Chapter.17 水族館

 そんなわけでようやく水族館へ。

 こちら、沼津港深海水族館は二〇一九年から大幅なリニューアルを迎え、地域創生の取り組みもあって開館当時より近辺がかなり見違えたものになっている。外装からして既にその迫力や凄まじく、看板のところに特大のタカアシガニやシーラカンス、ダイオウグソクムシの模型がデンっと俺たちを出迎えているようだった。


 そわそわボルテージを徐々に溜めているセシリアを隣にチケットを購入し、水族館のなかに入る。


 館内は一本道に造られており、複数のコーナーに分けられて展示されている。全体的に薄暗い内装でゆったりとした雰囲気作りがされており、浅い海と深い海における生態の違いや見比べ。世界中のちょっと変わった生き物の展示。駿河湾に生息する深海生物を収めた大きな水槽に、発光する魚ヒカリキンメダイを鑑賞する深海のプラネタリウムなど、その見どころは数多い。


 そのなかで、右から左へ好奇心のままに飛びついて回るセシリアに付き添う。


「え、すごい! 色が! なんですかこれ……!」


 深海にいるアンコウやエビのその特徴的な色合いにはしゃいだり。


「やば……! こわくないですかこの人……!?」

(※人じゃない)


 ウツボや顔のイカつい魚、刺々しいカニや深海魚の背びれにびびったり。


「うっはあああ、でかい!」


 水槽ガラスに対して大きく脚を広げて腹の造形を見せてくる巨大なタカアシガニに感動したり。

 ここ数年間で一番はしゃぐセシリアを見られた。


 このままでいさせてやりたいが、さすがに人目が気になってくるので窘めながら。


「ええー……楽しいです、私、既に水揚げされているお魚しか見たことがなかったので、こういうの新鮮で、思ったよりずっと感動してます」


 胸元で手を合わせて嬉しそうに言ってくれるセシリアに、俺は「そうなのか」とリアクションをする。

 異世界に魚を生け捕る文化・鑑賞する文化がないのかと言われると当然ながらそんなわけではないが、セシリアとしてはそんなもんなのかもしれない。


 院では生き物の飼育をすることもなかっただろうし、アベリア王国は内陸の国だ。それにセシリアは二十歳という若さで救国の要になる英雄サマを護衛する任を与っていた、生粋のエリート。騎士団のエキスパートである。鍛錬漬けの日々では魚を鑑賞する、という発想になることもなかっただろう。


 ……………と、ここまで考えて、たまたま英雄という役割を頂けただけの俺がセシリアに尊敬されるのはやっぱりおかしいよな、とか、セシリアは見る目ないな、とか。若干、俺の思考は卑屈なものになりつつ、先ほどの浮ついたバカップルみたいなやり取りを思い返して呻くように頭を抱えてしまいつつ。


 そうこうしている間に次の水槽へ向かったセシリアが「見てください見てください!」と俺のことを手招きしてくれる。振り回されるような形で水族館を楽しんだ。


「かわいいの、実物、いませんでしたね」

「超レア物だからな。残念だけど」


 かわいいのというとメンダコのことだ。七月は飼育された状態のメンダコを見ることが難しい。

 というのも時期があって、底曳網漁が行われる十月から五月までの期間で捕獲された場合のみ展示される、動物園のパンダ並み、いやそれ以上に貴重な深海生物なのだ。

 長期飼育も向いていないと言われ、未だ研究の続けられている深海のアイドルなのである。


「……いつか見られたら嬉しいな」

「そうですね!」


 もっとも、そんなわけであり、メンダコが捕獲された日にはこの水族館も大混雑になるわけだが。


 しーらかんすCafeではデフォルメされた状態のメンダコしか見られなかったが、館内では剥製標本や解説などの紹介コーナーが見られる。画像や映像での対面になるが、本物のメンダコの姿を見ると「プリンと遜色ない……かわいい……」とジッと呟いているセシリアが印象的であった。お前意外と可愛いものに目がないよな。


 その後、階段を上がり、二階の博物館へ。沼津港深海水族館の別名でもあるシーラカンス・ミュージアムへと入る。ここでは剥製のシーラカンスや冷凍保存状態のシーラカンスが見られ、三億五千万年前から姿の変わらぬ神秘の魚の解像度を高めることが可能だ。

