いや、バトルスーツどころか戦車や戦艦の装甲すらも個人の持つ携行兵器で破れてしまうほどであり……事実、この前のテロリスト騒ぎの時に借り物の艦隊があっさりと沈められたことは記憶に新しい。

 そんな携行兵器に対抗するための手段が仮想障壁であり、使用に凄まじい電力を消費するのだが……仮想障壁は取りあえず置いておいて。

 防弾チョッキやバトルスーツそのものの防御力が期待できない以上、服装を身軽にすることはそう間違ったことではなく、彼女たちが軽装になりたがるのも別におかしなことではないのが、この未来社会の現実である。

 そうした事情がある以上、服装に拘るよりも携行用の仮想障壁やそのためのバッテリーを所持して身を固めるのは間違いではないのだが……流石にそれすら持たないのは頭がおかしいとしか言いようがない。

 しかも、だ。


「……いい加減、慣れてくれよ」


 俺の存在に気付いた途端、スカートをめくってパンツを見せつけてきたり、上着をめくってそれなりの大きさの胸部装甲を見せつけたりと、市民たちが性的なアピールをしてくるのはどうにかならないものか。

 既に数回は合同演習をしているのだから、もう慣れてくれても良いと思うのだが。


「無理じゃないでしょうか?

 恐らくですが、男性と共に遊ぶ幸運に慣れるのに、数ヶ月は要することでしょう」


 女性たちが見せつけてくれた黒と白の下着に目を奪われてしまった俺の口から零れ出たその呟きに、ユーミカさんが静かにそう言葉を返す。

 そのユーミカさん自身は、身体の線すら分からないほど分厚い戦闘服、肘と膝を覆うプロテクター、指の形も分からないほど厚手のグローブに加え、きっちりと防弾チョッキを着込んだ上に、鉄板ならぬ合金板が仕込んである分厚い革のブーツ、眼球周辺を護るプロテクターに野暮ったいまでに分厚いヘルメット、右手には軽機関銃っぽい光学兵器、左手には仮想障壁の盾を持ち、腰にはナイフとハンドグレネードまで用意しているという……まさに警護官という出で立ちであった。

 その色気の全く感じられない格好を目の当たりにした俺は、逆に彼女をこそ凝視してしまう。


 ──やっぱ戦場では、こういう格好の方が良いよなぁ。


 周りのビキニやら水着やらミニスカやらは……確かに目の保養にはなるし、俺もそういうエロスは大好きではあるけれども、残念ながらそんな女性たちばかりが目に入ると、戦場と言うよりは「お色気ネタ装備が満載になってきた末期ネトゲの空間」としか思えなくなってくる。

 そもそも今の俺はエロいことをしに来ている訳じゃなく、戦闘をしに来ている訳なのだから、あまりに露出が多いのは……いや、戦場感を失わせてしまう格好はノーサンキューなのだ。

 尤も、じわじわと俺の脳みそが煩悩に侵食されているのは確実らしく、ユーミカさんの戦闘服をどうやって脱がそうかと数秒間脳内で検討してしまった訳だが。


「……な、何か問題ありましたでしょうか、市長?」


 そんな俺の視線に気付いたユーミカさんは、酷く不安げな表情を浮かべて自分の装備を見返し始める。

 それは明らかに場違いな格好をしてきた自分を不安に思うものであり……まさか自分が男性である俺からエロい視線を向けられているとは考えたこともない人間の取る行動だった。

 まぁ、確かに言われてみれば、周りがミニスカやら水着やらという格好をしている中で一人だけフル装備をしていると、「自分こそが空気の読めないヤツだ」と不安に思ってもおかしくはない。


 ──実は年齢的には一番好みなんだよなぁ。


 冷凍保存される前の俺が一体何歳だったのか正確には覚えてはいないものの……確か40歳前後だったような覚えがある。

 そう考えると、38歳という彼女は俺よりも少し下くらいであり……実のところ、俺からしてみると性的な対象として一番意識している相手だったりする。

 まぁ、俺の好みなんてストライクゾーンが広すぎてあってないようなものではあるのだが……ちなみに、最も距離の近い正妻ウィーフェであるリリス嬢は、ちょっとばかり若すぎて性的対象として見ることが少しばかり気が咎めてしまうのが実情だった。

 閑話休題。

 兎に角、今はそんな俺の性的嗜好云々を脳内で語っている場合ではない。

 ……何しろ、自分の格好に自信を失ったユーミカさんが、俺の目の前で防弾チョッキの装備を外すべく手が彷徨わせ始めたのだから。

 このままだと血と硝酸と鋼鉄の臭いに噎せ返るような俺の戦場が、ミニスカと水着ばかりの萌えキャラアニメによって完全に侵食されてしまう。


「いや、やっぱ戦場はそういう服じゃないとな」


「で、ですよね。

 市民の方々は命よりも市長の目に留まることを優先しているようですが……」


 そんな俺のフォローは何とか間に合ったらしく、ユーミカさんは大きく息を吐き出して胸を撫で下ろしていた。

 それでも彼女のような戦闘ガチ勢を増やしたかった俺は、自分なりに彼女の恰好を褒めるべく、親愛の情を込めて右手で彼女の尻を引っぱたく。


「これからもそのままで頑張ってくれ」


「……うひゃぉっ?」


 尤も、そのスキンシップは残念ながら少しばかり効き過ぎたようで……38歳にもなる筈のユーミカさんはセクハラに敏感な若い女性社員みたいな悲鳴を上げた上に、周囲の女性陣からの視線が一気に突き刺さり……。

 その日の戦闘は、何と言うか、俺のいる陣営の女性たちは全く連携が取れず……久々に手痛い敗北を喫してしまうのだった。


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