第24話 卒業

 鬼道勇也が死に、皆の避難が終わると自衛官の大河さんが立ち止まった。


 そして敬礼する。

 大河さんは、死にに行く気だ。


「私はレッドスライム・ビッグの足止めを行います!先生はみんなを避難させてください!」


 生徒は我先にと退避している。

 先生が立ち止まった。


「無理です!死にに行くようなものだ!あのパンクモヒカンでさえ止められなかった相手だ!」

「ですので先生は援軍を呼んで欲しいのです」


 先生は立ち止まったまま魔道スマホで電話をかける。


「逃げながらでいいのです」


 先生は首を横に振った。


「ここを突破されたら、私が1番に犠牲になります。少しは時間稼ぎになるでしょう」


 そう言って右手で魔道スマホを持ちながら左手で武器を握った。


「連絡したら早く避難してください!あなたが死んでも何もならない!」


 そう言って大河さんたち自衛官は走って戻っていった。

 その後ろを4人の自衛官がついていく。


「お前らは避難誘導だ!」

「「お供します!」」


 5人の自衛官が走って行った。


「仙道達!早く退避しろ!死にたいのか!!」

「先生は死ぬ気なんですね。皆の為に大河さんたちも」

「今はそれどころではない!仙道!早く避難しろと言っている!」


 大河さんたちと、先生は助けたいと思った。

 クズは助けない。

 でも、そうじゃない人もいる。

 父さんと母さんに言われたことを今だけはやりたいと思えた。


『みんなを守れる立派な人間になりなさい』


 俺は立派にはなれない。

 俺は人を選んで助ける偽善者だ。

 聖人君子ではない。

 やりたいようにやる!

 それだけだ。


 だからこそ、今だけは助ける!


「ヨウカ、あかり、倒してくる」


 俺は全力で空を走った。


「仙道……それがお前の本当の力か」


 先生の声が聞こえてきた。


「大丈夫ですよ。ユウヤさんは絶対に勝ちます。倒すのは2回目ですから」


 ヨウカとあかりも俺を追って走って来た。




【大河雄大視点】


 俺はレッドスライム・ビッグを攻撃する。

 中々攻撃を当てられず、やっと当ててもひっかき傷のような薄い傷しかつかない。


 ゴムのような柔軟な体と鋼のような硬さを兼ね備えた厄介な相手だ。

 飛ぶように攻撃を仕掛けてくる為攻撃は中々当たらず、攻撃を1発受けるだけで体が悲鳴を上げる。


レッドスライムが俺の太ももにタックルをした。


「ぐあ!」


 俺は大木に激突し、木がミシミシと音を立てて倒れていく。


「総員退避だ!俺一人で引き付ける!」

「「嫌です!」」


「命令だ!」

「攻撃が来ますよ!」


 槍使いが吹き飛ばされ、ガンナーが魔道銃を落とす。

 ウイザードを狙う敵との間に入り込み、カウンターの剣をクリーンヒットさせた。


 だがそれでもレッドスライム・ビッグはほとんど傷を受けない。

 俺は衝撃を消しきる事が出来ず吹き飛ばされた。


「くそ!総員退避だ!お前らはよくやった!もう充分だ!」


 誰一人逃げようとはしない。

 みんな殺されてしまう!


 その時、空から人が走って来た。


「仙道、優也か!」

「あかりとヨウカに回復してもらってください!」


 後ろから2人が走って来る。


 仙道はレッドスライム・ビッグに斬りかかった。


 加速が早すぎる!


 空を蹴っているように見える!


 めちゃくちゃだ!


 仙道はいつの間にか手に剣を持った。

 どこから出した?

 

 上下左右も重力も無視するように空を走って敵の周りを走った。

 剣で斬った?

 剣術自体は粗削りに見えるが、重力を無視するような動きは異常だ。


『ユウヤがレッドスライム・ビッグを討伐しました』


 頭の中で声が響く。

 そうか、仙道、お前だったか。

 俺は目の前の光景を見て、考えが確信に変わった。


 レッドスライム・ビッグが黒い霧に変わった。

 そして大量のドロップ品を吐き出した。


「なん、ですか?あれ?」

「今空を走ってた?」

「逆さまになって飛んでたよ」

「あれが仙道君、仙道優也君の力なんですね」


 4人の女性自衛官が呟いた。


 後ろからあかりとヨウカと思われる女性が走ってきて俺達を回復してくれた。

 俺達5人は仙道を見た。



「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


「ドロップ品は、自衛官の方が回収した方がいいですかね?横槍は良くなかったです」


「そっちじゃない!」

「……それではお先します」


「待て待て待て!飛ぶな飛ぶな!」


 俺は仙道の肩を両手で抑え込んだ。


 後ろからヨウカが仙道に抱きついた。

 俺は突撃を避ける為すっとバックステップで避難した。


「凄いです!こんなの初めてです!」


 東山が仙道の服を掴んだ。


「お兄ちゃん何?なんなの?」


 4人の自衛官も仙道に近づいた。

 4人で肩を押さえて飛ばないようにして、服を掴む。


 6人の女性に抱きつかれ、掴まれて仙道が逃げ場を無くした。

 みんなが一斉に仙道に話しかけ、話がまとまらない。


 俺は両手をパチンと合わせて大きな音を出した。


「おほん!!仙道、あの空を飛ぶのは何だ?」

「その前に、俺の正体は」

「言わないし上にも報告しない。安心して欲しい」

「バリア魔法を足に出して、カタパルトのように飛ばしつつバリアを蹴って走っています」


「あの一瞬でか?見せて欲しい」


「その前に、離れてくれませんか?」

「逃げない?」

「逃げないよね?」


「逃げません。ヨウカとあかりも離れて、危ないから」

「分かりました」


 仙道が飛び上がった。


「バリア魔法の技量が異常だ。こんな使い方を出来る奴は知らない……次はレッドスライム・マウンテンも仙道が倒したのか?」

「……はい」


「安心してくれ。上に言ったりはしない。俺達は自衛官を辞めて冒険者に転職する予定だ」


 俺は仙道の肩を叩いた。


「連絡先を交換してくれないか?」

「脅し」

「脅しじゃない!お願いだ!まあ、怖がられるのはいつもの事だが、頼む」


「私も!」

「私もお願いします!」

「私ともしようよ」

「わたしもいいよね?」


「でも、4人は大河さんの彼女」

「違う!俺は結婚している!4人同時はおかしいだろ!常識的に!」


 何故か仙道は『4人同時はおかしい』と言った瞬間に微妙な顔をした。

 その表情はなんだ?

 どういう感情だ?


 俺達は全員連絡先を交換した。

 そして仙道はドロップ品を回収し、2人を連れて走って行った。

 何事も無かったかのように避難先に紛れ込む気だろう。



 ◇



 俺は自衛官を辞めて冒険者になった。

 仙道は無事卒業してFランクのまま冒険者になった。

 就職はしないらしい。


 少しの時間が経ち、色々変化があった。

 亜人とダンジョンの存在が明らかになり名前持ちの情報も皆に共有された。


 Aランク冒険者の多くがレッドスライムの名前持ちを討伐するようになりユウヤの探索は自然消滅した。

 頭に響く討伐メッセージにみんなが慣れていった。


 仙道に連絡を取ろうとする。


 圏外。


「異界にいるのか。仙道」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る