第7話
花とさやかは、それぞれ自宅へ向かう地下鉄に乗り込んだ。
東京の終電は仕事帰りの人とギリギリまで呑んでいた人がいり交り通勤ラッシュ並みの混雑になることもあるが、今日は座れないまでもゆったり立っていられる。花は左手で吊革に掴まりながら右手でスマホを操作していた。
『さやかちゃんお疲れさま』
『花ちゃんもおつかれー』すぐに返信がきた。続けて『今度行くお芝居だけどさ、ミュージカルって平気かな?』
『観たことないかも』と花。
『有名な劇団とかじゃないんだけど、好きな役者さんが今度出るんでそれ行こうかなと思ってるんだけど』
『かっこいい人?』
『いや、女の子だよw』
『歌は超上手いんだよね、前にテレビのカラオケの番組にも出てて、それで知ったんだけど。どう?』
初めての舞台がミュージカルと聞いてうれしくなった花は、
『ぜひぜひ。猫とかライオンとか魔法使いとか出てきます?』
『いや、もっと小さいから。でも詳しいじゃん。内容は重めらしいんだよね』
『行きます。それが良いです』
『りょ』
『駅着いたからまたね』花はそう打って開いた扉に向かいホームに降り立った。住宅街の終電ホームはまばらに乗客が降車していた。
駅から家までは自転車で5分、花はミュージカルのタイトル聞き忘れたと思いながら白い息を吐き家に向かった。
『タイトルはキッドヴィクトリーね。浅草でやるからね』スマホにはさやかからそう届いていたが、自転車の振動で気付かずそのLINEを読んだのは深夜1時過ぎてからだった。
ベッドの上で花はさやかに返信しようかと思ったが、今日の疲れがどっと出てきてそのまま眠りについてしまった。
同じ頃さやかはお風呂場にスマホを持ち込み、柑橘系の入浴剤を入れた湯船に浸かり、YouTubeで作業用BGMを流しながらスマホを見つめていた。
翌週の木曜日、仕事が休みの花は一人で冬物のコートなどを探しに銀座に出かけた。とは言っても高級ブティックが並ぶみゆき通りなどは時折眺めるだけで、目的はファストファッションブランドのお店だ。
丸の内線を銀座で降り、地上に出ると、年末はいつも行列が出来る宝くじ売り場の前を通り、丸の内TOEI方面に向かう。その周辺には花の給料でも買える洋服が並ぶお店が多いので、いつもここに来る。
わざわざ銀座まで来なくてもとお客さんにいわれた事もあるが、職場までの定期券で来れるのと、なにより銀座で買い物している自分が少し大人になったようで好きなので、家近の量販店よりも好んで銀座まできてしまう。
その日もオフホワイトのハイネックのニットと、紺色のシルエットがゆったり見えるパンツを買った。
これはミュージカルを観に行くときに来ていこうと思い選んだ服だ。さやかちゃんはどんな服装で行くのかなと考えながら選ぶと、自然に洋服はかわいい物が多くなる。さやかのボーイッシュなファッションとの取り合わせが丁度いい気がしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます