30話 伝説の一夜・三幕 ルルーナ・フォーチュン 後編


―― ルルーナ・フォーチュン ――


「場面転換して、と。好きなものボードぽん。自分でも分からん箇所は無回答だ」


:ぽんwwかわいい

:一瞬たぬきキャラだと思った

:少ないってか無いの多いな

:記憶喪失だからか

 

『趣味:料理

 特技:

 座右の銘:有言実行

 好きな漫画:ジルフォリア戦記

 アニメ:

 ゲーム:

 映画ドラマ:

 有名人:

 アイドル:藍川アカル 言葉アリア

 音楽:いっぱいあるけど名前がわからん

 動物:犬 猫 馬 兎 虎 カワウソ スズメ ハト フクロウ モルモット フェレット カピバラ

 食べ物:熊 野菜 甘いもの(特にクッキー)

 仕事:メイドさん

 言葉:人生は旅である』


:ジル戦好きはママが退センセェだからか

:ママ(ゴリラ)

:動物だけ異常に多いwww

:熊の位置おかしくね?

:ズレてる?

:いや熊肉食う地方あるぞ

:好物熊肉www


「こんな女だから今日まで基礎常識の勉強やら社会勉強がてらのバイトやらで自分の時間はなかなか取れなくてな。そもそもコンテンツ自体に触れる機会が少ない。嫌いなものに至っては思い当たらなかったぞ」


:それはそれで悲しいな

:自分を語れぬ女


「過去が無いのは新鮮で楽しいことばかりだが、要所要所で案外困るんだ。だから改めて君たちにお願いがある」


:どんと来い!

:おっけー


「俺の活動は雑談、ゲーム配信や同時視聴枠、趣味の料理配信、企画物を中心に考えている。

 配信を通して君たちが見て聞いて感じたこと、俺が実際に触れて感じたことを共有したいのは勿論なのだが、それと同時に君たちの『推し』を紹介してほしいと願っている。このボードの空白を君たちと一緒に埋めて、ルルーナという女を空っぽだらけの存在から開放したいんだ」


:こんなお願いされたら応えるしかないっしょ

:俺が……俺たちが、ルルーナだ!

:いや、俺たちがルルーナのママになるんだよ!

:なぜか分からんが涙でそう


「概要欄にフォームを設置しているし、麻呂の箱質問箱もある。遠慮はいらない。どんどん紹介してくれ。君たちの感動が俺の感動になることを願うよ」


:アイドルなんだから歌の動画は出さないの?


「もちろんするぞ。これでもアイドルだからな。ただ、まずは歌や音楽そのものを覚えるところから始めないといけない。勿論、こちらも君たちの推しを随時募集する。アイドルたるもの、いずれは披露したいものだな」


:そうだった記憶喪失

:3人で1番語彙力高いから忘れるww

:歌を知らないアイドル

:アイドルとは……

:私好みのルルーナに育て上げよう!

:ワ○ダープ○ジェクト○2思いだした

:どこ○つじゃね?


「俺の活動方針を掲げた上で皆に伝えたいことがある。俺のファンネームやハッシュタグ名に関わることだし、アイドル活動のテーマとして重要な要素ファクターでもあるから聞いてほしい」


:お

:聞く前だがワクワクしてる

:そういやハッシュタグは募集してなかったな


「先程紹介した、俺の好きな言葉を覚えているだろうか。『人生は旅である』」


:好きな動物ラッシュと熊に気を取られてたが、確かにあったな


「かの俳人、松尾芭蕉をはじめ数々の著名人が紡いできた言葉だ。俺もこの思想にあやかって、今日から俺と君たちとで紡ぐ日々の活動を、人生の一環――すなわち旅の歩みの1つとして提供していきたいと考えている」


:やばい。ワクワクしてきた

:わたしも

:✕アイドルの自己紹介 ○偉人の演説

:分かるww だがそれがいい


「だが俺ひとりでは、ちと心細い。ひとりで歩けなくもないが隣に心許せる知己がいれば心強く、旅の彩りになるだろう。

 そこで皆には、俺の配信活動という名の『旅路』を彩るパートナーとして共に歩んでほしい。旅の苦楽を分かち合い、助け合う関係を築かせてほしい。俺も旅路を創るから、君たちも俺を導いてほしい。

 俺のわがままを許してもらえるなら、俺たちのファンネームは旅する一団にちなんだ名前を付けたいと思う。いいかい?」


:おーけー!

:ノーとは言えないし言わせねえ!

:待ちきれん!

:早く発表してくれー!

