第7話 白から黒へとの変わり目を縫うのは

 既に時間は十九時。滝田刑事は『折角だからあなた達の教室を使わせてもらいましょう』と提案してきた。私としてはあの光景を思い出しそうになるので正直気が重かった。

 でも、逆に何事もない教室を見る事で、エリナの姿を見た事を少しでも上書きできるかもしれない。そう思って提案に乗る事にする。

 一階の保健室から三階にある教室へと向かう。廊下にポツンポツンと灯かりが付いているのみで、各教室には当然電気がついていない為辺りは薄暗かった。

「静かな物ね」

 滝田刑事が落ち着いた口調で言った。確かに昼間はあれだけ人が寄り集まっている場所なのに、今はその面影が全くなく薄気味が悪さすら感じた。だから、一緒に付き従う様に後ろを歩くこの二人の人物が警察官であることに心強さを感じる。

 最も、こんな状況で夜の教室を歩かなければならないのは、その警察が原因でもあるのだが。

「そうですね。いつもは大勢の生徒や先生がいるのに、何だか別世界みたいです」

 普段ならちょっとした非日常も感じられるシチュエーションかもしれない。が、既に私は非日常に十分巻き込まれてしまっていた。が、

「因みに各々一クラスは何人いるのかしら」

 思考を断つように尋ねてきた滝田刑事の言葉に頭を捻らせながら私は答える。

「えっと、ウチのクラスは三十五人です。他のクラスも同じだったと思います」

「一学年は何組くらいあるの?」

「八クラスまでですね」

「そう、確かにそれだけの人数がひしめき合ってるとは思えない光景よね。陽と陰、表の世界と裏の世界が反転して現れる世界みたいな?」

 小首を傾げてちょっとおどけた様な口調で言うその様を見て、この人は何歳なんだろうと改めて疑問を抱いた。そこへ品川という男性刑事も口を挟む。

「病院なんかもそうですな。入院患者がいても夜、消灯時間が過ぎて人が出歩かなくなると、途端に世界が変わったように見えますよ」

「ああ、確かにそうね。人がいても夜の病院てうら寂しい物があるものね。私はそんなに経験はないけど。シナさんは三カ月くらい入院してたことあったでしょ」

 歳は品川刑事の方が上だが立場は滝田刑事の方が上なのだろうか。二人の先ほどの振る舞いからそんな感じがする。

「ええ。規則正しい生活って奴を久々に経験しましたが、却って調子を崩してしまいましたわ。この稼業、不規則な生活と不摂生が当たり前。そこへ行くと入院中の病室ってのはことさら静かなもんでね。弱りましたよ。慣れるまで眠剤に頼らないと眠れないなんてこともざらでしたわ」

 しみじみとそんな事をいう品川刑事。まあ、こんな時間に学校を練り歩いたりしなければならないのだ。警察も確かに大変なんだろう。

「こらこら、警察官がそんなことでどうする。常に規則正しく健康的な生活と肉体を維持して事ある時には万全な態勢で事案に臨むことが求められているのだ」

 急に滝田刑事の言葉が固く強い口調になり、私はそのギャップに少し驚いた。が、言われた品川刑事はまるで柳に風で気にした風はない。

「そりゃ理想は分かりますが、事件はアタシらの生活形態や健康状態を忖度して起きてくれないんですよ。そんな事デカジョウもお分かりかと?」

「その呼び名は止めてよ」

 デカジョウと呼ばれた滝田刑事は固い言葉をまたまた一転ムキになったように言葉を返す。何だかちょっと可愛くも見えた。

「こりゃ失礼。滝田巡査部長殿。で、そうおっしゃる巡査部長殿は普段の勤務外でも余程折り目正しく生活されているんでしょうな」

「そりゃそうよ。朝は寝れるだけ寝て、帰ったらダラダラするだけして、寝たくなったら寝こける生活よ」

「はあ、では非番の折にはさぞ規則正しい生活をされているんでしょうな」

「決まってるわ。酒をしこたま飲んで寝れるだけ寝てるわよ」

その二人の様子に少し頬が緩みかける。が、その掛け合いを邪魔するの形になり少し申し訳なさを感じながらも声をかけた。

「あの……」

「え。あ、ご、ごめんなさい。未成年の前で相応しい話じゃなかったわね」

「全く、警察官として年長者として範にならなければならないというのに、嘆かわしい話ですな」

 少し慌てた様に言う滝田さんと全く様子を変えない品川刑事の対比がやはり面白い。

「う、うるさいな。ちょっと黙ってなさいよ。で、何かしら」

「いえ……あ、あの。もう、着きます。私達の教室に」

 丁度そう言ったと同時くらいに私たちは教室の前に到着した。

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