第5話 僕が彼女に見せたかったモノ

 白い着物姿の彼女を見掛けたときには、既に簡単な棒ジャンプをするつもりでスピードを抑えていた。キッカーは目前だった。


(どうする? やっちゃう?)


 彼女と目が合った気がした僕は、最後の最後にスピードを上げた。力強く踏み切り、飛び上がるタイミングで思い切り身体を捻る。縦に1回転しながら横に2回転する。着地もなんとか成功した。額には冷や汗が滲んだ。


(ふぅ〜、ハラハラした……、けど、なんとかコーク720をメイクできた……)

 

 スキーを停止させて振り返ると、整備をしていたディガーが僕に向けてサムズアップをしている。僕もサムズアップを返した。

 そのときだった。キッカーの横でジャンプを見ていた白い着物の女性が、スノーボードに乗って笑顔で近づいてくる。


「凄いね! とてもカッコよかったよ!」


「えっ! ありがとう――」


 彼女はまるで、以前から知っている仲のように、明るく話しかけてきた。僕は少し驚いたが嬉しかった。


「クルクル回って飛ぶ人なんて初めて見た! 他のスキー場にはいなかったよ。どうしたらあんな風に飛べるの?」


「あっ、その……、まだシーズン初めだからジャンプできる場所は少なくて……、それに僕は室内のスキー場で練習していたから……」


「室内で練習? そうなんだ……。じゃあ、一緒に滑って、もっと飛んでいる所を私に見せてよ!」


(怪しい。からかわれているのだろうか?)


 彼女はとても親しげだったが、僕は軽いノリに戸惑った。こんな美女が理由もなくグイグイ接近してくるなんて考えられない。

 僕の脳裏に嫌な記憶が過る。大学に入学した直後、サークルの勧誘のふりをした女性に騙されそうになったのだ。あのときは、あっという間に怪しい所に案内され、詐欺まがいの学生ローンを組まされそうになった。


(いやいや、それは考えすぎだ)


 僕はひとまず彼女への疑惑を振り払った。


「一緒に滑ってと言われても……、冗談だよね?」


「ううん。本気だよ」


 彼女は屈託のない笑顔を見せた。


(どこかに隠しカメラがあるパターンなのだろうか?)


「――僕は一人だから構わないけど、本当に大丈夫?」


「うん。大丈夫……。私も一人だし」


(もう、騙されてもいいかな……)


 彼女の笑顔を見ると、彼女に裏があってもなくても、少しぐらい話に乗ってもいいと思ってしまう。それに彼女とは初対面の筈なのに、彼女の顔に何か見覚えがあるような気がする。


(髪の色が、京都で会った女性と同じだからだろうか……)


 僕たちはリフト乗り場まで移動した。


――


「……この子、そらっていうの」


 二人でリフトに揺られながら、彼女は膝の上に乗せているぬいぐるみの頭を撫でた。


「へー、可愛い名前だね」


「そうでしょ。2年前に私がつけたんだ」


 彼女は僕に見せようと、膝からぬいぐるみをゆっくりと持ち上げた。お尻の部分に、パッチのような布が縫い付けられているのが見える。ほつれを修復した跡だろうか。正面はといえば、とても愛嬌のある顔で、左耳と首に水色の宝石のような飾りを着けていた。僕がぬいぐるみの小さな目を見ると、その瞳の奥が小さく輝いた。


「……大切にしているんだね。見せてくれてありがとう」


「どういたしまして……」


 彼女はぬいぐるみを膝の上に戻した。


「僕はアキラ、キミは?」


「そっか……。私は雪姫……、よろしくね」


「こちらこそよろしく」


 僕は『雪姫』というキャラが登場する作品を考えたが、全く思い浮かばなかった。彼女は僕が知らない何かのキャラを演じているのだろう。その役の一環で、ジャンプで目立った僕が、幸運にも少し相手をしてもらえていると思った。


 リフトを降りた彼女はコースの端に座り、ブーツにボードを装着する。そのときにウサギのぬいぐるみを、何気なくボードの先に座らせた。


「それで落ちないの?」


「えっ? あっ、大丈夫だよ」


 彼女は立ち上がりながら笑って答えた。


(ぬいぐるみのお尻に磁石でも入っているのかな?)


――


 それから僕たちは一緒に滑ったが、彼女がキレのあるターンをしても、ぬいぐるみがスノーボードから落ちることはなかった。


(ヒトリストもいいけど、二人もいいな!)


 彼女と一緒に滑ることができて、僕はとても嬉しかった。けれど、そんな時間は短く、僕たちは再びパークエリアまで下りてきた。


「ねえ、またジャンプを見せてくれる?」


「いいよ」


 僕たちは大きなキッカーのスタート位置に移動した。順番待ちが何人かいて、僕は最後尾に並んだ。


「じゃあ、下で見ているね!」


 彼女はジャンプがよく見える位置まで滑っていった。その様子を僕は目で追った。


(この一本でお別れかな?)


 いつまでも彼女と滑れる訳がない。多分、雪姫と僕が一緒にいられるのは、これが最後になる。そんな気がして、僕は自分ができる最高のジャンプを、見せてあげようと思った。

 彼女は既にキッカーの横まで下りていた。左の腕でぬいぐるみを抱き、右の腕を僕に向かって振っている。


(決めた!)


 僕の順番になった。曇り空で無風だった。


(ヨシッ!)


 ストックを上げて合図を送り、勢いよくスタートする。スピードに乗って進んでいくとキッカーが見えてきた。

 タイミングを合わせて踏み切り、空に向かって飛び上がった。上昇しながら空中で身体を縦に、横にと繰り返し捻る。

 わずかに空気抵抗を感じる。僕は姿勢を整えた。あとは視線を着地点に向け、落下する一方だ。

 スキーが雪面を捉えた。そのまま流れるように滑りつづけ、ストックを突いてスキーを停める。そのストックを握った拳に力を入れ、高く振り上げた。


(ヨッシ! ダブルコーク1080をメイクできた――)


 僕は、練習でも成功率が低かった高難度の技に、久々に挑戦して決めることができた。近くで見ていた人たちが、歓声を上げたり、拍手をしてくれたりしている。


「アキラ! スゴイ、スゴイよ!」


 歓声の中には彼女の声もあった。キッカーの横で見ていた彼女は、息を弾ませながら、飛び終えた僕の所まで滑ってきた。


「どうだった?」


「最高だよ! それに驚いた。さっきよりクルクルするんだもの! あんな飛び方は鳥にだってできないよ。本当にスキーが翼になったみたいだった」


 彼女は少し興奮気味に答え、僕を褒め称えてくれた。


(スキーの翼か……悪くない)


 朝からどんよりした曇り空だったが、見上げると、雲の切れ間から青空が覗くようになっている。ほんの一瞬だけど、その空に向かって飛ぶことができた。こんなクリスマスも悪くないと思った。



  第1章 僕が出会ったコスプレの彼女 完

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【GIF漫画】僕が彼女に見せたかったモノ

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330658793254804

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第2章 僕が過ごした彼女との時間

第6話 僕の熱くて冷めたコト

 アキラは何に熱くなり、何に冷めたのか?

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校正協力:スナツキン さん


★★★ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました! ★★★

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