覚悟 1
鏡子は閻魔大王の部屋を一人で訪れていた。
閻魔大王の部屋も鏡子と変わらない造りをしている。唯一変わっているところといえば巻物や書類が床に散らばり、ごみ屋敷になっているところだろうか。
鏡子は下を見ながら恐る恐る一歩を踏み出す。
「珍しいな。妻がここまで来るなんて」
閻魔大王は書類からチラリと鏡子に目を向けるが、すぐに書類へ目を戻してしまう。
どうやら閻魔大王は自室でも仕事をしているらしい。
「部屋の場所が分からなかったので。途中までは司録に連れてきてもらいました」
閻魔大王の部屋は鏡子の部屋と同じ建物だった。が、位置は真逆の方向にあった。
鏡子は「それで……。その、閻魔大王に頼みがあって」と言葉を続ける。
「頼み?」
閻魔大王は書類から目を離さない。
「はい。実は泰山王に会いに行こうと思っていて。閻魔大王に一緒について来てほしいなって」
「泰山王に会う? 一緒に?」
「まだ一人で泰山王に会う勇気がでなくて……。だから一緒にきてもらえると助かるんです。ダメ、でしょうか」
「いや」
そこでやっと閻魔大王は書類から目を離して、真っすぐに鏡子を見た。
「付き合おう、妻に」
「ありがとうございます!」
「それにここ最近は刀葉林に妻をとられてばっかりだったからな。久々にデートも悪くないだろう」
「っ!?」
またそうやって人を茶化すんだから。
そう思いながらも鏡子の心は不思議と温かくなる。鏡子は一瞬びっくりしたが、すぐに「そうですね」と茶目っ気たっぷりに閻魔大王に返す。
「私もちょうどデートしたいと思っていたので」
「…………どうした? 急に……。何かあったのか」
「いや。その、べっ、別にいいじゃないですか。デートしたいと思っても」
「……」
閻魔大王はよほど鏡子の発言が意外だったのか、しばらく黙ってしまった。鏡子も黙りこくる。
何故だか少し緊張する。
しばらくすると閻魔大王はゴホンとわざとらしく咳払いをする。
「とりあえず今の仕事が終わるまで少し待ってくれないか」
「はい」
鏡子がそう答えると、閻魔大王は再び机に目を向ける。
どうやら相当忙しいようだ。一緒に泰山王に会ってほしい、なんて言わない方が良かったのかな。でも一人では会いにくいし。それに一人で泰山王に会いに行ったなんて閻魔大王が知ったら刀葉林の時みたいに怒るだろうし。
…………それにしてもこのままボウッと立っているのは暇というか。申し訳ないというか。
鏡子は辺りを見渡した。そして両手を腰に当てて短く息を吐く。
この書類だらけの床を掃除するとしますか。
鏡子は腰をかがめて一枚、一枚、書類を手に取っていく。書類には裁判の方法や今までの裁判が書かれているものがほとんどだった。が、中には犬のようなものが描かれている落書きまである。しかも墨で描かれているせいか、そこまで上手ではない。
閻魔大王でも落書きってするんだ。
鏡子は書類の中身を見ながら、内容ごとに分類して積み重ねていく。やがて部屋の入口付近に空きが出来てきた頃、閻魔大王が「待たせたな」と声をかけてきた。
「すまないな。片付けまでしてもらって」
「いえ。このまま立っているのも暇だったので」
「少し休憩を挟んでから泰山王の元に行くか」
「大丈夫です。むしろ早く会ってスッキリしたいので」
泰山王にきちんと向き合って言わなきゃいけないことがある――。
閻魔大王は「そうか」と笑みを浮かべた。閻魔大王は鏡子に手を差し伸べる。
「それでは行こうか、妻よ」
「はい」
鏡子も閻魔大王同様に笑みを浮かべ、手を取った。
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