 

「では――俺が団長、君たちを団員とした1つの団とし、此処に新たな旅団の設立を宣言させていただく。

 ルルーナの象徴、月と光の導きの元に命名する!

 我らの名は――」


月煌げっこう旅団りょだん!」


:うおお!

:とりはだ

:ゲームみてえ いや現実だわ

:痛い台詞回しのはずなのに興奮がやべえ

:台詞じゃない。言葉だ。

:そうか配信タイトル回収

:生で見てて良かった アーカイブじゃ得られんぞ、この興奮

:この言い回しでも否定派が一切いないのヤバい

:声優さんがガチ演技で演説したときのヤツ


「概ね肯定に見てくれてありがたい。ファンネームやハッシュタグは月煌旅団にあやかった名前とさせていただく。もちろん意見があればどんどん審議しよう」


ファンネーム:月煌旅団(団員、旅団の皆)

配信:#旅団長の文化勉強

創作・ファンアート:#アトリエ月煌

切り抜き:#月煌旅団振り返り旅

リスナー推し紹介:#るるスポット紹介


:入団します!

:入団費は毎月いくらですか?

:むしろ毎日払わせろ

:バカヤロウ毎秒だ


「ただ今をもって、我ら月煌旅団は旅の一歩目を踏み出す。願わくば、この旅路にさちあらんことを!」


:はい団長!

:団長!

:入団したぜ団長!

:一緒に果てまでいこう団長!

:やばいリアルに団長!って声出た

:よろしくな、団長

:誰も何も話し合ってないのに団長になってるwwまあ俺も団長で呼ぶけど

:ガチ恋しそう助けてくれ団長

:団長に父親になってほしい

:団長パパみある


「……団――長? そうか、俺は団長になるのか」


:おろ? なにか引っかかる?

:さっき自分で団長言うてたよね

:呼び方変えたいなら言ってくれ。まだ間に合うぞ

:でも団長以外って何があるんだ?

:カシラとか?

:親分、アニキ?

:アネキか


「……団長でいい……いや、団長がいい。よろしく頼む、旅団のみんな」


:団長カッコイイヤッター!

:かわいいじゃね?

:美しいだろ

:どれだ?

:全部だ


「むははっ。賑やかでいいな。

 そうか。団長か……」



 

―― ルーファス・マイス・チェーガ・フォートシスム ――


 それは呪いの言葉だった。

 人を殺し国を壊し不幸と戦火を振りまく破滅の存在。その人殺し集団を率いていたのが俺だ。

 人々の平和と幸福という、目指していた理想から離れていくと理解しつつも、その歩みを止められなかった。止めたいと思う頃には敵を作りすぎていた。護るべき人々も増えすぎていた。引き返せなかった。

 夢と現実で怨嗟の声を聞く日々。鼻の奥にこびりつく血の匂い。国民からの称賛は呪言となり、勲章の授与はただの枷になった。

 物言わぬ肉の山を築いて何が平和だ。血の海を創って誰に幸福が得られる。

 俺は間違っていたのだ。力では人々を幸福にできない。


 罪を贖う機会を。

 最期の瞬間。国は滅び、からっぽだらけとなった死の中で、心の奥底で願っていたのは贖罪だった。

 

 何の因果か、俺は前の記憶を持ったまま令和の世界へ転生した。人殺しを求める権力者や民衆はいない。

 大勢の犠牲の上に成り立つ嘘っぱちの繁栄と平和を作らされるのではなく。

 人種も国境も関係ない、皆が笑顔になれるような生き方をしたい。

 

 その道を照らしだしてくれたのは言葉アリアと藍川アカルのライブだった。

 彼女たちが歓喜の心で歌う様は――そして彼女たちの生き様を見て歓喜するリスナー達の姿は、悔悟という名の暗雲が立ち込める俺の心を一条の光で照らしてくれた。

 俺が望み描いていた平和……誰もが心から笑顔になれる理想の世界がそのライブ動画の中に広がっていた。

 此処に至りたい――そう願い、俺は藍川アカルに請われるまま志願した。

 かくして、図らずとも夢は叶った……いや、叶い始めたのだ。

 もう人殺しの団長ルーファスは必要ない。

 

 

 


―― ルルーナ・フォーチュン ――


:どうした団長?

:泣いてる?

