14話 ひとりぼっちのアリア
―― ????? ――
「
これから関わる方々の名前を呪文のように何度もつぶやく。私は名前を覚えるのがとても苦手だから、いつもこのルーティンを繰り返している。
「うたこー? ココアできたぞー。持ってってくれー」
「
「……
「はいぃ!」
普段演じているアバターの名前を聞いて咄嗟に身構えてしまう。ほとんど引きこもっているせいで本名の
「ココアできたぞって。真面目なとこは相変わらずよの。復唱!」
「ぐ……紅焔アグニス、帝星ナティカ、ルルーナ・フォーチュン」
「はい覚えたな。暗記終わり!」
どかっと我が家のソファーに座るのはGーState所属の2期生、
「せっちゃんはもっと名前おぼえる努力しようよ。後輩なんでしょ」
「箱が違えば後輩じゃねーよ。詩子だって、まだYaーTaプロ認めてないんだろ」
「灯はただのわからず屋だもん。相談もなしに辞めちゃう酷い人だもん」
「やる気と努力は認めてやろうぜ」
藍川アカル――朝倉灯がGーStateを卒業してYaーTaプロダクションを立ち上げてからおよそ半年。その間、灯とはめっきり疎遠になってしまった。卒業があまりにも急だったし兆候も見られなかったのでGSの皆はとてもショックを受けていた。今はもうみんな調子を取り戻しているけど、未だに私は駄目。ちょうど私に関する黒い噂も持ち上がってしまったこともあり、自慢の歌配信どころか楽しくゲームもできない無気力状態。月に一度の雑談配信でなんとか凌いでいる卑しい女だ。
「旦那にフラレて拗ねる詩子の図」
「そんなんじゃないよ、もう」
「ま、灯の頼みでも会社からの依頼だ。案件と割り切って行こうや。無理に仲良しアピールしなくて良し。それなりにヨイショしとけば他人行儀でもオールオッケー。貶すのダメ絶対。かんたんかんたん。
あたしはついでに仲良くなれたら儲けもんだけどな」
「箱が違うから難しいよ」
「夢の国テーマパークと、夢の海岸テーマパークで別れてるみてーに、YaーTaもGSの姉妹事務所みたいなもんだろ。難しくはないんじゃないか?」
「お気楽だなーせっちゃんは」
せつなちゃんみたいにシンプルな考え方のほうが気が楽になるんだろうけど。
『ふぁいやあああ!』
「うわぁっ!」
せつなちゃんの携帯から気の抜けたボイスが流れる。灯のオリジナル曲の冒頭を後輩の子がカバーした時のシャウトだ。声は可愛らしいけどいきなりだからビックリする。
「詩子いつもコレにビックリするな……おい詩子。噂をすればってやつだぞ」
「……灯?」
「ああ。スピーカーにするか?」
「うん」
「話すか?」
「ううん。それはいい。悪口言うだけになりそう」
「おっけー。あたしと詩子が一緒にいることはあいつ知らねーから居ないフリしてろ」
近くにあったぬいぐるみ型クッションを胸に抱く。久しぶりに声を聞くから緊張しちゃう。せつなちゃんとは今でもお喋りしてるみたいだけど。
『はろ〜あ〜。せっちゃんおひさー』
「ひと月ぶりだな社長。とりあえずそっちのデビュー配信おめでとな」
『ありがとね。せっちゃんは相変わらず元気そうで何より』
「あたしから元気取ったら何も残んねえぞ。で、何の用だ社長。ただの雑談するほどヒマでもないだろ」
『様子見と忠告かな』
「お。忠告か。やる気満々。様子見は嫁込み?」
『うん』
嫁宣言に躊躇ないな! 私たちの関係はビジネス夫婦みたいなものであって、プライベートでは仲が良い程度の友人だったんだけど。
「直接聞けし」
『いやー盛大にフラれちゃったし、しーちゃん未だに引きずってるっしょ。超気まずい』
「それはそう」
灯は私の事を、詩子の『詩』から取ってしーちゃんと呼ぶ。灯以外からは誰からも呼ばれないから懐かしいな。
「まだまだ絶賛『ぼっち』状態だよ。詩子のやつ」
『んん、そうか……そうよね。配信ペースまだ戻ってないもんね』
「言葉アリアの同期が戻って来ない以上は永久に解放されないぜ。『ひとりぼっちのアリア』は」
私と灯はGーState1期生としてデビューした。でもデビューから今までは波乱の連続だった。
