第52話 休み明けの校舎で見た光景は(1)

 別に私は学校へ行く事自体が嫌いではないが、それでも休み明けの登校というのは憂鬱に感じるものだ。でも、今日はそれだけじゃない。エリナがあんな事になってから初の登校。

 皆どういう顔をして教室にやってくるんだろうか。クラスで一際存在感を示していた彼女がいないのだ。

 寝起きの頭でそんな事を考えながら顔を洗う。鏡を見るといつもより少しやつれてクマが浮き出た己が映し出されていた。それを打ち消すように両掌で頬をピシャリと叩いて喝を入れる。

「行ってきます!」

 気合入れの為にいつもより大きな声を張り上げて家を出ると昨日までとは打って変わって晴れ渡った空が広がっていた。それは、天がまるで気持ちを切り替えなさいと言っているかのようにも感じられる。

 カラ元気でも元気。そうだ、負の感情に呑まれるな。そんなことはきっとエリナだって望まない。今出来る事はなるべく普通に授業を受けて学校生活を送る事。そうだ、そうしなければならない。

 自分に何度も言い聞かせる。そしたらいつの間にか校門前に着いていた……のだが。

 何だかいつもと様子がおかしい。

 校舎の手前側に人だかりができている。場所はエリナが転落した地点の辺り。それを見て私は一瞬嫌な物を感じた。

 私はエリナの死についてショックを受けているし悲しみも感じる。でも、エリナと親しくない人達にとってみればどうだろう。彼女の死について好奇心を感じるという事も十二分にあり得る。

 だから、そこに集まっている人達は面白半分に現場を取り巻いているんじゃないかと思いかけたのだ。

 が、近づくにつれてそうではないことに気づいた。

 取り巻いている人の群れは丸く輪を描いているように見えた。しかも、一様に青ざめつつ反面興奮している。それはエリナが転落した直後の光景と重なっている様に思えた。

ドック、ドック、ドック、ドック、ドック、ドック……。

 自分の心臓の高鳴りが異様に強く感じ取られる。

 私は誘い込まれるようにすぐ傍に近づく。そして、その光景を見た途端に思わず声を上げてしまう。

「な、何……これ」

 そこには、二人の男性が折り重なるように倒れていたのだ。そして、彼等の身体やすぐ下の地面は真っ赤に血で染まっている。

「し、東雲さん」

 自分に向かってかけられた声にどうにかこうにか正気を保った。

「あ、か、会長」

 声を掛けてきたのはわが校の生徒会長真田薫さんだ。

「た、大変な事に、なっちゃった。ど、どうしよう」

 普段は冷静沈着な彼女も流石にこの事態を受け止めきれる事が出来ないようだった。

「え、えっと。ど、どうって。これ、どういう事なんですか」

「分からない。私が来た時にはもうこんな状態だったんだ」

 話によると遺体を発見したのは出勤してきた教頭先生。現在彼は警察救急や学校関係各所への通報しているとの事。

「そうなんですね。まあ、後は警察に任せるしかないでしょうけど、でも、これからどんどん皆登校してくるんですもんね。この脇を通って校舎に入らなきゃならないって確かに厄介ですね。あ、そういえば校長先生はどうしたんですか」

 校長は当然学校の責任者だ。こういう時には表立って動くべきではないか。時刻は現在八時過ぎだった。もう既に来ていてもおかしくない筈だが。

 しかし、そんな私の言葉に生徒会長は呆れた様な声をあげる。

「こ、校長? な何を言ってるんだ。君、気づいていないのか」

「な、何がですか?」

 尋ねる私に彼女は黙って遺体の方へ指を差した。

 正直なところ余り死体を念入りに見たいとは思っていなかったから、注意深く見る事を怠っていた。でも、仕方がないのでそちらに目を向ける事にする。

 死体は折り重なるように倒れているのだが、角度的にここから顔が見えない。

 とはいえ事ここに至って私は自分がやはり動転している事も感じていた。そうだ、この状態で一番気にかけなければならない事を失念していたのだ。即ちこの二つの死体は誰なのか。

私は遺体の傍まで近づくと顔を確認する。

「こ、校長先生」

 生徒会長の言葉からまさかとは覚悟はしていたが、まず一人目は間違いない。頭が割れて血まみれではあるが校長先生その人だった。まるでもう一つの死体の下敷きになるように身体を横たえている。

 そして、更にもう一人。そちらの方だが背中を上に向けてうつ伏せに倒れている為、顔が見えない。でも、その体型、頭の形に何となく覚えがある。

「か、会長。あの、下の方の人が校長先生ですよね。も、もう一人の人って」

「ああ。そっか、そっちは見えないよね。私もわざわざ見てないよ。でも、教頭先生が確認したそうだ。間違いない。降矢先生だよ」

 そう、もう一人の死体は私達の担任教師、フル先こと降矢先生だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る