第45話 日曜のランチタイムで過ごすひと時は(2)
「本当にね。まさかこんなところで会うとは思わなかったわ。今日はどうしたの? ひょっとして、まだ具合を悪くしてるのかしら」
少し心配顔で尋ねてくる滝田刑事。すぐに思い出した。一昨日私は学校で倒れて保健室に運ばれたのだ。
「いえ。調子は悪くありません、働いている母から頼まれ事があったんで来たんです」
「あら、そうだったのね。なら良かったわ」
「お二人は、お仕事ですか?」
今度は私が尋ねる側に回る。
「ええ。ちょっとね」笑顔で短く彼女はそう答えた。そして、品川刑事に顔を向き直しつつ続けた。
「あ、そうそう。もうお昼の時間よね。シナさんは今日もお弁当?」
「ええ、一旦署に戻るつもりです」
突然、顔を向けられた品川刑事はしかし特に慌てる事もなく冷静に言葉を返す。
「いいわね~。愛妻弁当、羨ましいわ。じゃあ、私は外で食べてくる事にしましょうか」
滝田さんはそれに陽気な感じで声を上げた後、私に向き直って「ねえ、良かったら一緒に食べない? ほら、あそこのファミリーレストランなんかどうかしら」
病院の斜め向かいにチェーン店のファミレスを彼女は指さしていた。何だか展開の速さに私は大分戸惑ってしまった。
「え……っと、お昼ご飯を一緒にって事ですか」
「そうそう。別に他意はないわよ。ちょっと付き合って欲しいなって思っただけ。奢るわよ、嫌かしら」
屈託のない表情で言う彼女。それを見ながら何の意図があってそんな事をいうのかという疑問が頭をかすめて思案しつつも、
「……いえ。嫌じゃないです。ご一緒します」
結果私は誘いに乗る事にした。別に奢りと聞いたからという訳じゃない。こちらからも聞きたい事がいくつかあるからだ。
「そう、ありがとう。よろしくね」
「では、デカジョウ。私はお先に署へ戻りますね」
私に笑顔を向ける滝田さんに向かって品川刑事が声を掛けた。
「人がいる前でその呼び方は止めてって言ってんでしょ。はい、じゃあ、また後で」
手をヒラヒラと動かしながら鬱陶しそうに言う滝田さん。それに続いて私も、
「お疲れ様です」
と声を掛けた。対して品川刑事も軽く手を上げ頭をペコリと下げて歩いていく。それを見ながら私は滝田さんに尋ねてみる。
「あの……。デカジョウってなんですか」
やはりまず気になったのはそこだった。
「ん……。ああ、やっぱり耳に入っちゃってる?」
苦々しい口調で言う滝田さん。
「はい、あ、あの……。秘密にしなきゃならないことだったりするんですか」
ひょっとしたら警察の間でのみ流通している、知られてはいけない隠語の様なものなのだろうか。
「え? ああ、違う。違う。もっと下らない事よ。えっと……。一応自己紹介した時言ったけど、私の階級は巡査部長っていうの」
「ああ、頂いた名刺に確かそう書いてありましたね」
「うんうん。でね。巡査部長って事をデカ長って呼ばれたりすんのよ」
「ああ、なんかテレビドラマとかで見た事あるかも……」
「そうそう。で、私、刑事課に配属される前までは、そこでお嬢お嬢ってあだ名で呼ばれてた時期があんだけど、舐められてる感じがして嫌だったのね。その後刑事課に移ってデカ長って呼ばれる立場になった訳。でも、前のあだ名を知っている連中がいて……」
「ああ、それをもじってデカジョウ、ですか」
「そ。これだったらまだお嬢の方が良かったよ。可愛いイメージもあるし、デカ長って響きは恰好良い感じもするんだけど、合わせたら何とも言えない響きじゃない。デカジョウって」
「あははははは。そうだったんですね、でも、その説明聞いたら私は悪くない気もしますよ」
「ええ、何か無骨っていうか、間抜けっていうか。むー、私は嫌なんだよね。だから、注意してんのに、あいつらわざと言うんだよ。舐められてんのかな」
「それだけ慕われてるってことじゃないですか」
「そうかな。私は部下に慕われるより敬われる存在になりたいのよ」
ぼやくようにいう滝田デカジョウの姿を見て何だか可愛い人だなと思った。
前より少し親しみも増したかもしれない。
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