:なんかすまん


「黙ってすまない。感無量になっただけだよ」


 いつの間にか閉じていた瞼を開く。俺を慕い、期待を募らせている多くの人々が目の前にいる。

 彼らは俺の罪を知らない。彼らに詫びるのは筋違いである。真に詫びたかった人々はもう俺の前には現れない。

 それでも俺はこの活動を始めよう。願わくば、この自分勝手な贖罪が、今まで俺が殺めてきた人々の救済となるように。希望と幸福を広げられるよう、心の奥底から願えるような活動へと昇華できるように。

 今は只々、贖罪の場を与えてくれた全ての偶然に至上の感謝を。

 祈りの旅を始めよう。


「この場に立つまでいくつもの奇跡があった。何ひとつ欠けてもここに俺が立つことは無かった。

 この場へ導いてくれた関係者や知己友人。この場を作り上げてくれた技術や文化。界隈を発展させてきた偉大な先達。

 そして俺と共に歩んでくれる旅団の皆。

 皆、俺を受け入れてくれて、本当に――」



 

「本当に、ありがとう」


 

 

 すまなかった、という言葉を咄嗟に飲み込んだ。ここで言う言葉ではない。言うとするならば前世からの同郷だけだ。

 俺はルーファスではない。

 ルルーナ・フォーチュンであり、ルルーファ・ルーファなのだ。ここは感謝であるべきだ。

 いかんな。ついしみったれた空気を作っちまった。気を取り直そう。

 

「変な空気になっちまった。悪い悪い。今後のスケジュールちゃんを紹介しようか。ほらよっと」


:どうした団長?

:泣いてる?

:なんかすまん


 ……おん? コメント動いてるか? ネット回線の遅延か?


「明日の16時から1期生3人で配信する予定だ。今日の振り返り会だな。配信はYaーTaプロ公式チャンネルだから、みんな間違えないように」


:どうした団長?

:泣いてる?

:なんかすまん


 やっぱり。コメント止まっちまってるな。どうなっちまってるんだ?


「なんだ? 配信乗ってるか? コメント流れねぇな。故障か?」


:ちが

:まって

:ごめ


「???」


:何したんだ

:アリたん泣いてるんだが


「は? アリたん? 言葉ことのはアリア?」


:ボロボロに泣いてるぞ

:セッカちゃんもめっちゃ困ってる

:何か言えよ


 俺も困っているんだが。伝書鳩ハト……だよな?

 念のため解説。伝書鳩とは、配信中に他の配信者の発言や行動などの情報を、視聴者がコメントでリークすることに対するネットスラングだ。送られた者はその配信者へ関与ができないので、配信主が許可しない限りは忌み嫌われる行為である。

 で。言葉アリアの聖歌隊リスナーが伝書鳩だと? ハト行為自体は視聴歴の浅いポッと出の新参者のやらかしではあるとは思うが……民度の高い聖歌隊が暴走するとはよっぽどの事態じゃないか?


:なんで黙ってるんだよ

Aria Ch.言葉アリア:ちがうんです、あなたのせいじゃなくて、全部私が悪いんです

:アリたん!?

:気持ちはたぶん分かるけど落ち着いて

Aria Ch.言葉アリア:私が勝手に泣き出して、リスナーさんに心配かけさせちゃって、それであなたのほうに飛び火しちゃって

Aria Ch.言葉アリア:こんな事になるなんて思わなかったんです。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

:やば

:お前も何かしたんなら謝れよ!

:おい!

:団長にキレるのは筋違いだろ

:アリアの配信でやれよ

:マナー悪すぎだろ

:聖歌隊だが俺たちも何がなんだか


 おっといかんいかん。俺としたことが訳が分からなすぎて放心しちまった。何がどうしてこうなったか分からんが、喧嘩が起こっちまったのは紛れもない事実。皆の憤りを霧散させにゃならん。

 まあ、やることは1つのなのだが。残り時間も少ない。さっさと動くか。


「ここで配信を切らせてもらう。もう時間も押しているからな」


:逃げるな! せめて謝れ!

:謝る義理ねえだろ

:団長は悪くない。悪いのはアリア

:アリアのリスナーもな

:最悪


「このあと一度枠を取り直して15分後――本日23時15分より新たに配信させてもらう」


:え?

:は?

:はい?

 

「いちど動画の主旨を変えにゃならんから枠を取り直すと言ったんだ。事を解決するにはコメントだけじゃ狭すぎる」


 まさかこんなに早くやるとは思わなかったが……何が起こるか分かんねえな、この業界。


「はじめての凸待ち配信ってヤツだ。サプライズを用意できないのは残念だがね。

 話そうか。言葉アリア」



 

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン

【#初配信】旅の始まり【YaーTaプロダクション】

17.3万人が視聴中 チャンネル登録者数 45万人







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2023/3/7

コメント停止の表現が分かりにくかったとの指摘があったため、調整しました

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