6話 初恋の終わり
なぜかは分からないが、ミネルバさんは皆から遠ざけられている。
とはいえ、ミネルバさんのために俺ができることはわからない。
いまのところは、ミネルバさんが心無い言葉をかけられたりしているようには見えない。
ただ、近づきがたい存在だと感じているといった風だ。
それが良いことなのかどうなのかもわからない。それでミネルバさんが傷ついているのかどうかすらも。
俺にできることがあるとするならば、ミヤビ先生の言うようにいつも通りミネルバさんと接することくらいか。
一体それにどれほどの効果があるのだろうか。わからない。
だが、勢いだけで行動すれば悪い結果になるだろうことは分かる。
魔法で考えてみれば、何も知らないまま適当に発動するものが良いか悪いかなんて考えるまでもない。
俺にとっては人間関係がそうだ。だから、むやみに行動しない方がいい。
とはいえ、拳に力が入りそうになる。おそらく俺は悔しいのだろうな。ミネルバさんに何もできなくて。
これまでにちゃんと人間関係を築く努力をしてこればよかったのか?
だが、そうしていれば俺はこの学園に入学することすらできなかったはずだ。
いや、そもそも過去は変えられるようなものじゃない。俺が考えるべきはこれからどうすべきかだ。
しかし、一体何をすれば効果があるのかなど全くわからない。八方塞がりに思える。
仕方ないな。いつもどおりにミネルバさんと接する。これだけしか無い。
とはいえ、俺は普段ミネルバさんにどうやって接していた? 普段どおりとはどんなものだった?
魔法の話くらいしかしていないとは思うのだが、空間魔法の話は避けたほうが良いだろう。
となると、いつもアベルとしているような話か? 魔法の運用についての話になるな。
まあ、俺にできる話は魔法しか無い。そうするしか無いだろう。
ミネルバさんに話しかける相手はいないので、ミネルバさんと話をすることは簡単だ。流石にそれを幸いだとは思えないが。
ミネルバさんは孤独をつらいと感じる人なのだろうか。そういえば、俺はミネルバさんのことを何も知らないな。
魔法が大好きだということ、空間魔法を使えるということ、俺が知っているのはこれくらいだ。
やはり、魔法の話が良いかもな。俺とミネルバさんの共通の話題だ。
意を決して、ミネルバさんに話しかけることにする。勇気が必要だったが、頑張って乗り越えた。
「ミネルバさん、空間魔法を使う過程で単一属性の重要性を知ったんだが、ミネルバさんの得意な単一属性の魔法はあるか?」
「そうですね、火魔法でしょうか。私ならば、複数の鍋で別々の料理を作れますよ」
やはりミネルバさんは凄まじい魔法使いだ。火加減の調整というだけでも、本来相当難しいことだ。
単に目標を燃やすだけならば、まあ誰でもできるだろう。焦がさないように火を通すなら、できない人のほうが少ない。
だが、料理に必要な火の調整となると、まるで別次元の難しさになる。尋常ではない集中力が必要なのだ。
料理の手順によって変わる必要な温度を調整するというのは、それほどに達人技なんだ。
ただでさえ難しいその魔法を、同時に複数使うことまでできる。俺にそんな事ができるか? 怪しいものだ。
改めて、ミネルバさんは尊敬できる相手だと感じる。俺が今までに出会った魔法使いで、きっと一番だ。
本気を見たことはないが、ミヤビ先生すら超えているかもしれない。
「さすがミネルバさんだ。俺が火属性を使うとなると、威力ばかりを追い求めていたな。繊細な操作は難しいとよく分かっていたからな」
「ですよね! だからこそ私の自慢の魔法なんです。ルイスさんにも、その火加減を使った料理をごちそうしましょうか?」
「機会があればお願いする。できれば、調理する姿も見てみたいな」
「そうですよね、ルイスさんならそう言いますよね。やっぱりルイスさんは素晴らしい魔法使いの素質があります。本当に、とても……」
なにかミネルバさんの声が沈んでいるような気がする。だが、俺には原因がわからない。
俺にできることは、魔法の話を続けるだけになる。やはり、今まで人間関係を軽んじてきたことが悔やまれるな。
とはいえ、今から急にうまくなりはしないのだから、やれることをやるしかない。
「俺は魔法が大好きだということは誰にも負けるつもりはない。だから、誰よりも努力していると自負している。話は変わるが、俺の得意な属性は水だな。霧のように薄く広げたり、氷や水蒸気に変えたり、温度を調節したり、手札が多いと言えるな」
「ルイスさんが魔法を好きというのはよくわかります。だから、その水魔法もそれはそれは努力したのでしょう。それでも……」
ミネルバさんが言葉に詰まった。何を言うことをためらったのだろう。
わからないが、俺は何をすれば良いんだ? その内容について聞けば良いのか? 別の話に切り替えれば良いのか?
