第65話 試食会の時に起きた出来事は
そして、私以外誰もいなくなった。静かな教室の中、一人想いにふける。
とはいえ、何を考えればいいのか。何だかとんでもないことが次々に起こり、とんでもないことを次々聞かされて頭の中情報の渦で脳みそが呑み込まれている様な感覚になる。
少し考えるべきことを纏めてみよう。
まずは、先週の金曜日。エリナが屋上から転落した。彼女は許可なく鍵を持ち出して屋上へ立ち入ったとみられる。転落時間は十七時三十分前後。そして私はまさに彼女が落ちる瞬間を目撃して意識を失った。
彼女の転落原因は今の所不明。但し、転落前におかしな行動をとっている。
屋上前に靴を脱ぎ靴下で柵までたどり着き転落。しかも、その際には三角巾とゴム手袋を身に付けていた。
これだけでもいくつかの謎がある。まず、何故彼女は屋上に上がったのか。
一番シンプルで単純な答えは自ら命を絶つためという事になる。が、だとしても飛び降りる為に屋上へ上がる必要はあったのか。すぐ下の階の四階のどこかからでも十分飛び降りには足りる気がする。自らの意志で落ちたとしたら何故屋上を選んだのかが謎だ。
では、他の理由はどうだろう。鍵のかかった屋上の特徴として考えられるのは人目に触れないという事じゃないか。ならば考えられる目的は例えば密会。
密会、それは甘い恋愛絡みのロマンスめいた雰囲気も感じられる言葉だ。となると目的はつまり恋人と待ち合わせする事だったという事になる。しかも、それは不倫などの余り他人に知られたくないもの同士という意味でもある。学校内で考えられるのは、例えば相手が教師だったなどが考えられる。
でもこれが、宮前麻衣だったら校長や他の教師との間でそういう事があってもまだ想像できるが、エリナに限って流石に無いと想う。
ならば、他の理由として何が考えられるか。例えば他の人に聞かれたらまずい話をする為に呼び出したとかか。
そんな事を考えていた時、ガラガラガラと扉の開く音が聞こえた。思考を中断してそちらに目をやると先ほど教室から出て行ったありさが入ってくるのが目に入った。
「お疲れー。終わったの?」
私は大分憔悴しきった様子の彼女に敢えて軽く声を掛けてみる。
「ああ、うん。私は終わったよ。でも、まさか先週に引き続いて二回も警察に話聞かれるなんてさ」
「そっか。ありさもあの日話聞かれたんだね」
エリナの転落時、ありさは香やしょう子と校内にまだ居た筈だ。
「うん。エリナの落ちた後も少し目に入っちゃったし、彼女家政科室にも来てたからね」
「そういえばクレープの試食してたんだったね」
私は香から聞いた話を思い出す。確かその試食会にエリナも少しだけ参加したと言っていた。
「本当はさトーコも誘おうと想ったんだけど見当たらなくって、ごめんね」
「全然それはいいよ。寧ろやっておいてもらってありがたいくらいだよ」
私がそう返すと彼女は一瞬顔を緩ませた。
「そう? えへへ……。あ、でも、文化祭もどうなるんだろね」
「ああ、そうか、そうだね……」
文化祭は来月に迫っている。しかし、校内で女子生徒一人、教師二人が亡くなるという異常事態が起きてしまった。この状態で文化祭なんか開けるのだろうか。
「エリナも言ってたよ。【文化祭楽しみだね】ってなのになんで……」
私に言った言葉をエリナは家政科室で言っていた様だ。ありさはその姿を頭に思い浮かべたのだろう、一瞬言葉を詰まらせる。
「ああ、私も聞いたよ。それ」
私もそれを言ったエリナの姿を思い出し、少し切なくなった。
「ああ、それからあの時フル先も顔を出したんだよね」
「フル先が?」
確かフル先はあの日理科準備室で仕事をしていたんじゃなかったっけ。
「うん。ほら、理科準備室って家政科室の隣じゃん。誰でも入れるように扉あけ放ってたの。で、トイレ行くときに前通ったのを香が気づいて声かけたのよ」
部屋の並びとしては一番奥が理科室、隣が理科準備室、そして家政科室という並びだ。
みんな扉に一番近いテーブルに陣取っていたので前に人が通れば気づいて当然だ。
「そっか……」
私は一瞬【楽しそうで何よりだね】と言いかけてその言葉を呑み込んだ。今日のフル先の事を考えればそんな言葉は相応しくない事にきづいたからだ。
「で、みんな十七時二十分くらいまでいたんだって?」
「まあ、みんなっていうか、私と香にしょう子が最期まで片付けで残った感じ。で、全部終わったから一応フル先に声かけようと想って準備室覗いたら、何か電話かけてたんだよね」
「ああ、私もそんな話聞いたな」
十七時から熊谷先生と電話で話をしていたんだっけ。そんを思い出していると、ありさが更に話し出したが、
「で、三人連れだって下に降りたら……」
私は途中で止まった言葉にすぐ気づいた。その時エリナが転落したということだ。
「うん。いいよ、それ以上は。ありがとう」
想えば今日彼女は二人の教師の死体を見てしまっている。相当な心労があった筈だ。それにも関わらず長々と話をしてしまった。何だか申し訳なく感じる。
「ううん。何か頭がごちゃごちゃしてたからさ、警察に話きかれただけで終わってたらもやもやしっぱなしだったと想う。こっちこそトーコと話せてよかったよ。じゃあ、今日は帰る。またね」
「うん、気を付けて」
言ったと同時に、ガラガラガラと扉が鳴る。見るとそこには今日何度か見た光景。スーツ姿の男性がこちらに向かって話しかけてくる。
「東雲塔子さんですね。お待たせしました、こちらへどうぞ」
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