Chapter.41 タクヤからの提案
……いざこうなると気恥ずかしさというものが後方から迫ってくるのを感じる。俺は咳払いを一つ、その感情を追っ払って言葉にした。
「俺は、セシリアにとって一番いい状態で丸く収まることを望んでいる」
目の前に座るセシリアは、真剣に俺の言葉を聞いてくれている。
だから、一度本心を口にすると、するすると言葉は続いた。
「ほら、俺とお前は一応上下関係だろ。この世界を知るのは俺だけだし、ぶっちゃけ、お前にとっては命を握られているに等しい状況でもあるんだ。そんな俺から話の展開を決めてしまったら、セシリアは、自分の本心を隠して言われたままにするんじゃないかと思って……」
「私はそんなに器用じゃないです」
「嘘つけよお前。お前はそういうやつだ」
文句を言うのが許されない環境で育ってきたはずのセシリアは、忠義心や言われたことをこなすのは上手いが、そのあたりの認識がどうも欠如していて、当たり前のように捉えている節がある。違う、お前は俺に似て、わりと損な役回りを押し付けられるタイプのはずだ。
それは度々セシリア自身の社交性・世渡り上手な面としても見てきたが、それを俺に対しても発揮されてしまうは困る。
そんな遠慮するような関係性でいたいわけではない。
「この際だからクサいことを言葉にするけど……お前にはいつも正直でいてほしいんだよ。遠慮なんかしなくていいから。というか、俺がされたくないと思ってる」
「え……? そんなことを思ってくれてたんですか……?」
「な、なんだよ。そんな驚くことじゃないだろ」
「トーキマス、そんな素振りありました?」
……なんでトーキマスは肩を竦めるんだよ。そしてなんでセシリアはトーキマスにわざわざ確認するんだよ。
「まあ、うん。頭領は思った以上に誤解されやすいところがあるのは自覚したほうがいい」
「誤解って……」
「その口調に、黙る癖だ。頭のなかで整理するところがあるだろう。それを君は口にはしないから、思っているより君がどう考えているかなんて伝わらない」
「そんなこと……いや……」
言われてみれば確かに、俺は自分一人で納得してばかりだけど。
とはいえ、そこまで言われるといままでの全てをほじくり返されたような気分になって、『アレは独りよがりだったかな』とか『じゃあアレも伝わってないのかな』とか『あの時セシリアはひょっとして楽しめてなかったんじゃないか?』などなどと、頭のなかがいらぬ疑心でいっぱいいっぱいになってしまいそうになる。
そして、これさえも、
「まさにそれ」
「……言われると思ったよ。なるほど」
深く考え込んでいるところを指で差されて、不服そうに俺は返す。ようはもうちょっと何を考えているのか言えって話なんだろう。
それは痛いほど理解したよ。
「ともかくだ」
バツが悪いので話の軌道修正を図る。
「これは本心だ。セシリアが残りたいって言ってくれるなら俺はそうするし帰りたいって言うんだったらトーキマスと方法を模索しよう。この件の当事者はお前なんだから、お前の意見が何よりも聞きたかった」
この話において俺の思っていたことはこれで以上となる。
セシリアにはその答えを求めるばかりで理由や訳を説明しなかったのは俺の落ち度だし、一人で抱え込んで自分がどうにかしなきゃ、と思い込んでいたのは事実だ。それが不信に繋がったとあっては、改めるしか他にあるまい。
その一方で、「そこですよ! そこ!」とセシリアは俺の言葉の一部に食い付く。
「なんですか『俺はそうする』って! 私だって先のタクヤ殿と同じ気持ちですよ!? 私がもしわがままを言ったら、タクヤ殿は本当は嫌だと思ってても自分を蔑ろにして『そうする』んじゃないですか!?」
「いや嫌なら言うよ」
「絶対嘘です! じゃなかったらタクヤ殿は旅をしていませんもん!」
「んん……なかなか鋭いところに目を付けたな……」
本心を隠して言われたままにする。振り返ってみれば確かに、救国の英雄サクマタクヤがそれだったか……。
実際、何度かセシリアには当時、嫌だ嫌だ帰りたい帰りたいを愚痴のように延々と吐いていた時期を見られているし、励ましてもらった過去がある。
