第5話

 高瀬が寺の広い駐車場に車を止め、後ろを振り返ると想像した通り羽鳥の整った顔は不審そうな表情を浮かべていた。周囲に人の気配はないし、近くに見える明かりといえば、寺の母屋から漏れる光くらいで、人一人も見当たらない。

 昼間なら近くに小学校もあり人通りもあるが、寺の墓地周辺の夜はしんと静まり返っている。

 一応、住所的には都会に位置していた。

「高瀬って、寺息子だっけ?」

「いや、ごく普通の一般家庭。ここの住職が持ってるアパートが敷地内にあって」

「アパート……じゃあ、お前が住んでるのって、あれか」

 車から降りた羽鳥は、今にも崩れそうな木造二階建ての長屋を指差した。もちろん、羽鳥が指差した方向にある建物で間違いはない。

 嫌になったら出て行ったらいいとは言ったが、玄関に着く前に逃げられそうだったので、おもわず羽鳥の肩にかけているカバンの紐を掴んだ。

「いや、逃げねぇけど……なんていうか、昭和レトロ? まじで人住めんの?」

 外観は、よく言えば、とても風情がある。悪く言えばボロい。近所の子供が幽霊屋敷だと言っているのをつい最近知ったばかりだ。

「少なくても、俺は、住んでるよ。中は綺麗だって」

「俺、ゴキブリとか嫌なんだけど」

「女子供じゃあるまいし、虫くらいで」

「虫愛づる姫しらねぇーのかよ。今も昔も虫が好きな男も女もいるし、嫌いな奴は老若男女問わず嫌いだろ」

 ちなみに二階建ての長屋は三軒続きだが、現在、自分以外は誰も入居していない。

 竹が鬱蒼と茂った寺の私有地を通り抜け、アパートの裏にあるひび割れたコンクリートの道を抜ければ建物の正面に出る。細い路地には切れかかった電灯が一本だけ立っていて、そのわずかな明かりがチラチラと建物入り口を照らしている。

 一番奥にあるのが高瀬の部屋。

 自分にとっては慣れた道のりだが、初めてだと玄関に着くまでに一回は蹴つまずく。

「一緒に住めとか言うから、どんな城に案内されるかと思ったら」

「とりあえず、入ってから文句言えよ、まだ途中だけど、俺の力作だから」

 外観はボロいが、高瀬自らの手で内側は綺麗に改装している。学生時代、演劇部の大道具をしていた延長で、いつの間にかモノ作りが趣味になっていた。

 けれど仕事で都会へ出てきた時、自分の給料で借りられるような狭いマンションの部屋では何も出来なかった。それならと自由に部屋を改装して遊べるような家を探していたところ、このアパートにたどり着いた。持ち主である住職は、普段からドラマのロケ地として裏の寺を貸し出している人で、タダ同然でこのぼろ家を貸してもらえた時は、芸能界の人脈に感謝した。

 古さのなかに新しさを取り入れた空間を自分一人の手で一から作ってみたかった。さすがに、水回りは全て専門の業者に頼んだが、それ以外は、高瀬の作だ。

 玄関の建てつけの悪い引き戸を開け招き入れると、道中文句ばかり言っていた羽鳥は急に静かになった。

「感想は?」

「つか、住んでねーだろ、アトリエ?」

「あー、確かに生活感は無いな。仕事して、帰ってきたら寝て、休日にモノ作って遊んでるだけだし。奥のソファーとベッド置いてる生活エリア以外は、ほとんど作業場」

「二階は?」

 高校の時、古い町並みや建物の内側の写真を羽鳥が撮っていたのを思い出して、こういう雰囲気が、もしかしたら好きなのかもしれないと思ったが、どうやら当たったようだった。

「納戸に俺の荷物詰め込んでるけど、板の間の部屋は、今は作り付けの作業机とベッドくらいしかない。――って、好きに見てもいいよ。お茶入れる」

 玄関横にある急勾配の細い階段を上がっていく羽鳥の背を見送ると、リビングに行き、冷蔵庫から作り置きの麦茶のボトルを出した。

 業者以外に、誰かをこの家に呼んだのは初めてだった。

 羽鳥に城と言われたが、確かに、ここは高瀬の秘密基地で、城だ。

 誰かに見せる為にやっているわけじゃない。誰にも邪魔されたくないし、犯されたくない自由な遊び場。

(の、はずだったんだけど、ホント、なんで、連れて来ちゃったんだろうな)

 勢いとかノリなんて、マネージャーをしている普段の自分からは一番遠い言葉だった。

 この部屋を羽鳥が見たら、面白がってくれると思ったし、なによりも、素人仕事を、くだらないとバカにする男じゃない気がした。

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