10話 恋の魔法

 ミネルバさんは明るい様子になっていて、俺としてはとても嬉しい。

 それに俺が関係していると思えるのだから、なおのことだ。

 それだけじゃない。これからミネルバさんとまた話せるのだと思うと、喜びが湧き上がってくるようだ。

 ミネルバさんと何を話そうか考えただけで心が弾む。これが恋というものなのか。

 俺は前に恋を自覚した時には、失恋したばかりだったからな。あの時は苦しかった。

 だが、今は未来が明るいと信じてしまう。明日が楽しみだし、明後日も待ち遠しい。


 空間魔法の変化から察するに、俺の心の中から恋は一度失われたはず。

 それでもミネルバさんを好きになれたのは、ミネルバさんが魔法に本気だったから。

 そして、その努力の形が目に見えて、ミネルバさんの魔法をきれいだと感じられたから。

 言葉にすれば以前と同じ恋の理由だが、俺の中では大きく違う。

 ただ何も知らず憧れていた昔と、ミネルバさんのすべてを好きになれそうな今。


 今だけは、ミネルバさんが心にどんな闇を抱えていても好きでいられると思えるのだ。

 なぜなら、ミネルバさんが魔法を大好きだということは、これからも同じ。

 たとえ魔法を嫌いになる瞬間が訪れたとしても、もう一度魔法を好きになれる人だから。

 その証が、あれ程歪んだ空間魔法になってからも、ミネルバさんが実力を上げ続けていたことだ。


 とはいえ、ミネルバさんが俺を好きになってくれる保証はない。

 だが、それでも良い。ミネルバさんにいつか好きになってもらえるように、努力を続けるだけだ。

 俺の好きになったミネルバさんは、暗闇の中でも努力を続けられる人だったから。


 さて、俺はミネルバさんに好きになってもらうために、どんな事をすればいいだろうか。

 はっきりとミネルバさんに好きといったほうが良いのだろうか。

 それとも、もっと段階を踏んだほうが良いのだろうか。分からない。

 分からないが、それすらも楽しめそうだと感じていた。

 やはり、魔法と同じくらいか、あるいはそれ以上に俺はミネルバさんが好きなんだな。

 こんな気持ちは、空間魔法を使おうとしていた時以来だから。


 一旦ミネルバさんのことを考えから外して、空間魔法の練習を再び行う。

 空間魔法を使えなかった時期は、いろいろな意味で苦しかった。

 それから脱出できた喜びもあり、空間魔法を使うことが楽しくて仕方がないんだ。


 とはいえ、俺の空間魔法も、ミネルバさんのように変質しているようだった。

 幾何学模様の景色では威力が出ない。

 ミネルバさんの顔から思い浮かんだ光景でも、完全な威力ではない。

 やはり、俺の心の形が変わったのだろうな。

 ミネルバさんへの想いも、以前とは変わっているのだろう。俺の感覚と一致している。


 それはいいのだが、より威力を発揮できる空間が全く完成しなかった。

 俺の思いにふさわしい形とは、一体どんなものなのだろう。分からない。

 このままでは、空間魔法の性能を十分に発揮することはできない。

 それなのに、俺は今が楽しくて仕方がなかった。心が上向きだからなのだろうな。


 そんな風に空間魔法を模索しているのは、ミネルバさんも同じようだった。

 何度かミネルバさんと話していたが、ミネルバさんも俺と同様に、空間魔法の性能を活かしきれていない。

 それでも、ミネルバさんは明るい顔で魔法の練習に励んでいた。

 ああ、やはりこの人は魔法が大好きなんだと、改めて感じられた。

 それと同時に、俺がミネルバさんを好きだという気持ちも、さらに固まっていくようだった。


 それからも何度かミネルバさんと交流しながら空間魔法を練習していた。

 そんな中、ミネルバさんからある提案があった。


「そういえば、2人で協力して1つの魔法を使うという技もあるそうですよ。それで、最終的には空間魔法を重ね合わせることもできるそうなんです」


 そのミネルバさんの話から、俺の中では一気に発想が膨らんでいった。

 複合魔法を2人で分担するということもできるだろう。それならば、より大規模な魔法が使える。

 それ以外にも、単一属性を重ね合わせることができれば、より強いものにできるのではないか?

