前世は魔王様?

シスイ

第1話 俺は魔王じゃない

 俺は普通の家に生まれた。ごく普通の父と母。普通の家庭、普通の暮らし。みんなと同じように普通に生きてきた。

 小さい頃、当たり前だと思っていたことが、当たり前ではないことを知った。その時の俺を誰も理解できなかったように、俺もみんなが理解できなかった。

 唯一、普通に育った俺が、普通に育ったみんなと違ったこと。


 俺には前世の記憶が残っている。

 ————世界を滅ぼした魔王の記憶が。


「エルス様、食堂に行きましょう!」


 そう話しかけてきた金髪の美少年はメリアス・アイリーフ。女性に見間違えられるほどの、美しさと可愛らしさを兼ね備えた少年であり、俺にとっては初めての友人だ。

 本人は下僕のつもりらしいが、俺は対等な友だちだと思ってる。なんせ、今の俺は魔王の記憶を持つだけのただの学生だ。世界を恐怖に陥れる悪の権化なんかではない。


「様はやめろって言ってるだろ。あと敬語も」


 無気力に俺はメリアスに返した。


「いいえやめません! 下の者が上の者に敬意を表すのは当然のことではありませんか」


「俺達は同じ学生だろ。学校も学年も、クラスも同じ。俺らの関係にはこれっぽっちの差もねえよ」


 俺達は同じ、王立エンデリシア高等学園魔法科の生徒だ。国中から貴族や王族の集まる中、数少ない平民の生徒として在籍している。

 貴族たちは俺達平民とは別校舎。つまりこの校舎の生徒は皆平民だ。平民と貴族を一緒にすると貴族たちがうるさいんだろう。

 まあようするに、能力も身分もほとんど違いのない俺達に、上下関係なんてあるはずがないんだ。


「私は、エルス様に命を救われました。そのときにこの命、私の人生はあなたに捧げると決めているのです」


 大げさな。いじめられているところを助けてやっただけじゃないか。こいつにとっては、些細なことじゃなかったかもしれないが、命まで救ったつもりはない。


「ああもうわかったから。じゃあせめてもう少し手加減してくれ」


「仕方がありませんね」


 不満そうにメリアスは頭を抱え込む。こいつはこいつなりに俺のことを慕ってくれているんだろう。その気持ちまで否定するつもりはないし、少しはこいつの気持ちも汲んでやりたいとは思っている。


「じゃあエルスくん、早く食堂に行きましょう。とっくに混んでる時間ですよ」


「ああ、そうだな」


 敬語はそのままで呼び方が変わっただけだが、まあいいか。

 俺は重たい腰を上げて、メリアスの後ろをついていった。


 食堂に行くとすでに大半の席は埋まっていた。

 王立ということもあり、かなり大きな学園なのだが、座席の数はギリギリだ。これが貴族校舎なら話は別だろうが、平民校舎ならこんなもんだ。

 味は俺達からすればかなりうまいし満足している。別にそれくらいのことで不満に思ったことなどない。


「どこの席にしましょう」


「どこでもいいよ。適当に座ろう」


「おや〜? そこの美男子と冴えない男子はメリアス殿とエルス殿ではありませんか〜?」


「お、ほんとうですね。なんだかイケナイ香りがします、クンクン」


 傍らの席からそんな女子の声が聞こえてきた。赤い髪の元気そうなのがクレナ、青い髪のおっとりとしたのがホムラだ。


「クレナ、訂正しろ。エルスくんは冴えなくない。それとホムラ、僕達はそんな汚れた関係ではない。エルスくんに失礼だぞ」


「ああごめんね? メリアスくんはエルくんの騎士様だもんね。気分悪くしたなら謝るよ」


 そんなことを言いながらクレナとホムラは自分の隣の席を開けてくれた。俺達はそれぞれ二人の隣に座った。

 別にメリアスは俺の騎士ではないけどな。そう言おうとしたが。


「いや、わかってくれてるならいいんだ」


 メリアスは否定することなく、むしろ騎士と言われて嬉しそうにしていた。多分ちょっとした皮肉も入っていると思うが、二人が悪気があって言ってるわけではないことはわかっているから、何も言わないでおくことにした。