最初は5人の集まりだった。
でもデビューしてすぐ、過去のやらかしを露呈されたメンバーのひとりが強制引退。のこり4人。
その一年後には配信中に不適切な発言をして炎上したメンバーのひとりが活動停止。のこり3人。
今からちょうど一年ほど前に、異性との恋愛交際が発覚してGーStateを退所。のこり2人。
そして半年前。配信者ではなく事業者として活動を行うことを突如宣言した藍川アカルがアイドル活動を卒業。これでのこりひとり。
こうしてGーState1期生は私ひとりになった。この過程で生まれた言葉が『ひとりぼっちのアリア』。
解消できるのは同期だけ――それも無事に卒業できた藍川アカルだけ。でも、もう復活する願いは叶わない。
『卒業しちゃった以上、藍川アカルはもう使えないからねー。仮に配信したとしても別名義になるかな』
「いっそのこと別名義でも良くね?」
『そうまでして配信するくらいなら藍川アカルを捨てないよ。アカルへの未練はないし今は充実してる』
「それな」
『まーでも見ててよ。今夜の3人は藍川アカルを軽く超えていくから。業界の勢力図変えていくからね』
「それが忠告ってか」
『しーちゃんにフラれてまでも突き進んだ道ですもん。半端は許されないでしょ。しーちゃんにも伝えておいてね。今夜はマジで心を整えといて』
「言うじゃねえか社長。ウチのエースだった奴にそこまで言わせるなんて、よっぽどだな藍川アカルセレクション」
日本人Vtuberでは断トツのトップの数字となる、チャンネル登録者数320万。一度の配信中の投げ銭額では国内Vtuber内の最高額である8000万円を記録。などなど。数々の偉業を達成してきた灯こと藍川アカルはVtuberの最高峰と言って過言じゃない人だ。その灯が言うのだから相当なんだろうな。
『我ながらベストを超えるチョイスしちゃったと――ちょっと待ってね席外すわ』
急に声が途切れて保留音が鳴りだす。と思えばすぐに通話が切れてしまった。何事かとせっちゃんと顔を見合わせていたら、せつなちゃんのチャットに「ごめん仕事入った! 今夜はよろしくね!」と連絡が来た。
……本当に楽しそうだな。
でも『ベストを超えるチョイス』って灯に言わせる人たちっていったい?
「つか何だったんだ灯のやつ。雑談はウェルカムだけど、忙しい合間を縫ってまでこっちに寄越す話だったか?」
「せっちゃんの声聞いて元気もらいたかったんだと思うよ。灯、なんか声が凹んでたし。変なことやらかして誰かに怒られたんじゃない?」
「以心伝心じゃねえか。さすが夫婦」
「一方通行だから不成立です。それに予想だし」
「でも、やらかしは解釈一致すぎるな。あいつパッションの世界に生きすぎてて、マネージャー居ないと管理がダメダメだもんな」
「演者さんが無茶振りされてなければいいけど」
「しかし藍川アカルを超えるねえ……相当だぜ。楽しみだな、詩子」
「ん……」
半年前の私なら同意できたかもしれない。仲が悪くなるより、仲良いほうがいいもんね。
……だけど。
「ねえせっちゃん。はっきり言っておくね。私、たぶんこの3人は好きになれないと思う」
「おい詩子!」
「大丈夫。仕事はやるよ。仕事だもん」
だって、灯をアイドル業から――私から遠ざけた存在にしか見えないんだもん。今後余計な案件を持ち込まれたり、無理に仲良くさせられるよりは、今のうちにはっきりさせておいたほうが気は楽だ。
この気持ちはきっと、灯も分かっていると思う。今夜の見守り配信に私を指名した理由は分からないけど。もっと適任がいるはずだ。それこそ蒼火セッカひとりのほうがよっぽど応援になる。
やりたいことができた。事務所を離れる理由としては分かるよ。でもその結果がこの3人なの? 藍川アカルじゃだめなの? 人気絶頂の最中で引退してやりたかったことがこれ?
ちゃんと答えを聞かせてくれるんだよね、灯。
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