 今思いついただけでも、相当多くの選択肢がある。新たな世界を見つけたほどの衝撃を受けていた。

 単に5属性をかけ合わせるだけではない。同じ属性でも別の魔法を使ったって良い。

 それができるのならば、掛け算どころではないほどに組み合わせが増えていく。


 とはいえ、2人で同じ魔法を使うだけでも、相当な訓練が必要だろう。

 要するに、お互いがどんな魔法を使えるのか、今どんな制御をしているのか、強い理解が必要だからな。

 それこそ、空間魔法を重ね合わせるほどとなれば、同じ人間が2人でも難しいのではないだろうか。

 それでも、ミネルバさんとならば、それほどの努力だって苦ではない。俺はそう思える。


「それは考えただけでも大変そうだな。だが、ぜひとも使ってみたいものだ。そして、そのパートナーはミネルバさんが良い」


「私も同じ気持ちですよ、ルイスさん。私に付いてこられるとすれば、ルイスさんしかいませんから」


 それはそうかもしれないな。ミネルバさんほどの才能を持った人間など、他には見当たらない。

 アベルだって、まるでミネルバさんに届くようには見えない。

 そもそも、教師ですらミネルバさんと同等の人間が何人いるのやら。

 尊敬しているミヤビ先生ですら怪しいと思えるぞ。まあ、ミヤビ先生は空間魔法を使えるようではあるのだが。

 だから、もしかしたらミヤビ先生ならば問題ないかもしれない。


 とはいえ、最近わかったのだが、教師でも存外そこまで優秀とは限らない。

 人に教えるための技能は持っているのだが、それが魔法の実力としてつながっているわけではない。

 そもそも空間魔法というのは、教師ですら使える人間が限られるのだとか。ミネルバさんが言っていた。

 それを聞いて、ミネルバさんが俺が空間魔法を使えるという事実にショックを受けていた理由がわかった気がした。

 俺が空間魔法を使えるようになってからだものな。ミネルバさんの空間魔法が歪んだのは。


 今思えば、当時の俺は無配慮と言っていいほどだった。

 空間魔法がどれほど難しい技能なのかも知らず、簡単に使えたと喜んでいた。

 それは、見苦しいと言っていいほどだっただろうな。

 ミネルバさんだって、つらいと思うはずだ。間違いなく苦労して覚えた技を、俺があっさり習得していたのだから。


 俺が空間魔法を使えるようになった時、さすが一般試験の合格者と言われたことがあったな。

 入試で主席でないことを理由に、俺には才能がないと考えていた。

 だが、一般試験とは恐るべき難関だった可能性がある。そうだとすれば、色々と辻褄が合うんだよな。

 そもそも、何故俺がそんな難関を受けていたのかは全くわからないが。


 まあいい。今はミネルバさんと、協力して使う魔法について話を進めていきたい。


「なら、俺と協力してくれるか?」


「ええ。そのために、ルイスさんに話を持ちかけたんですから」


 そして、俺とミネルバさんが協力して1つの魔法を使うために前進する日々が始まった。

 まずは単一属性の魔法を2人で放つことから始めた。

 お互いの魔法が相殺しあわないように、空間魔法を使うときのように魔力のつながりを緩めるとうまくいった。

 2人の魔力どうしが混ざり合うことで、単に2倍を超えた威力になってくれた。

 これだけでも、ミネルバさんと協力している楽しみを実感できていた。


 続いて、複合魔法を2人で分担してみることに。

 風と水、それぞれに火属性を混ぜることで、これまで以上に爆発を細かく制御する魔法の生成に成功した。

 俺が風と火を使い、ミネルバさんが水と火を使う。

 ミネルバさんが起こした爆発を、俺が操作するイメージと言えば良いのだろうか。

 何にせよ、複合魔法の可能性は大きく広がる。

 5属性が最大ではあるが、事実上6や7を混ぜたような特殊な魔法も思いついていた。


 とはいえ、その魔法の習得には相当な時間がかかった。

 それに、2人共全く動かずに強い集中をしなければ発動できなかったな。

 それでは実際に運用するレベルとはいえないが、1つの成果ではあった。

 それでも、空間魔法を2人で重ねるという難題へ近づいているという実感はあった。


 調べた限りでは、空間魔法を重ねるためには、ただの空間魔法よりもさらに繊細な魔力制御が必要になる。

 ただ、複合魔法を2人で使う過程で、お互いに合わせるためにずいぶん制御能力は上がっていた。