いったいどうするのが正解なのだろう。魔法の話でダメならば、俺にはどうしようもないぞ。
「……? 言いたいことがあるのなら、遠慮なく言ってくれていいぞ」
「いえ、大丈夫です。今日はこれで失礼しますね」
そう言ってミネルバさんは去ってしまう。やはり何か悩みごとがあるのだろうが、俺には解決策など思い浮かばない。
無策で行動するなんて失敗する未来しか無いと言っていいので、俺にできることはない。
こういう時にどうすればいいか、方針すら立てることができない俺が情けなくて仕方がない。
それでも、何も考えずとりあえず動くことはできなかった。
安易な行動はおそらくミネルバさんを傷つけるだけだ。それこそ、思いつきを検証もせず発動した魔法が失敗するようなものだろう。
またミヤビ先生に相談するのがいいだろうか。アベルに悩みを話せばいいだろうか。
どちらにしても、今の状況をどうにかできるような気がしない。
ミネルバさんが心配なのは俺の本音だ。だからといって、名案がない以上、俺が動いても事態が悪化するだけだろう。
なにか行動したくてそれで頭が一杯になっている。それでも、冷静さを忘れてはダメだろう。
俺が思いつくことをそのまま実行しても、魔法の素人が事故を起こすことと同じようになるだけだと分かってしまう。
心の底から無力感を味わっていたが、俺にできることはもう祈るくらいしか無い。
俺の手でミネルバさんの問題を解決することはきっとできない。
それでも、またミネルバさんが元気になってくれれば。そう願わずにはいられなかった。
それからミネルバさんの事を気にしながらも何もできないまま日々は過ぎていき、また試験の日がやってきた。
今回の試験では、問題があまりにも簡単だと感じて、なにかの間違いではないかとすら疑っていた。
こんな問題ならば、満点だって現実的なラインだと思える。
前回はまだ手応えがあったが、今回は時間も余り放題なうえ、見直しをしても間違いなど見つからない。
もうやれることはないと判断してからも、まだ時間は半分ほど残っていた。
暇を持て余していた俺は、空間魔法に最適なイメージというものを考え続けていた。
威力だけならば、もうあらゆる複合魔法を超えるほどのものが使える。
それでも、理想とする景色はまだ先にあると信じて、様々な光景を考えていた。
今まで検証した中で最も威力が高い光景は、ミネルバさんの顔がきっかけで思い浮かんだあの光景だ。
だが、それよりも美しい景色はきっと作れる。そう思いたい。
仮に威力が下がってしまったとしても、美しい魔法を使えるという喜びは無二だと感じる。
まだまだ、もっと先へと突き進んでいきたい。俺にならばできると信じるんだ。
色々と考えていたが、良い答えは思いつかないまま実技試験にはいった。
前回のように指定された魔法と自由な魔法を使うものだ。
指定された魔法は簡単でミスなどするはずのないものだった。
自由な魔法では俺は空間魔法を使い、的をすべて破壊した。
「流石はルイスくんです。空間魔法をこれほどの精度で使えるなんて」
ミヤビ先生が褒めてくれたが、そこまで嬉しさは感じなかった。まだ俺自身が納得できる段階に達していないのだろうな。
アベルは3属性の複合魔法を使用しており、以前よりも進歩を感じられた。
やはり、アベルは優れた魔法使いだと思うが。何故アベルは自分に自信がないのだろう。
まあ、俺に解決できる問題ではないか。それができるのならば、ミネルバさんの問題を解決している。
そしてミネルバさんは以前のように澱んだ空間魔法を使用していた。
威力だけなら俺の空間魔法を上回っているかもしれない。はっきりとは確認できないが。
ただ、魔力の操作に若干の乱れを感じていた。やはり、ミネルバさんは調子が良くないようだ。
心配ではあるのだが、解決策を持たないまま話しかけるのもどうかと感じる。