そこを引っ張り出されると俺は弱い。
だけど……。
「確かにあの時は言う通りにしてたけど、あれは背負うものがあまりにも大きかったからだ。お前が相手なら別に、俺だって嫌なことは嫌ってハッキリ言えるよ」
「むぅ……。本当ですか?」
訝しむようなセシリアに対して、大きく頷いて返答とする。
まあ、こればかりは嘘でもある。
俺は、セシリアに帰りたいと言われたら、嫌だという気持ちにはしっかりと蓋をして彼女の背中を押してしまうのだろうな、という自覚がやはりあった。
だけどそれで後悔しようが何しようが、俺個人の問題であり課題。俺一人の責任の話。
だからそれを明かすことはしない。
結局、俺は卑怯な人間ということだ。
「……タクヤ殿のお気持ちは、分かりました」
やや複雑そうではあるものの、納得した様子を見せるセシリアに、俺は内心ほっとする。
乾いた喉を水で湿らせていると、目の前のセシリアがじっと俺の目を見つめていることに気付いた。
「私が、タクヤ殿がどう思うか聞きたかったのも、同じ理由です」
そうか、と俺は納得を示す。
「……私は、タクヤ殿ほど賢くないですし、この世界のことは何も分からないですし、元の世界にいてもいつも間違ってばかりです。それに、剣しか取り柄がないですし、こっちに来て年上になっちゃったのに、タクヤ殿にはずっと甘えてばかりで……いつも、迷惑を掛けてしまいますし……」
そんなことを気にしていたとは、正直、考えてやれてなかった。
「自分がここにいていいのか、帰ったほうがいいのかも分からなくて、私は、自分の選択に自信がないんです」
「……………。そうか」
でも、そう打ち明けてもらえて、やはり、本質的に俺たちは似ている部分があるのだろうなと思えた。
自分の意見を求められている時にこいつは『どちらが(相手にとって)良いのか』という考え方をしてしまうのだ。それはさも、当たり前のように。
何も考えず口に出すタイプじゃない。
こいつはポンでも、能無しじゃない。
むしろ、ポンなりに考えているからこそ、分からなくなるし他人の意見が欲しくなる。『自分』というものの価値が限りなく低くて、相手が、誰かが、そしてみんなが。良いならと、それが最適なように思い込んでしまうのだ。
その時の自分の本心という部分は、気の迷いとしてしか現れてなくて、本人だって明確に自覚していない。
だから、ここにいていいのか分からないと迷っている時に俺から帰るべき、なんて言われたらそりゃこいつもショックを受ける。
そして、ショックを受けると自ずと自分の本心にも気付くんだけど、そこで俺が『お前のためを思って』なんてことを口にしたからそれは違う、じゃあタクヤ殿はどう思うか聞かせてください!って、意固地な頭になってしまったのだろうな。
……………。
ここで重要なのがやはり、自分の本心はどうあれ、俺がそうしてほしいと言ったらこいつはその通りに動こうとしていた、と言うことだ。
そりゃあ俺も意固地になる。
それは俺が望んでいないことなんだから。
結局、トーキマスが仲裁した通り、俺たちは気を遣い過ぎていたのが原因のようだった。
俺はセシリアの気持ちを無視してしまうことが怖くて、
セシリアは俺の気持ちを無視することが出来なくて、
二人して『相手の気持ちが知りたい!』と相撲のように突っ張ってしまった。
そこのわだかまりを話し合いで解消出来たのは、純粋に、一つの進展なんだと思う。
「話せて良かった。セシリアがこの件をどう思ってくれていたのか、俺もしっかり分かったよ」
本当に、簡単なことだった。
答えは俺たちの目の前に転がっているのだ。
だって、俺はセシリアと一緒にいれたらなと思っていて、
セシリアも、たぶんきっと、……ここにいたいと、感じてくれているわけだ。
じゃあ、どうすればいいかなんて、誰だって分かる。
単純な一言でいい。
「セシリア、俺と一緒にここで暮らさないか?」
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