「でもそう思ってない人も多いんじゃないかな? 特に、二人を見る女子の目は好奇の眼差しですぞ?」


 ホムラは俺に指を立てて言った。


「え、俺達ってそんなふうに見られてたわけ?」


「みんながそうってわけじゃないけど、でもメリアスくんはファンクラブもあるくらい美系だし、主人に仕えてる感じとか、すごくこうくすぐられるわけですよ」


「全然そんなつもりは無いんだが…………。でもそれで周りから変な目で見られるのは考えものだな」


 知らないところでそっちの気があると思われるのは嫌だ。俺だって女の子が好きな普通の男の子なんだ。もしかするとそんな偏見のせいで女の子に避けられたり嫌われたりするかもしれない。それはメリアスだって同じはずだ。そう思い俺は正面の騎士様を見た。


「僕はこの身を一生エルスくんに捧げると誓った。他人がどんな目で見ようとそこに変わりはありません。僕の願いはエルスくんの幸せのみ。僕はそれを壊すようなやつから、エルスくんを守るだけです」


 そう言って俺に向かって恭しくお辞儀をした。多分そういうのが良くないんだろうな。他の席の女子の輝く視線が痛い。相変わらずモテモテだな。

 そんな姿がクレナのいたずら心に火をつけたようで。


「じゃあもしエルくんがメリアスくんを求めたらご奉仕しちゃうんだ?」


「んな! そ、それは、エ、エルスくんが僕を求めてくれるのは嬉しいし……それが命令であれば、僕はそれに従う、まで…………」


「キャー!! ねぇホムラ聞いた? やっぱり怪しいよこの二人!」


「これは凄まじい破壊力です! 鼻血が止まりませんな! ハアハア!」


 二人だけじゃない。周りからも黄色い声が聞こえてくる。てか盗み聞きするなよ。あとご飯中に気持ちが悪いのでやめてください。メリアスも満更でもなさそうな感じ出すな。


「馬鹿なこと言ってんな。俺達はただの友達だ。どんな間違いが起きてもそうはならないよ。俺はちゃんと女の子が好きなんだ」


 そうだ、俺は女の子が好きなんだ。男なんて最悪だ。ましてメリアスなんて……。いや想像するな俺!


「ふ〜ん? でもその割に、私のこと全然女の子扱いしてくれないよね?」


「あ、私もされたことないかもです。疑惑の眼差しですよエルスくん? ジロジロリ」


 それは二人のことをそういうふうに見たことないから、とは言わないほうがいいのか? 女子は誰であろうと男子に女性として見られてないのはショックっぽいからな。

 でも正直二人とも可愛いし、実際男子たちの間ではかなり人気が高い。

 そんな二人を女子扱いしてないとなると、いよいよ女子に興味がないと思われてしまう。いや、もしかするとそのせいで女子たちは俺達のことを誤解しているのか?


「別に二人のことを女の子扱いしてないとかじゃなくてさ、そういう恋愛とかよくわかんないんだ。だからどういうふうにすれば女の子扱いしてることになるのかよくわかんないし」


 まあこれは本当だし嘘はついていない。多分そのへんは前世の記憶、経験があるからかもしれない。

 この三人以上にそういう経験も積んできたしその中には失敗だって混ざっている。きっと前世の魔王ならその経験も活かせただろう。でも俺は魔王じゃない。魔王の記憶があるからと言って、俺が魔王であるわけではないのだ。

 この記憶が気づかないうちに俺の枷になっているのだ。


「まあ、女の子扱いしてないわけじゃないんなら許してあげる。でもちゃんと女の子の扱い方しらないといつか後悔しちゃうぞ?」


 悪い顔をしている。でも本当は俺のこと心配してくれてるんだろうな。たしかに、一生独り身ってのも嫌だしな。本当に好きな人ができたとき後悔しないようにはしておきたい。


「エルスくん、そろそろ戻りましょう。次の授業まであまり時間がありません」


「お、もうそんな時間か」


 メリアスに続いて俺も立ち上がる。


「私達もいこ、ホムラ」


「アイアイ」


 クレナが立ち上がり声をかけると、ホムラはぴしっと手を上げて鼻歌交じりに後ろをついてきた。

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