とある警察署内シリーズ

千子

第1話 男子トイレで死んだ男性

とある警察署内の男子トイレの個室で詐欺に関して事情聴取に来てもらっていた男性が胸を刺されて死んでいた。


発見した清掃員のおばさんは飛び上がり悲鳴が署内に響いた。


すぐに念の為に署内から誰も出さない、入れないように措置がされたがいつ犯行が行われたか分からず意味のないものかもしれないため、そのうち外されるだろう。


「どう思います?」


刑事課の新人刑事、川口が先輩刑事である山崎に訊ねると山崎は吸っていたタバコを無造作に灰皿に押し付けて舌打ちをした。


「どう思います?より、とんだ大失態をどうするか考えただけで頭が痛いぜ」


緘口令をひきたいところだったが別件で署内にいた記者からすぐに外部に広まり、署の出入口付近は記者やレポーターでごった返している。


「それにしても、なんでわざわざ警察署内で殺さなきゃいけなかったんですかね?犯人がどなたかは知りませんが、殺す機会ならいつでもあったでしょう?」


川口の疑問に山崎は答えられない。


確かに、わざわざ警察署内の男子トイレで殺す必要はない。


「一体どういうことなんですかね?」


「俺が知るかよ!それを知るために捜査するんだろうが!行くぞ!」


山崎が川口に苛つくのはいつものことなので、川口は川口でのほほんと答える。


「行くってどこにですか?」


「決まってるだろ!現場だよ!」


そうして凸凹コンビは現場に向かった。




現場に着いて早々に川口が素っ頓狂な事を言い出した。


「もしかして、男性の自殺じゃないですかね?」


川口が軽々しく無責任なことを言う。


山崎は川口のそういうところが好きではなかったが、これで本人は一応推理しているつもりなのだから怒るに怒れない。


川口の刑事としてのスタンスがそうであるなら尊重しようと苛つきながらも山崎は思っていた。


「一応理由を聞いておいてやるが、なんでそう思う?」


「もう逃げられないと観念して刑務所に入るならいっそここで死んでしまおうとか?」


川口の考えにも一理あるが、今回は他殺だと山崎は被害者の胸に刺されたナイフと手から考察した。


「そういう場合もあるかもしれねぇが今回は違うと思う。逆なんだよなぁ。自分で自分を刺す時とナイフも手の持ち方も逆なんだよ」


「じゃあ他殺ですね」


あっけらかんと川口が早々に自分の意見をひっくり返す。


課長から最近の若い奴は少し叱っただけですぐ辞めたがるから穏便にと言われていたが、もうそろそろ我慢が出来なくなってきた。


川口と山崎が組まされて半年、川口の素っ頓狂な言動に山崎は何度も振り回されてきた。


それでも尊敬する課長から言われたのだから、まあ多少は怒鳴ったり叱ったりしたけれど川口も堪える様子もないしなんとかやってこれた。


だかもう限界だ。


次に川口がなにかしらやらかしたら署内に響く怒声を浴びせる自信がある。


「これ以上ここにいても収穫はなさそうだな。現場も粗方見たし聞き込み行くぞ」


「分かりました!」


素直過ぎるが素直なところだけは美点なんだよなぁと山崎は思った。




イライラした気持ちのまま歩いて行くと男性とすれ違う。


「お疲れ様です」


「おう、お疲れさん」


記者かと思われた首からカメラを掛けた男性に話し掛けられても山崎はいつものことと顔も見ずに通り過ぎようとしたが、川口が疑問を口にした。


「あれ?あなた、どなたですか?どこの記者でも職員でもないですよね?」


その言葉に山崎は足を止めて男性を振り返る。


「……確かに、見ない顔だな。どこの記者だ?まだ出入口も封鎖されてるだろ?」


「それは……」


「大体の新聞社の記者は知ってるつもりだけどな、あんたはどの社でも見たことないな」


どんどん顔色が悪くなる男相手に、山崎はこいつが犯人かと目星をつけた。


そんな山崎とは対照的に川口がのんびりと口にした。


「ああ、あなたが犯人なんですか?思ったより発見が早く、出入口の封鎖も早かったので出るに出られなかったと?」


のんびりとした川口の言葉にただでさえ悪かった男の顔色が余計に悪くなる。


どうやら図星のようだ。


「ちょっと来ていただけますか?」


男は項垂れて大人しく山崎の後を着いてきた。


川口も置いていかれないように男を挟むようにして取調室まで同行した。




取調室で開口一番男は自分が殺したんじゃないと否定した。


「違うんですよ。僕はあいつが捕まるのが怖いって言うから、じゃあ捕まる前に死ねばいいと言ったんです。他殺に見られるように死ねば事件扱いされる、他の連中だってお前のこと悪く言わないし報復なんてしないって」


「それで刃物の持ち手が逆だったのか」


山崎が呟くもなおも男は弁明を続ける。


「まさか本当に死ぬなんて思わなかったんですよ。僕はなんの罪にもなりませんよね?」


「なるに決まってんだろ」


山崎が断言すると男は肩を落とした。


「そんなぁ……」


「そもそもお前も詐欺グループの一員なんだろ?それで奴が余計なことを喋らないか着いてきたのか?」


「……はい」


男の自供は素直なものだった。


「お前達の詐欺グループのボスは?」


「そんなの言ったら殺されますよ!」


青ざめて山崎に縋る男を払いのける。


「お前のお友達は自分で死ぬことになったけどな」


「…………所属しているサークルの先輩です」


「名前と連絡先、分かるな?他のメンバーも」


「はい」


男はとうとう観念して全てを認めて自白した。


「川口、紙とペンを持ってこい」


「はーい」


「伸ばすな!」


山崎はそこでふと、最初に川口が言った通り自殺だったなと川口を評した。


こうして事件は幕を閉じた。




「お前も出入りする記者なんかの顔を覚えるようになったんだな」


山崎が子供が巣立ちした気持ちでいると川口がまたとんでもないことを言う。


「そうなんですよねぇ。皆さん、事件のことを話すとたくさん奢ってくださるんですよ。いい方達ばかりです」


のほほんと答える川口にとうとう山崎の沸点が限界を超えた。


「特ダネのカモにされてんじゃねえ!事件のことは軽々しく外部に喋るな!この馬鹿!!」


この怒声は署外にも響いたという。

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