 ロマンが詰まっていて俺は好き。


「これはかわいくない……!!」


 セシリアはメンダコと打って変わって、デフォルメからあまりにも怪物みたいな実像をしているシーラカンスにどん引いていた。

 まあ、確かに怖さはある。

 パンケーキやもなかはものすごく可愛かったが。冷凍保存のほうなんて白目で大きな口をあんぐりと開けている状態なので、いまにも襲い掛かってきそうだ。


 まあ、楽しんでくれているならよし。

 俺たちを出迎えるシーラカンスを通り抜けた先、深海生物の骨格標本やメガマウス、ラブカの剥製が見られるコーナーにも移ると、そこの水槽には生きているダイオウグソクムシの展示があった。


「そうそうこれだよセシリア、これ」

「なるほど。これが例の……」


 ダイオウグソクムシ。四〇センチぐらいのサイズをした深海の見た目ダンゴムシ。俺がセシリアをここに連れてきた一番の理由は、この生物の外見にある。


「本当に似てますね……」

「似てるだろ」

「はい。ダイナラントビガビガディオワームに」

「そうそう……ビガビガ」


 毎度のことながら覚えられない。あっちの世界の魔物の名前は本当に意味不明。固有名詞が謎すぎるのだ。ギリギリ分かりそうで分からない言葉をしている。

 ワームも虫って意味ではないらしいからなこれ。でも俺たちが話している魔物はまんまダイオウグソクムシなのである。同音異義語というかよく分かってない。

 マジでなんなんだろう。異世界七不思議。


 話の内容を説明すると、俺がセシリアをここに連れてきたのはこの水族館の話を旅の頃に一度話したことがあるからであった。

 そしてその話になった理由が、このダイオウグソクムシと非常に酷似している魔物が草原に大量発生している光景を目の当たりにしてしまったことに由来する。俺の第一声は「オ○ムの怒り」だったし、地上にいたから「でっけえダンゴムシ」と雑に表現したりもしたけど、地上にいるだけであとはダイオウグソクムシに近い。

 そこから転じて水族館の話が一番盛り上がり、プリンを初めて食べた時と同様「行ってみたいですね!」みたいな感想を昔頂戴していたのである。


 まさかその機会が実際に訪れるとは思わなかったが、嬉しいな、とは思っている。


「水中にいること以外全く一緒ですね」

「俺はモリモリとこれが地面から出てきたと思ったら謎の大行進始めた瞬間マジで絶望したよ」

「害はないので……美味しいらしいですし」

「……食べたの?」

「食べるわけないじゃないですか」


 ちなみにダイオウグソクムシも食べられる。

 エビらしい。


「……世界って不思議ですね……」

「それはそうだな……」


 本当に、不思議である。じゃなかったら、俺とセシリアは出会えなかったのだ。


 それから。

 土産物のコーナーでメンダコのステッカーを見つけたのでそれを買って帰ることにした。

 何かしら欲しがられるとは思っていて、買えそうなものならいいかとは思っていたが、メンダコのぬいぐるみを選ばなかったのが意外で「私にはガブリガーがいるので」とステッカーを選んだ顛末となる。


 なぜステッカーなのかも尋ねたら、


「鎧に貼ります」

「……………それはやめた方が……」


 騎士団の紋章とメンダコを印した鎧を身につける女騎士が誕生する伏線となってしまうのであった。


 ♢


「――実はまだ終わりじゃないんだ」


 水族館から外に出ると、満足気に体を伸ばしたセシリアに俺は得意気になってそう告げる。指で差したのは水族館の隣にある建物。ここ、沼津港の観光客向けコンテンツはこれだけで終わることはない。二〇一九年にリニューアルしてからここはもはやテーマパークのようになりつつある。


 ライド型深海シューティングアトラクションの『THE DEEP SEA WORLD〜深海王国〜』。

 そして、二〇二二年冬からはVR深海アドベンチャーの『ディープクルーズ』

 深海をテーマにしたアミューズメント施設が沼津港をより盛り上げているのだ。


 せっかく、セシリアと来たのである。

 これらを遊ばないわけにもいかない。


「どっちから行く?」

「楽しいほうから!」


 そう言われると俺も未体験なので分からないが、


「んー……じゃあ、じゃんけんで」

「タクヤ殿お得意のやつですね」


 うるさいよ。

 旅の頃から迷うとじゃんけんにしてきたが。


「いくぞ」

「はい」

「じゃんけん、ぽん――!」


 ……と、成人した男女が元気よくじゃんけんをする姿。いささか恥ずかしさのある光景で、俺たちは沼津港をひたすらに遊び尽くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る