俺と会話することでミネルバさんの調子が良くなるなど幻想でしかないのだから。
むしろ、うかつなことを話して調子をさらに下げてしまう可能性のほうが高い。
俺はもっと親しいアベルの心ですらよくわからないのだから。
それから、今回の試験の成績が発表された。前回は5位だったが、今回俺は1位だった。
あの手応えならば納得できる話ではある。そういえば、主席はずっとミネルバさんだったな。
そう思ってミネルバさんの方を見ると、俺にも分かるくらい顔色を変えて震えていた。
思わず駆け寄りそうになってしまったが、成績が原因ならば、俺が慰めたところで嫌味でしかない。
誰かがミネルバさんの心を癒やしてくれることを期待して待つしかなかった。
そして次の日。
「ルイスさん、調子はどうですか? あれから、空間魔法をさらに使えるようになりましたか?」
ミネルバさんの方から俺に話しかけてくれたので、ミネルバさんは調子を取り戻したのだと判断した。
また元気なミネルバさんが見られるのだと思うと嬉しいが、俺がそんな事を言ってもいぶかしがられるだけだろう。
いつも通りの話をすることが、今の俺にできる最善だと思う。
「今のままでも美しい空間魔法を使えているとは思うが、もっと美しいものにしたくて、色々と検証しているな」
「流石は……ルイスさんです……あれ程の魔法を使って、それでも向上心を失わない。立派なんですね」
「おそらく、俺は一生俺が使える魔法に完全な意味で満足することはないだろうな。それほどに、俺は魔法が好きなんだ」
「私も魔法が大好きでした。何よりも、誰よりも、いちばん好きなのは私だと信じて疑っていなかったんです。そして、誰よりも才能があると思いこんでいた」
ミネルバさんは笑顔だが、何故か俺は不穏さのようなものを感じた。
いや、魔法が好き”でした”? 今は好きではないという意味だったりするのか?
そうだとすると、いったい何故? まさか、1番ではなくなったから?
流石にそんな理由で魔法を好きでなくなることはないだろう。
だが、俺の中から嫌な予感は消えなかった。
「ルイスさん、あなたとなら、もっともっと私は素晴らしい魔法を使えると思っていたんです。ですが、それは幻想でしかなかった」
待て、待ってくれ。どういう意味だ。何が起こっている?
ミネルバさんの顔を見ると、明らかに暗い表情をしている。
なぜ俺はミネルバさんの様子がおかしいことに気づけなかった。これでは、俺がいたずらにミネルバさんを傷つけてしまっただけではないか。
「ルイスさんと出会って、初めは楽しかった。魔法を大好きだって気持ちを共有できて、あなたは私に共感してくれて」
それはつまり、今は楽しくないということか?
いったい何時からだ? どこからミネルバさんは楽しくないと感じていた?
「でも、今は苦しいだけなんです。悔しいんです。悲しいんです。こんなにつらい思いをするのなら、あなたになんて出会わなければよかった……!」
その言葉を受けて、しばらく俺は呆然としていた。
ミネルバさんがすぐに去ってしまったことすら、後から気がついたくらいだった。
それから、俺はミネルバさんの笑顔を思い出して、最後のミネルバさんの言葉を思い出して、胸を引っ掻き回したいくらい苦しくなった。
俺はミネルバさんを傷つけていただけだった? 素晴らしい出会いだと思っていたのは俺だけだった? それからもミネルバさんの事が頭の中でぐるぐると回って、何かを失ったような感覚が重くのしかかって。
それから、自室に帰って横になっている時にようやく気づいた。俺はミネルバさんが好きだったんだ。
だが、気がついた時にはもう手遅れで、俺の初恋はそこで終わっていた。
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