 相手が魔力をどこにどのように出しているのか確認しながら、それに合わせる必要があったからだ。

 同じ場所を見ているつもりでも、意外とイメージしている場所には違いがあったからな。

 それをうまく連携するために、即興で相手の動きを知りながらこちらも制御する。

 とても難しいものではあったが、その甲斐あって俺たちの実力は大きく上がった。


 そして、お互いの空間魔法を合わせるための訓練にはいった。

 単に2人で空間魔法を同じ場所で発動するだけでは、強い方だけが残ってしまった。

 同じ威力にすることに成功したところで、お互いに空間魔法が消し飛ぶだけ。

 2人で訓練してから空間魔法に取り掛かるまでには1週間ほどかかっただけだった。

 それから空間魔法を合わせるための練習は、すでに2週間もかかっていた。


 そんな中、同じ光景で空間魔法を使ってみると、反発が弱くなったことがあった。

 もちろん、それだけではダメだということはお互いにわかっていた。

 それでも、大きな手がかりを得ることに成功したという実感があった。


 それからも、授業と睡眠、食事以外の殆どの時間をミネルバさんと過ごしていた。

 そんなある日、ついに大きな進展を得られた。

 それは、お互いの心の風景に近い形の光景で合わせると、ほとんど反発しないという事実からだった。

 つまり、俺たちがその魔法を使うには、お互いが同じ思いを抱いている必要があるのだろう。

 そう分かってから、俺たちはお互いを理解し合うために、より深く話し合っていた。


 そして、取り掛かってから1ヶ月が経過した頃、ついに初めて空間魔法を合わせることに成功した。

 その瞬間、俺とミネルバさんがまるで1つになったかのような錯覚を起こしていた。

 そして、その魔法の光景は、今まで見た何よりも美しいと感じていた。

 静謐でありながら色鮮やかで、全体に青が広がっているのだが、場所によって青さが違う。

 その違う青色に合わせたそれぞれの色が広がっていて、調和が取れている。

 にもかかわらず、色とりどりだと感じるのだ。


 俺はこんな光景を思い描いていたわけではないから、ミネルバさんが思い描いたのだと考えていた。

 ミネルバさんの心の中には、こんなにも美しい空間があるのだと。

 それで、俺もこんなにきれいな景色を見ることができたのだと感謝していた。


 そして、空間魔法を解除した。あの美しかった光景は消え去って、とても名残惜しい。

 それでも、ミネルバさんと1つになったかのような感覚の余韻に浸っていた。


「ルイスさん、ルイスさんがあんなにきれいな光景を思い浮かべていたんですか?」


 その言葉を聞いて、俺の誤解に気がついた。つまり、俺もミネルバさんも知らない光景になっていたということだ。


「いや、違う。俺はミネルバさんのおかげだと考えていたんだ」


「なら、この魔法が特別だったんですね。そこまでは知りませんでしたね」


「だとすると、どこまでミネルバさんは知っていたんだ?」


「この魔法を使えた2人には、強い幸福が訪れるだろうと。そう伝えられていたんです」


 それは、ミネルバさんとの一体感のことか。それとも、あの美しい光景か。

 あるいは、そのどちらもかもしれないな。

 何にせよ、今は最高の気分だと間違いなく言える。


「その相手に、俺を選んでくれたのか? 嬉しいな」


「ルイスさん以外は考えられませんでした。魔法の実力からも、人としても」


 ミネルバさんのその言葉で、俺は舞い上がりそうになっていた。

 ただ、ミネルバさんの前でそんな浮かれた姿を見せたくなかったために、我慢していた。


「ありがとう。ミネルバさんがそう言ってくれて、救われたような気持ちだ」


「お互い様です。私も、ルイスさんの言葉に救われたので」


「それは、空間魔法のことか?」


「そうですね。ルイスさんほどの魔法使いだからこそ、あの言葉を言えたのでしょう」


 それはどうなのだろうか。でも、ミネルバさんが相手だからこそ、俺はああ言えたのだろうな。

 つまり、俺とミネルバさんだから得られた結果というわけだ。


「そういえば、この魔法の名前を知っていますか? 恋の魔法っていうんですよ」


 ミネルバさんが笑顔とともに発した言葉で、俺の胸はとても高鳴っていた。

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