第5話 魔王、戦う
「わったっくっしっでっすわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
俺は、きっと夢を見ている。
そうだ。これはきっと夢なんだ。
一か月前まで全くの無力だった美少女が、たった一か月でか弱い体のまま大剣を担いで魔王城に単騎凸してくるなんてあり得るわけがない。
それも縦ロールだぞ? 縦ロール。金髪縦ロールで絶世の美女が、だぞ?
それにしても王女が魔王城に単騎凸ってなかなかの字面だなおい。
「あれ? ボル様、どうしてまた仮面なんて被っていますの? 折角の御尊顔がもったいないですわ!?」
「……これは俺にとって必要なものだ。あの時は修理する時間が無かった。
素材が素材なもんだったから、修理するのに丸々三日かかった。というか。
「ま、まさか、セイリン、お前が今代の勇者、なのか……?」
だだっ広い大広間に、ピリピリとした緊張が張り詰める。
まるで一ミリでも動けばすべてが崩れていってしまいそうな、そんな緊張感。
しかし、セイリンはしばらく眉間にしわを寄せた後、コテンと頭を横に倒してあざとく口を開く。
「勇者って、なんですの?」
「……知らないなら、いい。で、セイリン、お前の目的はなんだ」
勇者の存在を知らない。と言う事は勇者ではない? 偽るメリットも何もない。それに、大抵勇者は『パーティー』を組むのだ。
だが、この王女は単騎。
それに、これが他の何者かの補助によるものという線も無い。
それだったら既に俺の魔力探知に引っかかるはずだ。
俺は曲がりなりにも魔王であるとともに、この世で一番の魔術師を自負している。だから見逃した、などという事は無い。
それならば、どうやって………。
「目的、ですの? そんなの簡単ですわ」
少しだけトーンを落とした、よく耳に入る声で、彼女はそう言う。
「前も言いましたけれど」
手の動き。視線が彷徨い、縦ロールがふんわりと弾む。その所作どれもが自然と目に入る。
少しして、セイリンは目をカッと見開き、華やかな笑みを見せた。
「わたくし、貴方の事を、魔王ボルグロス・イェレゼンザート……いえ、ボル様。わたくし、貴方に一目惚れしたあの日から、貴方の事が忘れられませんの! 大大大大好きですの! 愛していますの!!! だから、結婚を前提に、私を魔王城に住まわせてくださいましっっっ!!!!!」
「……何言ってるんだ? 馬鹿なのか? 魔王と人間の国の王女が結婚とは、笑わせる」
「でっ、でもっ、貴方は、ボル様は、人間なのでしょう……?」
「っ、魔王だ。俺は、魔王。どこまで行っても、どれだけ経っても俺は魔王ボルグロス・イェレゼンザートだ」
「それでも……わたくしは……」
セイリンは珍しく、綺麗な顔を歪めながら視線を右往左往させる。
「まさか、うちの魔族をあれだけ倒しておいて、無傷で帰るわけじゃあないよな?」
戦う意志がなければそれでいい。軟禁とは言えないだろうが、人質として最低限の衣食住を提供してやる事は出来る。
ただでさえ俺の代はイレギュラーが多いのだ。
一つでも
「さぁ、どうする。フェイレス王国の王女、セイリン」
これでもかというしわを未だ眉間に寄せているセイリン。こんな表情でも様になるのだから美人と言うのはつくづく得な存在だ。
それにしても。こんな美人に求婚されるとは。俺が魔王でなければ、あるいは……いや、それは無いな。
魔王だからこそ、俺はこの場に立っている。
もしも、俺が魔王になっていなければ、きっと俺はこの世界にもう存在していないのだから。
セイリンを見ると、いつのまにか憑き物が取れたように顔を晴らし、何かを思いついたように王女は手のひらを叩いた。
「あっ、そうですわ」
そう言って、大剣を軽々しく右手で持ちあげ、爽快な笑みを浮かべながら言った。
「ボル様を倒せば多分全てがどうにかなりますわ!!」
「……うーん、なんで?」
セイリンはエッヘンと誇らしげに言いながら肉付きの胸を突き出し、再び口を開いた。
「力でねじ伏せればボル様、貴方も従ってくれるでしょう??」
この1ヶ月で何があった????????
もしかして脳みその99パーセントが筋肉にすり替わったのか????
だが、俺は魔王。
絶対的な力を持った存在なのだ。だから自信と矜持をもって──
「そ、そ、そ、それが出来りゅのであればな!!」
あ、あっぶねぇ!?
動揺しすぎてしどろもどろになるところだった。(なっている)
てか
いや、仮にもとかじゃなくてちゃんとしっかり魔王なんだけど。
しかし。ねじ伏せる、か。
対等な相手なら勝負がつくまで何度でも命が尽きるまで戦いつくすが、圧倒的な格上ならば、戦って命を削るだけ無駄だ。
だから一度負ければ俺だって素直に降参する。
ただし、魔王である俺の格上が居ればの話だが。そんなのが現れたら本当のイレギュラーだ。
「言いましたわね!? 言質は取りましてよ!!!!」
そう言うとセイリンはおもむろに自分の身長ほどある大剣を持ちあげ、刺突の構えを作る。
そんなことをやっても結局無駄だ。現時点で俺に勝てる相手などいな――。
その刹那。
風が舞い、ギラリと光が躍った。
刹那、という表現でさえ遅く感じてしまうほどのスピード。
はらり、と俺の髪の毛は数本切れて落ち、パリン、と三日かけて直した仮面も真っ二つ。
そして、首元数ミリの間隔を開けて、大剣の切っ先が俺の皮膚を切り裂かんとしていた。
脊髄反射なんて生ぬるい物では間に合わない。防御魔法も、攻撃魔法も、移動魔法もすべてを無に帰せるその光速。
俺は大剣の切っ先が首の皮膚に掠めないように、そっと、ゆっくりと、大剣の持ち主の方を見る。
たった一本の枝毛も許さない黄金色に輝くシルクのような髪。そして、ふんわりとした縦ロールが見え。
段々と視線を大剣の持ち主の方へとずらしていくと、そこには浮世離れした美しい顔があった。そして、すごく、すごーく、満面の笑みを浮かべていた。
その笑みは、感じたこともない格上のそれだった。
「ボル様っ♪ 結婚を前提に私を魔王城に住まわせてくださいましっ♪」
「……はいぃ……」
はい、と言う選択肢しか残されていないなかったのはきっと明白だっただろう。だからこの選択肢を選んだ俺を誰も責め立てないでほしい……。
「本当ですのーっ! ありがとうございますわ!!」
大剣と共に俺の視界に映る彼女の笑みを、きっと俺は一生忘れられないと思う。
そして、改めて強く思った。
とんでもない奴を人質にしてしまったな、と。
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