16-3 ~ 資材調達 ~


 結果として、一晩寝ただけで資材調達の目途は立ったらしい。


「……済まないが、もう一度言ってくれないか?」


「ですから、人口減が著しい都市に向け資材の売買を持ちかけただけです。

 都市の縮小自体はそこまで珍しいことではありませんので」


 これは彼女が魔法を使った訳でも奇跡が起きた訳でもなくて……正妻ウィーフェリリスが一晩でやってくれました、というヤツだ。

 実際、俺がBQCO脳内量子通信器官で検索したところによると、昨晩の内に正妻ウィーフェリリスから52都市への通話記録が行われている。

 ファイル付きのメールに至っては17件で、それらの添付ファイルは主に「都市縮小補助申請一式」「資材売買の基本額」「解体工事計画」である。


 ──これ、要するに他所の都市の仕事……


 早い話、我が正妻ウィーフェ様は、資材を持っている他の都市に売り込みをかけたのだ。

 流れとしては恐らくこうだろう。

 「貴女の都市は人口減が進み維持費が嵩んでいますよね」と他都市の正妻ウィーフェに連絡、政府の補助金つきの都市縮小計画と共に、資材の販売ルートと適正価格を提示……その上で「この都市ならばこういう工事を行えば良いでしょう」という素案まで付けたのだろう。

 いくら進んだ科学技術によって仕事の効率が上がっているとは言え、彼女は自分の管轄以外の仕事まで引き受けたのだから、つい「そこまでやるか?」と言いたくなる。

 そして……それらのメールを見てに気付いた俺は、まず彼女の『働き過ぎ』を咎めることにした。


「メール送信時間が業務時間外なので、罰則適用だな。

 これでまたご褒美が遠ざかりました」


「……そんなー」


 資材調達に一晩で目途を立てた彼女の功績は認めてはいるものの……正妻ウィーフェ様の超過労働が確認されたので、罪は罪として処理させてもらうことにする。

 簡単に言うとご褒美を与えると約束していた人口14,641人が、1割増の16,105人になってしまっただけの話である。

 当のリリス嬢は酷く悲しそうな顔をしてこちらを見つめているが……残念なことにこればっかりは譲る訳にはいかないのだ。

 何しろ、正妻ウィーフェたちは「愛に殉じた奴隷」なんて異名があるほどに労働が好きな傾向にあり……放っておいたら本気で愛に殉じて過労死しかねない。

 残念ながら俺には、正妻ウィーフェを過労死させて次々若い女を囲うような趣味がない以上、もっともっと長い間リリス嬢には頑張ってもらわないといけないのである。

 

「それで、相手方はそれを受け入れたと?」


 そして、人を上手く使うためには信賞必罰が……問題行動に罰を与えた後は、賞を与えるため話を聞くことも必要だろう。


「え、ええ、ええ、勿論です。

 自分たちという売り手がいる今、資材価格は通常よりも高額で、しかも絶対に売れることが保証されておりますので……彼女たちの都市の財政事情を考えると飛びつかない訳がありません」


 そう考えて口にした俺の質問に対し、正妻ウィーフェ様が得意気にそう答えるのを眺めつつ……俺はとある一つの疑問を抱かざるを得なかった。


 ──確かにリリスこの子は有能だ。

 ──だけど、取引相手も正妻ウィーフェだろ?


 我が正妻ウィーフェのリリス嬢が優秀であることに疑問は持たないものの、だからと言って彼女がと言うと、そこまで身贔屓する気になれはしない。

 そもそも、正妻ウィーフェとは現人類の上澄み……11万人に1人だけがなれるという超特権階級であり、それは美貌のみならず頭脳も交渉力も持ち合わせている、世界最高峰のエリート集団である。

 そんな優秀な存在が、自らの経営する都市が財政難に陥っている状況にありながら、リリスがたった一晩で仕上げるような書類や計画を作り上げられないものだろうか?


 ──何か、裏がある、のか?


 取り合えず困った時はBQCO脳内量子通信器官に頼る。

 コンマ数秒でその結論に至った俺は、順当にこの未来社会に適応し始めていると言えるだろう。

 ……このことが思考力や記憶力の低下を意味しなければいいのだが。

 そんな要らぬことを考えつつもBQCO脳内量子通信器官で検索し終えた俺は、その検索結果を吟味し、大きく息を吐き出した。


「……そりゃそうだ」


 先の疑問への答えは、言ってしまえば実に簡単な話だった。

 幼少期、凄まじい努力を重ね競争を勝ち抜くことによって、正妻ウィーフェたちは素晴らしい能力を有し、男性の隣に侍ることとなる。

 それらの努力全ては、ただ「男性の近くで働きたい」という一心から積み重ねられたものだ。

 ……だけど。

 当の正妻ウィーフェになれたとしても、男性からの寵愛を受けられるのは3割程度……しかもそれすらも基本でしかない。

 男性はそもそも女性を嫌っているし、正妻ウィーフェの働きを認めてくれる男性なんてろくにいない……その上、性行為どころか会話もない環境下で、果たして優秀な正妻ウィーフェたちは優秀さを保っていられるだろうか?


 ──答えは、否、だ。


 男性のために必死に頑張ったのに、当の男性からの寵愛を受けられないことでやる気を完全に失ってしまった正妻ウィーフェたちは、他の女性たちと同じように恋愛や創作、食事を始めとするにのめりこみながら、正妻ウィーフェとして最低限の義務だけを果たす存在に……優秀ではあるけれど最盛期より格段劣り、しかもやる気すらない存在へと落ちぶれてしまうのだ。

 ついでに言うと、そうなり果ててしまったことで、男性からは「見る価値なし」と判断され、ますます関心が遠ざかり……という負のスパイラルに陥っているようである。


 ──哀れな話だ。


 俺は軽く目を閉じると、愛に殉じようとしたのに全く報われない彼女たち正妻ウィーフェという存在に黙とうを捧げる。

 かと言って、彼女たちを助けるために人妻を片っ端から寝取るような真似なんざ、しようとは思わないけれども。

 ……もし俺にがあった場合、やろうと思えばできそうなのが、この男不足が極まった未来社会の怖さではあるのだが。

 それは兎も角、そうして最低限の義務だけ果たしている中、赤字の解消案ばかりでなく、中央政府への補助申請やら何やら……要するに面倒ごとを一手に引き受けてくれる存在が出て来たとしたら、それはすぐさま飛びつくだろう。

 結果として、我が正妻ウィーフェはたったの一晩で資材不足に悩む我が都市の問題を解決してしまった、という訳である。


 ──それが本当に良いことなのかは、まだ疑問なんだけどな。


 実際の話として、俺自身はこれ以上海上都市『クリオネ』の人口が増えることをそれほど望んではおらず……ついでに言ってしまうと、我が正妻ウィーフェがこれ以上仕事を増やすことにも反対しているのだから。

 まぁ、それでも……こんな俺の子供を産みたいと言っている女性たちを待たせるのも、あまり良い気分ではないのだから、彼女の頑張りについて表立って反対する気もないのだが。


「なら、暫くは都市の開発を見届けるだけになるってことか。

 よく働いてくれた」


「は、はいっ!

 け、計画上では、あと20日ほどの間、資材調達と海中部分の建造を進めますっ!」


 そんな葛藤の末に出た、酷く上から目線の俺の呟きに、我が正妻ウィーフェは声を弾ませながら、嬉々として眼前に数枚の仮想モニタを展開し、現在の都市と都市の未来予想図を重ね合わせた画像を見せつけてくれた。

 ざっと目を通してみると、それらの画像全てが海上都市『クリオネ』を様々な角度から映し出した立体画像……実際の写真データを張り合わせた立体画像が現在の都市であり、ほぼ実際の写真と大差ないものの透過しているのが未来の計画図だろう。

 そして、赤く点滅している箇所が現在工事中の場所か。

 どの建造物がどういう意味を持っているのか、どういう工法で造られているのかなんて専門的な知識はさっぱり分からないものの……いまだはっきりとしない過去の経験からか、それらの画像の意図くらいは直感的に理解できた。


「また、都市の電力量が不足する恐れがありますので、新たな発電所を一基設置する計画ですが……核融合炉の方は、10日ほど前に衛星軌道上の都市に発注、既に本体は完成しており、後はを待つだけの状態です。

 核融合炉本体の据え付けが終われば、後は他の建築物と大差ありませんので、数日で完成する予定となります」


「……投下、ねぇ。

 よくぶっ壊れないものだなぁ」


 正妻ウィーフェが語る都市開発プランの中の、俺の想像を簡単に超える未来の無茶苦茶な物資輸送法に、俺はただそう呟くことしか出来なかった。

 ちなみにBQCO脳内量子通信器官が勝手に検索してくれた内容ではあるが、水の抵抗を中和しながら海中を運んだり、のんびり陸上やら海上やらを輸送したりするよりも、「抵抗のない衛星軌道上で凡その位置を決めた後、基本は自由落下に任せつつも重力緩和装置で速度をある程度に抑え、更に仮想障壁を使うことで資材の破損を防ぐ」という輸送法が、エネルギー的な消費は少なくて済むし、時間の圧縮も可能……要するにトータルコストはかからない、とのことだった。

 詳しい話や細かい技術なんかはさっぱり分からないものの……『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』という言葉の証明を、またしても見せつけられた瞬間である。


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